試練は終わりです。④
次の日。いや、むしろその日の昼。
たっぷり寝てしまった俺は、空腹で目覚めた。
窓の外はだいぶ日が高いように見えるけど、厚く作られたカーテンで気付かなかったみたいだ。
「お腹空いたー」
「おー」
ボーザックの声に、寝転がったまま応える。
「飯行くか」
グランも同じだったようで、ベッドの上で身体を起こし、肩を回した。
寝室は男女で分けられているので、俺はさっさと着替えて居間にあたる部屋へと出る。
女性陣の部屋のドアは開いていて、誰も居なかった。
……もちろん、フェンも一緒に見当たらない。
そこに、グランとボーザックも出てきた。
……余談だけど、びしょびしょになった服と装備は夜勤の船員達が洗濯やメンテナンスをしてくれている。
有難い話だ。
「あら、遅かったわね。……食事はまだよね?」
そこに、調度ファルーアとディティアが戻ってきた。
しっかりと装備を着込んでいるところを見るに、メンテナンスは終わっていたんだろう。
鍛練でもしてきたのかも。
……やるなぁ。
「おお、お前らは食べたのか?」
「まだですよ、アルタナ先生がご一緒にって言ってくれてるので待ってました!お腹空きましたー……フェンは甲板で日なたぼっこしてますよ!」
「起こしてくれたら良かったのにー」
「あら、疲れてるかと思った私達の優しさよ?ご不満かしら?」
ボーザックにファルーアが妖艶な笑みをこぼす。
ボーザックは慌てて首を振った。
「そ、それは、そうだよねぇ!優しいよね!ありがとう2人とも~」
「あはは、どういたしまして!……それじゃあフェンを呼んでご飯にしましょう!」
ディティアが笑って、ぽんと手を叩いた。
******
「起きたかい」
アルタナを呼びに行くと、薬を作っているところだった。
ボーザックは既に精神安定バフを掛けてあり、船員御用達の酔い止めも飲んでいるので大丈夫そうだ。
日なたぼっこをしていたフェンも合流したんだけど、なんと甲板では当たり前のように海龍が顔を出していた。
フェンとは既に旧友とでも言いたげな雰囲気で、何やら会話をしている様にも見えたし……ボーザックもそうだけど、フェンの奴も本当に人見知り……この場合龍見知りか?……しないようだ。
そろそろ俺にも撫でさせてくれないかなぁ。
……今日も医務室には誰も居ない。
さすが船員、屈強なんだろうと変な感心をしていると、アルタナはさっさと器具を片付けて立ち上がった。
「食堂に用意してあるから、行くさね」
******
「待ちくたびれたっすよー」
「あれ?カタールか??」
食堂では、笛吹のカタール……この船の副船長がテーブルに突っ伏していた。
「腹減ったぞ!先に食べようかと思った!!」
船長もいる。
「何だ、待ってるなら言えよ」
グランが髭を擦る。
どうやらあの短時間で簡単には整えたらしく、髭はそれなりに切り揃っていた。
「起こさないでやったのは優しさだぞ!!」
船長がファルーアと同じ事を言うので、俺達は思わず笑った。
空いている席に座ると、アルタナが調理場に入っていく。
ディティアとファルーアが顔を見合わせて席を立とうとすると、アルタナの声がした。
「座ってな!これは労いみたいなもんさね!それくらいはさせるんさ!」
それから数分で、温め直された料理達がテーブルに並べられる。
流石に配膳は皆で手伝い、俺達は改めて席に着いた。
海藻のサラダ、魚を塩で包み込んで焼いたもの、パンに煮込みスープ。
さらには朝釣り上げられた魚を、生のまま薄く切ったもの。
「はー!豪華だー!俺もうお腹空いてやばいー!」
ボーザックが眼をきらきらさせている。
そこに、熟した紅い酒が配られて、俺達は船長を見る。
「さて白薔薇!幽霊船の討伐、十二分に成果を得た!!俺達ジャンバックは白薔薇のハントに敬意を表する!……そして、裏ハンターの試練はこれで終了とした!!乾杯!!」
「かんぱ……ああ??終了??終わりか??」
グランが中途半端に乾杯をぶった切った。
「十分すぎる成果っす!皆さんは飛び降りなかった船長に対しても、仕方ないとは言いながら仕事を遂行してくれたっす。しかもタルタロッサ航海日誌を手に入れるなんて、もう最近の宝では相当な価値っすよ!!」
カタールに言われて、俺達は顔を見合わせた。
え?あれ宝になるのか?
「……裏ハンターとは、恐れ入ったさね。タルタロッサも、多少は浮かばれるだろうさ」
既に事の顛末を聞いていたのか、アルタナが苦笑する。
「航海日誌は、協会に報告すればかなりの値が付くぞ白薔薇!やったな!!」
船長に言われて、ディティアが驚いた顔をする。
「ええっ、売っちゃうんですか!?」
彼女はそのままグランを振り返り、眉をハの字にしてじーーっと見詰めた。
うん、相変わらず小動物みたいだなぁ。
「グラン」
……勿論、俺にもその気持ちはわかるから、援護射撃をする。
けれど、ボーザックもファルーアも、床に居るフェンも、グランを見ていた。
皆、気持ちは一緒だ。
そして当然……。
「お前ら、俺が反対するとでも思ってんじゃねぇだろうな?……それは婆さんにやるよ」
グランも、言い切った。
グラン、格好良いぞ!!
しかし、それを聞いたアルタナは、乾杯など無視して既に杯を空け、怒鳴った。
「誰が婆さんだ!!せめてお婆さんと呼びな!!!」
「ええーっ、先生、そこなのー!?」
ボーザックが突っ込む。
相変わらずこの船に乗る奴等は斜め上を行くのであった。




