試練は突然です。③
俺達は顔を見合わせた。
「別に、仕事ってんならかまわねぇが……何で黙ってたんだ?双子は」
グランが鬚を擦ると、ファルーアがため息をついた。
「ねぇ、先生。まさかとは思うのだけど、貴女達、トレージャーハンターの登録をしているのかしら?」
「ああ、そうだね。あたしらは全員、トレージャーハンター協会に登録しているよ」
「えっ?じゃあ、つまり…………どういうこと?」
ボーザックが首を傾げる。
「先生。あの、この仕事の話は誰から聞いたんです?」
ディティアが質問を重ねると、船医のお婆さんは、不思議そうに答えた。
「もちろん、船長さ」
…………
……
「おお、戻ったか白薔薇!ほら、雲が出てきたろう!!すぐ嵐になるぞ!」
目当ての船長は、甲板に出てきて自ら指揮を執っていた。
楽しそうに雲を指差す船長に、グランが右手を腰に当て、ふうとため息をつく。
「なあ船長、仕事ってぇのは『審査官の試練』か?」
「あぁ、そういうことかぁ」
聞いていたボーザックが頷く。
ああ、成る程……。
俺も漸く、理解した。
船長が裏ハンターの審査官かもってことか。
何時何処でどんな仕事になるかは、ナチもヤチも教えてくれなかったしなぁ。
次の町ーとか言ってたけど、完全に想定外だ。
船長は少しの間黙っていた。
そして。
ビカアッ!!
バリバリバリッ!!
「っ、きゃーーーーっ!!!」
雷が、少し先で轟く。
ファルーアがその場にしゃがみ込んでしまって……そういえば雷が苦手だったなぁ、ファルーア……グランとディティアが、慌てて彼女を支える。
船長がくっくと面白そうに笑った。
「その通りだよ、白薔薇。俺は裏ハンターの審査官のひとり。白薔薇には、試練として幽霊船退治を任せることにした」
「幽霊船退治って……聞いた時にも思ったけど、そんな船があるのか?魔物なの??」
聞いてみたけど、返ってきたのは笑みだけ。
雲がどんどんと広がっていく中、その不敵な笑みに、俺達は思わず身構えた。
船長は急に落ち着いた口調になって、別人のようである。
「とりあえず、詳細は後にしよう。目的地までは自由だ。嵐の間は船内にいてくれ。後で迎えに行こう」
そう言って、彼は俺達に背を向けた。
その時には、船長からは俺達の存在はすっかり意識の外に弾き出されたようだ。
「……おい!お前ら!!」
『アイサー!』
甲板にいた船員達が、船長に大声で応える。
船長はバッと右腕を広げた。
「嵐が来たぞ!いつも通り海龍に頼り切るな!……遅れてるぞ右舷!」
『アイサ-!』
「俺達はこれから船の墓場で幽霊船退治と洒落込む!嵐は余興だ、存分に楽しむぞ!付いてこい!!」
『アイアイサー!!』
堂々とした振る舞いに、何て言うか……頼りなかったのが嘘みたいだった。
「うわあ、どうしちゃったの船長……格好良いんだけど……」
ボーザックが呆然と呟く。
「まるで別人みたいだねぇ」
ディティアが相槌を打って、暗くなってきた空を見やった。
確かに、へらへらしているのがそう見せているだけだったとしたら、あの船長、かなりの曲者だよな。
どんどんと流れてくる真っ黒な雲に、波が大きくなったような気がする。
「……とりあえず中に戻るぞ。ファルーア、大丈夫か」
ファルーアは既に真っ青になっていたけど、グランの言葉に頷く。
俺達は船室へと戻った。
******
ドゴオオォン!!
「…………ッッ!!」
嵐はすぐに到達した。
轟く雷に、毛布に包まったファルーアが部屋の隅で悲鳴を押し殺している。
そして、その毛布の下からは銀色の尻尾と尻がはみ出していて、彼女がフェンにしがみついているらしいことがわかった。
隣にはディティアとグランも座ってやっている。
珍しい光景なんでそれはそれで……と思うけど、まあ、可哀想ではあるなぁ。
しかも、波が大きくなって、時折身体がふわりと浮くような感覚も感じる程。
窓に叩きつける雨風は、外の景色を一切見えなくしている。
「しっかし……すげぇな」
グランがぽつんと言う。
「本当、かなり揺れるな」
「揺れる……揺れるのは、ちょっとやめてもらいたいんだけど……」
俺が応えると、ひとり立って部屋の中をウロウロしているボーザックが呻いた。
こっちも可哀想である。
「さすがにこの天候じゃ手伝っても邪魔だろうしなぁ、寝ちまえボーザック」
グランが言うと、ボーザックは深々とため息をついて、頷いた。
「そうしてみる……」
肩を落とすボーザックに、俺は多少なりともマシになればと、バフを重ねてやった。
「ボーザック、ちょっと待って。精神安定、精神安定!」
「う~……ありがとうハルトー」
よろよろと寝室へと移動するボーザックを見送り、震える毛布の塊を眺めて、俺達は肩を竦めた。
これ、どうすんのかなあ……。
******
夜になって、嵐は過ぎ去った。
雨が幻だったかのような星空が広がって、揺れがすっかり収まった頃、笛吹のカタールが俺達を呼びに来てくれる。
「嵐は越えたっす!……大丈夫すか?」
「大丈夫じゃねぇよ……」
グランがぐったりと言う。
その横では、すっかり疲れて毛布に包まったまま寝息をたてているファルーアと、毛布から顔を出して仕方ないとばかりにじっとしているフェンの姿がある。
寝室では恐らくボーザックが眠りに落ちていて、ディティアもうとうとし始めたところだった。
俺達からしたら、何にもすることが無い大惨事だ。
「とりあえず、二度と経験したくないな……」
俺が言うと、笛吹のカタールは笑って答える。
「1回の航海でここまで酷い嵐は多くて3回っすよ!」
「うわあ……3回もあるのかよ……」
思わず突っこんでしまった。
そこに、いつからいたのか廊下側から船長が顔を出す。
「そう言うな、逆鱗のハルト!……数日後には船の墓場だ!!任せたぞ!!」
ああ、そうだ、次は仕事だったっけ。
「とりあえず詳細教えろ、船長ー」
グランが投げやりな感じでぼやくのだった。




