幽霊船は震えます。③
たたんっ。
「ふうー。お疲れ様でした!」
船に戻ってきたディティアに、俺もボーザックもちょっと凹んだ。
汚れ1つ無く、彼女はまさに疾風の如く駆け抜けて悠々と戻ってきたわけで。
俺達の意気込みは一体……。
「まあ、疾風だしな……」
グランがオールを持ったまま、憐れそうに言う。
「すごいんすねお嬢さん……そりゃあ飛龍も倒せるっすよ」
カタールが驚きの声を上げると、ディティアはぶんぶんと首を振る。
「違いますカタールさん!倒したのはハルト君ですよ!」
……わぁおそうきますか。
「ねっ?」
にこーっと笑顔を向けるディティア。
うん、可愛い笑顔だなぁ……。
苦笑したら、その向こうにいたファルーアと眼が合う。
……グランと同じく憐れそうな顔をされた。
「そうなんすか!逆鱗のハルトさん、ジャンバックではボコボコにされてたっすけど、やる時はやるっすね!」
さらに、笛吹のカタールが追い打ちをかけてくる。
「……うぐ、そ、それはさぁ……」
俺は肩を落とすしかない。
俺の方が強いからな!
とか言えたら格好良いのになぁ。
まだまだ、ちっとも届かない。
そんな、何とも言えない空気をぶった切ってくれたのは船長だ。
「ははは!いい冒険だ!!よし、じゃあ続きといこう!行くぞ!!」
『アイサー』
そこに、ファルーアの声がする。
「ティア……ちょっとハルトに似てきたんじゃないかしら?」
「えぇっ?……そ、そんなはずないよ!ファルーア!」
「……どんまい、ハルト……」
何故かボーザックがポンと肩を叩いてきて、慰められるのだった。
******
ちなみに、魔力海月が何故船の周りに浮き上がってくるのか、まだわからないのだと言う。
ごく稀に遭遇する現象らしいけど、そもそもジャンバックには海龍がいるから寄ってこないそうだ。
多少なりとも魔力を持っている人間に反応して、集まってくるのかもしれないな。
青黒い霧は魔力をたっぷり含んだ魔力海月の体液だそうで、まともに浴びるとちょっと臭いらしい。
……かぶらなくてよかった。
とにかく、朽ちた船の合間をゆっくりと進んでいくと、一際大きな岩に辿り着く。
「ここら辺が岩礁の中央っす」
ギィ……。
カタールが言って、岩に船を着けてくれた。
「よし上陸するぞ、上まで登れば広範囲を見渡せるはずだ!!」
船長に言われ、俺達は岩に降り立つ。
漕ぎ手の船員ふたりは、念のため船に残ってもらった。
ゴツゴツの岩肌は海水に濡れている。
うっすらと藻のようなものが生えていて、磯の香りが強い。
見上げると、出っ張りが上手いこと道のようになっていて、岩の上まで登れそうだ。
「五感アップ!魔力感知!」
消したバフをかけ直し、魔力感知を上書きして、俺は皆を見回す。
「臭いはきつくないか?酷いようなら五感アップは消すけど」
聞くと、全員、大丈夫だとしっかり頷いてくれる。
俺達は岩に登り始めた。
「滑りそうね」
「そういやお前ヒールだもんなぁ。……いっつも思うがそれ冒険に不向きだろうよ」
「あら、そこまで細いヒールじゃないから意外と安定してるのよ?一緒に走ってきたでしょう?」
グランとファルーアが話しているのが聞こえる。
でもヒールは痛いからなぁ……。
そんなことを考えていたら、前のディティアが振り返った。
「そういえばハルト君」
揺れる濃茶の髪は出会った頃より少し長くなって、切りたいって言っていたのを思い出した。
男はザクザクと切ってれば大体何とかなるけど、やっぱり女性陣はそうもいかないだろうしな。
街に着いたらグランに時間取ってあげるように言っておこう。
「うん?どうした?」
色々考えてから聞き返すと、ディティアは笑った。
エメラルドグリーンの眼がきらきらしている。
……いい顔、するようになったよな。
ちょっと考えて、思わず微笑んだ。
しかし。
「デバフはどうなってるの?」
「うっ」
「あれ?どうかした?」
「あー、いや、ちょっとこう、無防備な所を狙い撃たれたっていうか」
「う、うん??」
……まあ、そりゃあさ。
デバフなんていうすごいバフを、カナタさんが本にしてくれたんだ~なんて言って、皆に力説してしまった以上、気に掛かるだろうと思う。
思うんだけど。
「それがさ、上手くいってないんだよな」
俺は正直に答えた。
まずは今のバフの精度を高めるよう、カナタさんのアドバイスもあることを話すと、ディティアはうーん、と唸る。
「ハルト君って、その、バフを使うときってどんな感じなのかな?」
「え?」
「五感よ上がれ~~っとか……硬くなれー-!!とか……」
「ぶっ、ははっ、何だよそれ?」
思わず噴き出したら、ディティアは真っ赤になった。
「えっ、そ、そんな笑わなくてもいいよね?ちょっと、例えだってば!」
「いや、可愛いなあと思って!ははっ、その発想は無かった!」
「うっ、ハルト君!!だからねっ、何度もねっ、言ってるでしょう!?か、可愛いとかはそんな簡単に……」
「あははっ、はー、うんうん、わかったわかった。あー可愛い!」
「~っもー!」
ディティアが顔を覆ってしまうと、その前にいたボーザックがため息をついた。
「ハルト…」
……うん?何かおかしかったか?
ディティアの念じるような発想は面白いと思ったけど。
実際、バフは感覚的に練ってる様なものだ。
だからきっと間違いじゃないんだけど、そんな念じるようなものじゃない。
もっとこう、バフを練るときの感覚を掴むことが出来たらいいんだよな……。
上手く言葉には出来ないんだけど、今のディティアの言葉で少しわかった気がした。
「…………よし、ありがとなディティア」
お礼を言ったら、顔を覆っていたディティアがちらっと目元を出して、眉をひそめる。
「何となくわかったような気がするから、もうちょっと頑張ってみるよ」
「!、う、うんっ」
岩を登りながら、俺は早速バフを練ってみることにした。




