試練は終わりです。②
「凄いだろう!!」
笑う船長、幽霊船を包み込むように煙る青黒い霧。
ブレスに引き裂かれた魔力海月達の、無惨な体液達だ。
それを見て、ファルーアがいきなり立ち上がった。
「うおっ、危ねえぞファルーア!」
既に漕ぎ手の定位置に移動したグランが声を上げる。
「……全く……船長、いいのね?」
そのグランをスルーして、カンテラに照らされたファルーアがびしょ濡れの髪を背中側にすいた。
「ははは!流石、冒険者!!いいぞ!」
「裏ハンター、きっちりいただくわよ。あとは情報もね」
ふんと鼻を鳴らし、ファルーアが杖を掲げる。
ずおおおお。
船は青黒い霧でよく見えなくなっていたが、まだ形は保っているような気がした。
震えも健在で、ブレスにやられたのか剥がれ落ちていく魔力海月達が海面に叩きつけられる音が聞こえてくる。
「いくわよ。…………燃えなさい!!!」
ズゴワアァァアア!!!!
「あっ、熱――っ!!!」
炎の渦だった。
ファルーアの炎が、成る程、魔力海月達が噴き出した青黒い霧に反応して、凄まじい火柱になったのだ!
その炎は、さらに魔力海月達を巻き込んでどんどん大きくなっていく。
辺りが紅く照らし出され、曝された皮膚が伝わってくる熱でじりじりする。
俺達は手漕ぎ船をどんどん後退させながら、燃え上がる幽霊船を眺めていた。
時折、ギギィと断末魔のように軋みながら、炎に包まれた船体の一部が崩れて海に落ちていく。
「……結局、遭遇したトレージャーハンター達は皆あの肉塊に混乱させられてたのかもな」
思わず呟くと、漸く腰を下ろしたファルーアが言った。
「肉塊から距離があれば、軽い混乱で済んだかもしれないわね。もしくは、それで錯乱状態になって船上から海に落ちた……」
「成る程なあ、記憶がおかしくなるのもそのせいか」
グランが船を漕ぎながら頷くと、
「今回は何とかなったけどさあ、本当に全滅するところだったよねー?」
ボーザックがため息をついた。
……うん、確かにそうだった。
被害にあったトレージャーハンター達に記憶の混濁があると聞いた時点で、ちゃんと警戒出来る内容だったのに。
「ちと、甘く見すぎてたな。トールシャ」
グランが答える。
俺達は、ゆっくりと頷き返した。
パーティーの誰かが命を落とす、もしくは全員が命を落とす。
そんなことが、起こり得るんだ。
……そして、ディティアは……それを経験してしまっている。
それなのに、俺達は軽率だったことを思い知った。
「結局、何にもわからなかったですね」
嫌な沈黙を振り払うように、ディティアが燃える船を見ながら言ったので、俺は腹から取り出した本を差し出してあげる。
「はい」
「……えっ!ハルト君、これ!いつの間に?」
「2冊だけだけど……あと何の本かわからない。腹に入れてたから濡れてないよな?」
「あ、うん……あー、だから鎧緩めてお腹出してたんだね……すごいねハルト君」
彼女は眼をぱちぱちして呟いてから、本の表紙に視線を落とす。
……いや、ちょっと。
お腹出してたんだねって、見られてたのか。
何かちょっと恥ずかしいぞ。
それを聞いていたボーザックが笑った。
「あはっ、ハルト、何照れてんのさ!減るもんじゃないでしょ!」
「い、いや!照れてるわけじゃ!」
「たっ、タルタロッサ航海日誌28!!……と、33!!」
言い争いのようになりかけた俺達に、急にディティアが声を張り上げたから、ファルーアが笑った。
「今更照れなくてもいいのよ、ティア?」
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俺達は海龍が以前のように船首から顔をもたげるジャンバックへと帰り着いた。
海龍は船長を見付けると、挨拶のように鼻先を近付ける。
その顔は船長より遥かにでかい。
「はは!流石だった!ブレスは敵に直撃だったぞ!!」
船長はその鼻先に自分の身体をべたりと貼り付けて、労いの言葉を投げる。
どうでもいいけど、ヌルヌルしてそうだ。
海龍はやがて満足したのか、船長から離れた。
「わふっ!」
そして、俺達の元にはフェンが駆けてくる。
「フェン!ごめんねー、次は一緒に行こうー!」
ボーザックがいの一番にフェンに飛び付いてもふもふする。
ディティアが、ちょっと羨ましそうにもじもじしていた。
「とりあえず着替えてくれ。船長室で話そう!!カタール、アルタナを呼んでくれ!!」
俺達は船長の言葉に、1度客室へと戻ったのだった。
…………
……
「タルタロッサとはなあ……」
「まさかの情報っすね」
それぞれ本を受け取って、船長とカタールが言った。
「そんな有名な船か?」
温かいお茶を飲みながら、グランが返す。
……船長室でテーブルを囲み、俺達白薔薇と副船長のカタール、そしてアルタナ……船医のばあちゃ……お婆さんが頭を突き合わせている。
アルタナって名前だったのか。
そういえば名前知らなかったなあ。
フェンは眠いのか、グランの足元で丸くなっている。
ボーザックは早速、俺に精神安定バフを頼み、薬を飲んで船酔い対策をした。
「そりゃあ、タルタロッサといえばトレージャーハンターの憧れさ!……そうかい、あいつ死んじまったのかい」
アルタナはそう言って、少し項垂れた。
高く結われた白い髪が、小さな肩に掛かる。
「知り合い……だったの?先生」
ボーザックが聞く。
アルタナは、頷いてお茶を啜って遠くを見た。
「そうさねぇ」
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