試練は突然です。②
航海へと乗り出した奇蹟の船、ジャンバック。
陸地が見えなくなった頃……何故か俺達は、船長室に呼び出されて軟禁されていた。
何故かって聞かれても、うん、わからない。
とにかく、ドアの前で、ふわふわの金髪に浅黒い肌をした、ボーザックくらいのひょろっこい青年がにやにやとこっちを見ている。
「……そろそろ、出してくれねぇか?」
グランがため息をつく。
「いいや、出さないね!ほら、早く聞かせてよ!君達の英雄譚をさあ!」
青年は両手を広げて楽しそうにくっくと笑った。
……いやね、俺達だって、聞かせてって言われたら聞かせるくらいはするよ?
けどな、この青年は、ちょっとやそっとじゃ満足しなかったんだ。
「でも俺達、もう3回も、話したよ……船長……うぅ」
部屋に閉じ込められていることで、只でさえ船酔いするボーザックは、俺のバフも虚しくぐったりと机に突っ伏していた。
本棚にはたくさんの航海日誌、冒険の物語がずらりと並んでいる。
ボーザックの突っ伏す机には海に関係する資料のような物と一緒に、広げられた地図がある。
奥にはもう一つ扉があって、開け放たれている中はどうやら船長の寝室のようだ。
前に来た時はそりゃあもう荒らされていて見るも無惨だったけど、すっかり片付けられていた。
「なぁに、まだまだこれからだぞ!不屈!!俺は何度でも聞きたいんだ!!」
隣にいたファルーアが、小さく『水で洗い流すのなら許されるかしら……』と呟いたのが聞こえて、身震いする。
こんな所で洗い流されるのは困る。
しかも全員巻き込まれるパターンに間違いなしだよな……。
「あのさ、船長。とにかく、せめて外にしないか?晴れてたし気分もいいかも」
何とかしようと声をかけたら、船長は眼をぱちぱちして首を振った。
「いや、今日はこの後荒れるぞ!……あぁ、でもそうだな。そうするとちょっと早めに昼はとっておくべきか!!」
「おお、そうなんだ!荒れるんなら先にすべきだよな!」
「わあ、お昼!そうしましょう!」
ディティアが乗ってくれる。
船長はふわふわの金髪を手ですいて、うんうんと頷いた。
「よしよし!そうするか!!……丁度良い、皆にも白薔薇の冒険譚を聞かせてやろう!!」
……ああ、きらきらの笑顔が眩しいなー。
天然なのか?
俺はある意味くらくらしながら、漸く船長室を出ることに成功したのだった。
******
船長は俺達よりも少し上、グランと同じくらいらしかった。
幼くて頼りない容姿からは想像もつかないが、船員達曰く頼れる船長なんだそうだ。
とは言え、冒険譚をこよなく愛する船長は、いつも気になった冒険者や商人を船長室に招き、軟禁……もとい、おもてなししているらしく、それについては船員達が『船上の冒険』と名前を付けていた。
っていうかどこが冒険だよ……。
俺の気持ちとは裏腹に、並べられた食事を前に、船長は上機嫌。
芋の刺さったナイフを掲げて陽気な声を上げた。
「さあお前達!昼食だ!!今日は荒れるぞ!気張れ!!」
『アイサー!』
集まった船員達の掛け声は初めて聞くものだ。
やっぱりこの船長あってこそのジャンバックなのかもしれない。
焼き魚、生魚、芋、パン、乾し肉。
ラインナップは前と変わらなかったものの、不満は無い。
俺達はぐったりしているボーザックには申し訳なかったけど、しっかりと食べることにした。
「うう……」
「悪ぃなボーザック」
「ううう……」
「ご、ごめんね、ボーザック……」
グランもディティアも、謝りながらも手は止めない。
うん、やっぱりちゃんと食べておかないと何があるかわからないもんな。
「うん、今日も旨いな!!」
テーブルの真ん中の席ですっかり舌鼓を打っている船長が俺達を思い出さない内に、とりあえず何とかしないとならないし。
そこに、白髪を高い位置でしっかり結ったばあちゃ……お婆さんが声を掛けてくる。
「白薔薇。この後とりあえず医務室においで。そこの大剣使いに薬を分けてあげるさね」
「そりゃあすぐ行かねぇとなあ!よし、行くぞお前ら」
なんと上手いこと船医が俺達を連れ出してくれたのだ。
グランがすぐさま反応して席を立つ。
「おっ、この魚は中々脂がのってるな!」
上機嫌な船長を横目に、俺達はそそくさと食堂を後にして、医務室へと向かうことに成功した。
******
「はぁ……少し落ち着いてきたあ」
薬を分けてもらったボーザックは、漸く少しの水と食べ物を胃袋に入れた。
船乗りの常備薬は、ボーザックには合っているらしい。
ここはジャンバックの医務室。
ベッドと、薬の入った棚がずらりと並んでいて、薬品の臭いが鼻を突く。
今は誰も寝ていなく、俺達白薔薇の貸切状態だ。
「ハルトのバフとこの薬があると全然違うよ……」
「それ褒めてるのか……?」
「うん、たぶん?」
「たぶんかよ!」
ボーザックと軽口を叩いていると、船医は豪快に笑った。
「はっはぁ!早速船上の冒険をしてきたようで何よりさね!」
それを聞いてファルーアが肩を竦める。
「酷い冒険だったわ」
「そうだねぇ」
ディティアも同意して、足元にいたフェンが「あぅうん」と鳴く。
「フェンも面倒だったよな」
どさくさに紛れて撫でようとしたら、やっぱり尻尾でペシッと叩かれた。
……可愛くない奴である。
「それにしても、また乗ってくるなんて思わなかったさね。……協会も随分力入れてあんた達に仕事頼んだんだねぇ?」
聞かれて、俺は首を傾げる。
「いや、別に仕事は受けてないけど?」
「そうですね。私達はただ乗って次の町に行くように言われただけで」
ディティアも後に続いて説明してくれた。
しかし、船医のお婆さんは真っ白な眉をぐっと寄せると、
「……受けていない?そんなはずはないさね」
と、訝しげに言った。
「あ?……どういうことだ?」
グランが鬚を擦りながら聞き返す。
船医のお婆さんは、グランにはっきりと言い切った。
「どうもこうもないさね。……あんた達にはこれから、この先にある船の墓場でひと仕事してもらうんだよ」




