幽霊船は震えます。⑦
「肉体硬化、反応速度アップ、浄化」
俺は全員にバフをかけ直し、グランに頷く。
グランは大盾を構えてしっかり頷き返し、扉の横にいるカタールに言った。
「……行くぞ」
「アイサー!」
ところが。
扉をまさに開こうと、カタールが手を伸ばしたその時。
「……ま、待って……」
ボーザックが呻いた。
……お、おいおい。まさか……?
「ごめん……精神安定、欲しい……うぷ」
申し訳なさそうに、小柄な大剣使いが小声で呟く。
薄暗いせいか、顔色がかなり白く見えた。
「今かよっ!」
思わず突っ込んだものの、慌ててバフをかけてやる。
これで4重だけど、ボーザックなら大丈夫だよな。
しばらくバフは切らさないよう注意しておこう。
呆れ顔のファルーアと、苦笑しているディティア。
グランは出鼻を挫かれて髭を擦りながら、ため息をついた。
「俺の緊張返せ……」
「まあまあグランさん、私達らしいじゃないですか!」
双剣を構えたままで、ディティアがくすりと笑う。
「うう、ごめん……だいぶマシ。……行こう、カタール」
「あっ、そうっすか、もういいっすか?」
カタールも緊張した面持ちから、すっかりいつもの雰囲気だ。
……うん、肩の力も抜けたしよかった!……よな。
俺達は気を取り直して、頷き合った。
ダアンッ!
カタールが扉を開け放つのと同時に、グランを先頭にして中に突入する。
しっかり身構えていたけれど攻撃もなく、部屋の中にはすんなり入ることが出来た。
カビと言うよりは、埃の臭いが強い。
さっと見回すと、そこは綺麗に整えられた、あまり傷みのない部屋。
ジャンバックの船長室よりも広いけど、同じように本棚がずらりと並んでいる。
そして。
オオオオォォン……
低いうなり声のようなものが聞こえ、船長室の中央に蠢くそいつが、ぶるり、と震える。
天井と床を結ぶようにして根のようなものを這わせ、巨大な丸っこい塊がいた。
窓が無いのに、部屋の中がぼんやりと紅く光っていてよく見える。
その光は、どうやら、中央にいる塊が発しているようだ。
……魔力が濃いせいもあるかもしれない。
「おいカタール、ありゃ何だかわかるか?」
グランは慎重に距離を取りながら、カタールに問う。
カタールも鈍器を自分の正面で構えながら、首を振った。
「わからないっす!……ただ、どう見てもあれ、生肉の塊っぽいっす」
「例えが気持ち悪いです……」
ディティアが眉をひそめる。
そこなのか?
思わず内心で突っ込み掛けた、その時。
オオオン……!
音と共に、肉塊が震える。
……瞬間。
「うぐっ!?」
ダンッ!!
俺は吹っ飛ばされて本棚に叩きつけられた。
バラバラッと本がこぼれる。
「ハルト君!」
「何だ!?」
ディティアとグランの声。
「魔法だわ。……風……空気の塊を飛ばしたように見える」
ファルーアが杖を塊に向けたまま答えた。
その間に、俺は体勢を立て直す。
「いっ、つつ……」
「ハルト!大丈夫!?」
「おう、なんとか……」
背中はじんじんするけど、問題は無い。
オオォオン!
再び、肉塊が震える。
しかし、次はファルーアが反応した。
「弾けなさい!」
バンッ!!
何かがぶつかり合って、弾けたような音。
それから、ぶわあっと空気が流れた。
……ファルーアが空気の塊を止めてくれたらしい。
「やるなファルーア!お前ら、続くぞ!!」
『おおっ』
俺達はそれぞれ、肉塊に飛び掛かる。
「連続して撃たれたら全部は弾けないわ!気を付けて!!」
「わかった!」
ファルーアの声に、各々が答える。
「はあぁっ!」
ディティアが斬り掛かると、肉塊は床に這わせていた根のような物をビュッと鞭のようにしならせた。
「おおおっ」
それを、間に入ったグランが、白薔薇の大盾で防ぐ。
「やれ!ディティア!」
「はいっ」
更に飛び掛かった双剣使いに、別の根がまたもや反応する。
「ふっ」
短く息を吐き出し、ディティアはそれを避け、攻撃を繰り返す。
ボーザックがその反対側から斬り掛かろうとすると、今度は天井側の根が振り下ろされた。
「任せるっす!!」
カタールの鈍器がその根を下から上へ跳ね上げたところに、俺はさっと身を屈めて飛び込んだ。
「いけぇっ!」
双剣を振り抜いて、そのまま駆け抜ける。
本体部分とでも言おうか……確かに手応えはあった。
すると。
オオオオオオ!!
肉塊が、震えた。
……魔法か!
「弾けなさい!!」
ドド、ドッ!!
ファルーアがまたも助けてくれる。
しかし。
「おい!何か……!!」
グランが叫ぶ。
はっとして肉塊を振り仰ぐと、横一文字にツーッと割れ目が出来たように見えた。
それもひとつじゃない。
いくつも、いくつも。
何だ!?
そう思った瞬間。
カッ―――!!!
眼。
眼が。
真っ赤な、眼が。
肉塊、肉塊の、表面に。
びっしりと見開かれて……。
光る、光った。
くらり、と視界が揺れる。
あれ……?
俺の視界、視界に。
黒髪の、白い大剣の……。
……あ、れ?
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「おおおおおおおっ!!」
ズダアァァァンッ!!
自分の大剣を、思い切り振り切った時。
周りの皆がゆらりと揺れて、床に座り込んだのが見えた。
ドッ……!!
天井側の触手みたいな物をぶった切ったから、支えを失って肉塊が床に転がる。
表面にびっしりある紅い眼が、ぎょろぎょろっと俺を見た。
チカチカ光っているのが気持ち悪い。
「皆!!大丈夫!?……ねえ!!」
大声で言ってみるけど、皆ぐったりしていたり、変な声を上げたり。
眼は開いているのに虚空を見詰めるその様は、前にも見たことがあった。
あれはたしか、災厄の黒龍なんてのが埋まってるなんてまだ知らない時。
ラムアル達を追って、グロリアスと一緒にダルアークのアジトに乗り込んだ時だ。
ラナンクロストには混乱させてくる魔物は生息していない。
だから、冒険者になった当時、ハルトが言っていた。
『精神を落ち着かせて、混乱を防ぐバフがあるんだけど……まだ覚えなくてもいいよな?』って。
でも、今は俺にだけ、そのバフがかかっていた。
「……船酔いに助けられるとか……俺びっくりだよ」
呟いて、大剣を振り上げる。
ぎょろぎょろする紅い眼は、俺がどうして動いているのかわからないのか、何度も何度も光った。
「残念だったね」
俺は、ありったけの速度で大剣を振り下ろしたのだった。
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