試練は終わりです。①
カタールは意気揚々と鈍器を振り抜き、次々と魔力海月を吹っ飛ばした。
「魔力海月を縁まで退かすっす!そしたら船尾から飛ぶっすよ!」
そりゃあもう、白いキノコがぶょんぶょんと飛んでいく様は、圧巻である。
べちゃべちゃと音もして、見てる分には大丈夫でもちょっとぞわぞわしてくるな。
一方では、ファルーアがこの上なく嫌な顔をしているのが、月明かりと魔力の光で浮かび上がっている。
……それはそれで恐い。
絶妙な力加減なのか、魔力海月はあの青黒い霧を吐き出すこともなく……いや、飛んでいった先でぶちまけていた。
あれに巻き込まれるのは嫌だし、さっさと行きたくなる。
俺はその間に、抱えていた本を無理矢理アンダーウェアの腹の部分に押し込んだ。
ちょっと鎧を緩める必要があったから面倒だったけど、折角持ってきたのに海水で読めなくなったら元も子もない。
「……ねぇファルーア、これって海月が魔力を吸収してるの?」
ボーザックはカタールが掃除した床を慎重に踏み締めながら聞く。
「そう見えるわ。……例の肉塊が抱えていた魔力は相当だったけれど、たぶんそれが倒されたことで周りに散って、より多くの魔力海月が集まったんでしょうね」
言いながら、彼女は出来るだけ海月から離れようと、道の真ん中を進んでいるようだ。
大した差は無いと思うけど。
〈ピイィイィ!〉
そこに、また笛の音。
「船長ーー!!飛ぶっすよーー!!」
カタールが大声をあげる。
ところがその瞬間、前に居たディティアがシャンッと双剣を抜いて、振り返った。
「レイスが来ます!!」
見ると、後ろ……船内から、こちらに近付いてくる影。
さっきグランが吹っ飛ばした奴だろう。
俺もグランも、各々の武器(防具?)を構える。
船の震えも最高潮。
俺達は全身をぶるぶるさせられながら、敵と対峙した。
レイスは鎌を前に突き出しながら、颯爽と船外へ飛び出してくる!
ヒュルッ!!!
「……うおお!?」
声を上げようとしていたグランの語尾が、疑問系になった。
……白い触手。
それが、入口の左右から一気に伸ばされて、レイスを掴んだのである。
「う、うわぁ……」
思わずと言った感じで、ディティアが呟くのが聞こえた。
オオオオ!!
藻掻くレイス。
前後左右から触手は伸びて、ああ……魔力が吸われていく。
ブルブルと身体を震わせながら、レイスはやがて触手に埋もれてしまった。
「捕食されてるのか……?」
魔力海月……思った以上に恐ろしい奴等なのかも。
あっという間に床に落ちたレイスに、尚も群がる触手。
その光景に呆然としていたところに……。
「行こう!道が出来たみたい!」
ボーザックが声を上げて、俺達は我に返る。
「浮き袋を忘れちゃ駄目っすよ!」
「おお!」
忘れていた。
俺達はバックポーチやベルトに引っ掛けるなどしていた浮き袋を腕に装着する。
「あの光が見えるっすね?」
「見える見える!じゃあ俺からね!」
ボーザックは2、3度屈伸して縁に飛び乗った。
カタールの指差す先、船の後ろを見ると、少し離れたところに浮かぶ黄色い光が見えた。
どうやらあれが船長達のようだ。
……よく付いて来られたな。
一瞬不思議に思ったけど、ボーザックが飛び込んだ音でとりあえず後回しに。
ずおおおおお!!
震える魔力海月達が、じわじわと俺達に寄ってきている。
ファルーア、ディティアが飛んだ後、俺、グラン、最後にカタールが飛び込んだ。
ばしゃあぁーーん!!
大きな音と衝撃、それからひんやりした海水が首から上を撫でていく。
ゴポゴポゴポ……。
水の中、泡が耳元で音を奏で、俺は両手で水中を掻いた。
「……ぶ、は!!」
ざばあっ。
……すぐに黄色い光を見付ける。
振り返って見上げれば、白い魔力海月達が尚も船上へ登ろうとしているところだ。
もしかしたら、幽霊船を動かしていたのは肉塊の魔物で、魔力海月はその魔力に反応して集まってきていたのかもしれない。
肉塊が倒されたことで拡散した魔力を捕食するためにどんどん登ってきたんだろう。
とにかく、俺は波を掻き分けて、光の場所へと進む。
「皆!いるかーー!!」
船長の声が聞こえてくる。
「います!」
「いるわ」
「いるよー!」
「いるぞ」
「いるっすー!」
皆の声を聞いて、俺も応えた。
「いるー!」
******
手漕ぎ船に引き上げてもらって、俺達は安堵の息をついた。
実は上手いことロープを引っ掛けていたらしく、何もしなくても幽霊船に追従するそうな。
黄色い光はカンテラで、船首部分に立てた棒に掛かって揺れていた。
そんな中、俺達を拾った船長は、反りのある大きな剣でバスンとロープを断ち切って、いきなり笑顔を見せる。
「なあ!光炎のファルーア!!」
「え?私?」
「そう!ちょっと、あれを処理するの手伝ってくれ!!」
「あれ……って、幽霊船?……どうやって?」
「そうだ!……ふふ、残った甲斐があったな!!」
「??」
眉をひそめたファルーアに、船長は首から下げていたものを服の内側から引っ張り出す。
……笛だ。
「おっ、そうだ、逆鱗のハルト!!」
「えっ?次は俺?」
「魔法の威力高めたり出来るか?」
「あ、ああ。出来るよ……っていうか、出来ればハルトって呼んでほし……」
「ようし!光炎のファルーアにかけといてくれ!」
……聞いてほしい。
俺はファルーアを見て、他の皆を見て、仕方なくバフを投げる。
「威力アップ!!」
もう皆のバフは切れていて、4重にしたボーザックとグランも大丈夫そうだった。
船長は満足げに、口に笛を当てた。
〈ピイィイィッ、ピピイイィッ!!〉
笛の音に、今度は左手側になったはずのジャンバックから、海龍の応答がある。
〈くおおおおーーーーーんっ〉
「さあ白薔薇!見ててくれ!!」
「切り札っすよ!」
そして。
俺達は自分達の左手側、大分先で、光が集まるのを見た。
「ち、ちょっ、まさか!」
思わず、声を上げる。
皆も、思わずと言った感じで身を寄せ合う。
ズシャアアアアーーーズダアアアーーーンッ!!!!!
「うわあああーーっ!?」
「ははは!!!」
そう。ブレス。
蒼い光が海を切り裂き、幽霊船に直撃したのだった。




