名前、くれませんか。⑤
本日分の投稿です。
寒いですね!
毎日更新しています。
いつもありがとうございます!
シュヴァリエの弟は、イルヴァリエと言うらしい。
ややこしいことこの上ない。
この距離だと顔はよく見えないが、切れ長の眼で、爽やかさは全くない。
磨がれた刃みたいな凜とした空気を纏っている気がする。
さすが兄弟……兄の方も合わせて、イケメンなのは認めるぞ。
ボーザックコールが響く中、2人はお互いの剣を構えて一定の距離を保っていた。
じりじりと間合いを測っているようだ。
ボーザックが無闇に飛び込まないところを見ると、相手も強いんだろうな。
「グラン、どう見る?」
アイザックが聞いて、グランが唸る。
「こればっかりはなぁ、身内びいきも出来そうにねぇな」
「だろうな」
「そんなに強いの?」
思わず割って入ると、2人とも難しい顔をした。
「まあなぁ…ボーザックは強くなってるが、イルヴァリエは速いんだよ。大剣で捌けるかどうか」
アイザックが答えて、グランも頷いた。
「俺もあいつとはやりたくねぇ」
……グランでもそう言うのか。
頑張れ、ボーザック。
動いたのはイルヴァリエだった。
瞬時に踏み込んで、ボーザックは大剣の側面で受け止めた。
ガッ
鈍い音がしたけど、ボーザックは踏み止まる。
しかし、立て続けに2撃目が突き出されて、ボーザックが跳んで避けた。
「おいおい」
アイザックがとんでもないとでも言いたげに額に手を当てた。
グランは顎髭をさする。
「今のはくらってたら重傷コースだな」
「本気すぎないかしら」
ファルーアも両手を握りしめてぽつんと洩らす。
防戦一方になるボーザック。
彼を応援する冒険者達の歓声の中、イルヴァリエは坦々と攻め続けた。
「ボーザックは怪我させることに躊躇ってるから駄目なんだ」
突然声がする。
振り返ると、真っ黒なローブをすっぽり被った女性が。
その声、どう考えても…。
「カルアさん……変装ですか」
この格好、どこかの双剣使いにそっくりだぞ。
ちらっとディティアを見ると、恥ずかしそうに視線をそらされた。
「う、うるさいねハルト。…あぁ、あたしだったらあんな奴一捻りなんだけどねぇ、ボーザックはもっとガツガツいかないと」
やきもきしていたのか、ボーザックのことを話したくて仕方なかったのか、つい来てしまったのだろう。
「名前やるって応援したらどうですか」
「そういう問題かい?」
「少なくともボーザックは奮い立つでしょうね」
カルアさんはフードをとると、鼻を鳴らした。
その瞬間、イルヴァリエが一旦距離を取った。
「おい、坊や!」
「っ!」
ボーザックが顔を上げる。
イルヴァリエも、訝しげにこちらを向いた。
シュヴァリエがにこにこしながら手を振ると、一旦剣を降ろしてくれる。
「2つ名、欲しいんだろう?気張りな」
「…わかった」
ざわざわと声がする。
あれ、誰だ?と皆が話しているのが聞こえた。
カルアさんは大きく頷くと、シュヴァリエを手で押し退けてディティアとの間に座った。
グッジョブ、カルアさん!
「よう閃光の」
「これはこれは…ご無沙汰しておりました」
おお?
苦笑するシュヴァリエ。
なんだ、知り合いなのか。
それもちょっと気になるんだけど、今はボーザックだ。
ボーザックは大剣を構え直した。
「時間くれてありがとう、もういいよ」
イルヴァリエも、剣を構え直す。
そして。
「!」
ボーザックが動いた。
イルヴァリエが驚いて飛び退いたところに、大剣が襲いかかる。
速い!
ボーザックは大剣をロングソードのようなスピードで振るう。
ボーザックは元々素早いのが持ち味だ。
身体が大きくない分をスピードで賄うスタイルだしな。
まさかそれ程のスピードが大剣で出せるとは思ってなかったのか、今度はイルヴァリエが防戦に転じた。
わあぁーーーーっ!
この攻防戦に、観客達が盛り上がる盛り上がる。
「ふん、それでいいんだよ」
カルアさんが腕組みしてふんぞり返った。
「スピードだけならあたしよりもずっと速い、あいつは」
その言葉通り、今やイルヴァリエもボーザックも打ち合っては守り、凄まじい剣撃を繰り出して1歩もひかない。
ロングソード相手に互角のスピードで戦う大剣使いは圧巻だ。
いいぞーボーザック-!
やれぇー!!
応援も熱を高めていく。
ガッ、ギィンッ!
剣の交わる音、音、音。
やがて、イルヴァリエが距離を取った。
その構えは、突き。
ボーザックは受け止める姿勢に転じた。
一気に突き出される切っ先。
それを受け、大剣で受け流し…。
「っ、まずい、ボーザック!」
声を上げたのは、カルアさんだった。
「…っっ!」
イルヴァリエのロングソードは完全にボーザックから逸らされていた。
しかし、その左手が、ボーザックの腹部に当たる。
ぼたぼたっ
血が滴る。
何が起きたのか、わからなかった。
ボーザックの腰から、何か突きだしている。
それが、イルヴァリエの篭手に隠されていた刃だと理解するのに、時間がかかった。
腹部から、腰にかけて突き抜けているのだ。
「……っ、ボーザックっ」
俺が身を乗り出した、その時。
「へへへ、捕まえたよ」
「!」
ボーザックはイルヴァリエの左腕を、左手で掴んだ。
右手で相手のロングソードをいなした大剣を凄まじい速さで振り上げる。
が。
「勝負ありっ、勝者イルヴァリエ!!」
しーーーーん、と。
会場が静まりかえった。
イルヴァリエが、はっとしたように短剣を引き抜いて後ずさりすると、おびただしい血が会場を染め始める。
ボーザックは、剣を取り落とした。
「な、何でだよっ、今の、まだっ……俺の、勝ち、だろ……?」
審判は、首を振る。
「……っ、なんでだよぉーーー!!」
絶叫。
叫んだボーザックの身体が傾いだ。
どさりと倒れた後、彼は動かない。
……動かない。
イルヴァリエは背中を向け、会場を後にする。
タイラントの白い大剣が、血に染まる。
アイザックが会場に飛び降りて走る後ろを、俺も着いていく。
ありったけの速さで、威力アップのバフを重ねた。
「アイザック!頼む!」
「おうよ!」
大きなブーイングが会場を揺らしているのがわかる。
聞こえるかボーザック。
これ、皆お前が勝ちだって言ってるんだぞ!
起きろ、起きろよ……。
この剣術闘技会は、命のやり取りは無い。
それでも、重傷は認められる。
けど、こんなの…おかしいだろ……。
こんなのが、剣術闘技なのか?
「おい……っ、おい!シュヴァリエ!!答えろ!こんなのっ……!」
「やめな、ハルト。……ボーザックはあたしが連れてく。行くよ」
いつの間にか隣りに来ていたカルアさんが、治療中のボーザックを背負った。
邪魔だったのかローブはうち捨てられている。
「祝福、ついといで。……とりあえず、早いとこ休ませなきゃ」
シュヴァリエが、いつになく真剣な眼差しでこっちを見ていたのだけ、強烈に意識に焼き付いた。
******
イルヴァリエは決勝でものの数手で負けた。
優勝したのは、王国騎士団の団長補佐にあたる奴だそうだ。
剣術闘技会は、大多数の冒険者達が、あわや暴動を起こす事態になったらしい。
それを止めたのが、シュヴァリエと、残ったグラン達だったそうだ。