幽霊船は震えます。④
岩の上まで登り切ると、ジャンバックが見えた。
見渡す限りはぐるりと船の残骸があり、ジャンバックから見た景色とそう変わらない。
「目撃情報はこの近辺で多いぞ。時間帯は夕暮れから夜にかけてだ!!」
船長がそう言って、俺達を振り返った。
「白薔薇、もし俺達で手に負えない場合はすぐ撤退だ!!いいな!」
「お、おう……そりゃありがてぇが……試練とやらには響かねぇのか?」
グランが驚いた顔をするのを、カタールが笑う。
「大丈夫っすよ、まず第一に仲間の命っす。……船長、どうするっすか?ここで待つっすか?」
船長はゆっくりと辺りを見回して、頷いた。
「よし、そうしよう。念の為船の荷物を確認だ!」
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荷物の中には鈎付きのロープや縄梯子があった。
これは、必要なら船に乗り移るために使うらしい。
「けど、こんなに何も感じないってことはさー、昼間は海の底にでも沈んでるのかな?」
ボーザックが言うので、座ってバフを練っていた俺は顔を上げた。
「それか、普段は航海でもしてるんじゃないか?」
「成る程な。ここに寄港……っつうのかはわからねぇが、その時に遭遇した可能性もある」
大盾を磨いていたグランが同意してくれる。
「……あとは、船を動かしている存在が何かですね」
見張中のディティアが外を見渡しながら振り向かずに言うと、ファルーアがため息をこぼした。
「ろくなもんじゃないわよ、きっと」
……そうだよな。
浮かぶのはやっぱりレイスとかそういう類の魔物。
そうすると役に立つのは浄化のバフである。
俺は手の上のバフを1度消して、浄化のバフを練り直すことにした。
…………
……
夕闇が、ゆっくりとその気配を増す。
太陽が水平線に沈み、その余韻を消そうとしている今、ただでさえ気配の無かった船の墓場には不気味さが漂う。
俺達は火を起こさずに、これから訪れる闇に眼を慣れさせていくことにしていた。
しかし。
「……魔力の流れが変わってきたわ」
見張りについていたファルーアが呟いた。
「ハルト、魔力感知だ」
「わかった。魔力感知!五感アップ!」
見張り以外のバフは消していたから、グランの指示で俺は全員にバフをかけ直す。
念の為五感アップも追加しておく。
すると……成る程、海面の辺りでゆらゆらと流れるぼんやりとした光が見えた。
「潮の流れが変わったんだろうな!……いいぞ、面白い!!」
「良くはないっす……」
船長に肩を落とすカタール。
俺達は誰からともなく武器を抜いて、警戒を始めた。
ざぶ……。
波の音。
ざぶ……ざぶ…。
緊張が高まっていく。
薄紅色だった夕焼けが、既に蒼く塗りつぶされていた。
「……来る」
呟いたのは、ディティアだったか。
ボーザックだったか。
その瞬間が、やってきた。
ざぶ……ギィ……
ギィ、ギ……ざぶ……
増した聴力は、波の音に混ざる木が擦れるような音をはっきり捉える。
向こうから、何か来る。
「……霞がかかってるみたい……よく見えない」
眼をこらすボーザック。
「さっきまでは無かったのに」
ディティアも唸る。
そして……思いの外近距離になった時、俺達はその『船』に気が付いた。
「うわ……」
思わず声が出る。
ジャンバックまではいかないにせよ、かなり大きな船だ。
しかし、所々朽ちて貝のようなものがこびり付き、帆はちぎれて風に揺れ、マストも折れている。
そして、果てには。
「……こりゃ、この世のもんじゃねぇな……」
船の側面に。
「何だよ、これ」
魔力海月がびっしりと張り付いていたのだった。
「こっちに来るっす、恐らく横を通るはずっすよ」
「よし、乗るぞ!」
船長は迷わず乗ることを決める。
……確かに、気配のようなものは薄い。
ただし、魔力海月も居るせいか、かなりの魔力濃度があるように見える。
そりゃあもう、船自体がぼやーっと光ってるような感じだ。
「ファルーア、ああいう環境で魔法使うのは危険?」
「平気よ、加減するわ」
「ならよかった」
頼もしいファルーアの返事に、俺は頷く。
「あの高さなら飛び降りればいけるな!」
「床が腐って落ちたらどうすんだよ……ハルト、肉体硬化頼むぞ」
笑う船長に、グランがぼやく。
俺は五感アップを消して、魔力感知と肉体硬化2重で、合計3重にする。
これなら、多少落下してもそこまで酷くはならないはずだ。
「よし、いいぞ……もうすぐだ!甲板に乗る!準備しろ!」
「アイサー」
笛吹のカタールが応えて、船長の横に並んだ。
俺達白薔薇も岩の前の方へ向かう。
距離が離れてるようなら脚力アップを重ねて、落下の瞬間に肉体硬化に書き換えるつもりだ。
ギギイ、ギ――。
「来るぞ!……3、2、1……跳べ!!」
船長の合図に、俺達は跳んだ。
跳んだけど……。
「いいか!危なかったら海に飛べ!回収してやるからなー!!」
「ちょっ、ええっ、せ、船長おぉぉ!?」
思わず叫ぶ。
岩に残って堂々としている船長の姿と声が、一気に遠ざかる。
いやいや!なんであんた跳んでないんだよ!
「ハルト君!!とにかく着地!」
「おっ……おう!」
ディティアの声に、俺は足を意識する。
迫る甲板、そして。
ダ、ダンッ!!
衝撃を、膝と、転がることでいなす。
……俺達は、幽霊船に降り立った。
船長と2人の船員を、岩場に残して。




