行く先は明るいです。②
「はあ……無事辿り着きましたね!」
樹海から出た先、薄い橙色をした町が広がっているのが見える。
港町ライバッハ。
俺達の故郷ラナンクロストがある大陸アイシャと、この大陸トールシャとを結ぶ海路の拠点の町である。
最初からしたらだいぶ打ち解けた双子の弟の方、ヤチが安堵の息を吐き出した。
「わあ、やっぱり視界が広いね」
笑うディティアに頷いて、俺は空気をいっぱい吸い込む。
「樹海の中、なんか湿っぽかったしなぁ……はぁー、この空気もまた格別だー」
「そうね、湿気はあんまり好きじゃないわ」
髪の先をくるくるしながらファルーアも言って、まだ高い日を見やる。
「日差しは日差しで焼けたくはないんだけど……」
「そう文句言うな、無事に戻ってきたじゃねぇか!……よし、戻ったらとりあえず昼飯だ!ナチ、ヤチ、付き合えー」
ファルーアの言葉にグランが言うと、双子は顔を見合わせて笑った。
『いい店、知ってる!』
******
トレージャーハンター協会ライバッハ支部から程近い場所に、そのお店はあった。
旅の必需品を買う店の集合体みたいな、あれ程の規模とは言わないけど……かなり大きなお店だ。
店の周りには、つい最近見た石の柱がいくつか鎮座していて……ん?
「ねぇ、ナチ、ヤチ。あれって、遺跡にあった石柱だよねー?」
ボーザックが気が付いて聞いてくれる。
双子は頷いて、あれは遺跡の石柱を模して造られたものだと教えてくれた。
「夜はあの石柱は灯りになるんだ。結構綺麗だよ」
ナチが言うので、俺はへぇ、と頷く。
すごいな、トレージャーハンター向けの店なのか?
ちょっと見てみたい気もした。
「それにしてもちと値が張りそうな店だなぁ」
装飾された扉を前に、財布の紐を握るグランがぼやく。
「それなら心配しないでいいよ、そこまでの値段じゃないから。僕達でもちょこちょこ来るし……もし足りなかったら僕達で出してあげるよ。もちろん貸しね?」
「大丈夫よ、これくらいなら。良心的な価格なのね、びっくりしたわ」
ナチが悪戯っぽく笑うと、外にあったメニューをざっと眺めて、ファルーアが感心したように言う。
「そうですよ、ここは、トレージャーハンターの駆け出し達も訪れることが出来るように、薄利なんです」
ヤチが苦笑すると、ボーザックが足元のフェンをもふもふしながら声を上げた。
「何にしても、早く入ろうよ!お腹空いたー」
ぐう……。
隣で、ディティアが慌ててお腹を押さえたので、俺は気付かないふりをしてあげることにした。
口元は思わず緩んだので、恨めしそうな顔してこっち見られたけど。
******
「個室とは……またすげぇな」
通されたのは個室。
グランが朝に整えた顎髭を擦りながら、ぐるりと見回す。
濃い緑の絨毯に、よく磨かれた黒い木製のテーブル。
それと同じ質感の椅子には、細かく彫刻が施されていた。
フェンがいるし、気を遣ってくれたのかもしれない。
個室以外にもテーブル席やカウンターがあったけど、店員さんがすぐに対応してくれたのだ。
席についてしばらく待つと、いきなりドアが開いた。
「ナチ、ヤチ!来るなら言いなさいとあれ程……準備するから少し待って……あら?」
入ってきたのは、紅い髪を後ろで束ねた、線の細い女性だ。
双子はそれを見るなり肩を竦めた。
「そっちこそ、ちゃんと僕達が誰と来てるか確認してよ、母さん」
女性の頭には、立派なコック帽。
服も白で統一されていて、髪がよく映える。
……母さん。
つまり、この人はナチとヤチの母親なわけで……。
「これは……大変失礼致しましたお客様。……ナチとヤチが樹海のご案内をしたのね?……駆け出し……という感じではないから、冒険者かしら」
気さくな感じでにっこり笑った女性に、俺達は思わず不躾な視線を送ってしまった。
「うわぁ、三つ子かと思ったよー……あぃたっ!ファルーア!!」
そう、そうなのだ。
女性は、ナチとヤチにそっくりだった。
…………
……
ナチとヤチの母親、名前はサチ。
うん、名前まで三つ子レベルである。
彼女はトレージャーハンター引退後にこの店を開き、夫婦で切り盛りしているそうな。
運ばれた料理は独特な香草の香り。
食欲をそそる良い匂いは、成る程、ナチが作ったスープとよく似ていた。
「魚、すごくふっくらだわ」
「ふわあ、お肉柔らかい~」
ファルーアとディティアも満足そうである。
「こんなお料理を作れるなんて、ナチ君とヤチ君のご両親、素敵だねー!」
ヤチがその言葉に笑って、少し話をしてくれた。
「……両親が仲間に裏切られて遺跡に閉じ込められた時、僕達はまだ小さかったんです。と言っても、トレージャーハンターの両親に育てられたから、料理とか、生活に困ることは無くて。……でも、帰ってこない両親に、ナチとふたり、本当に心配しました」
それを聞いて、ナチが後を引き継ぐ。
「両親は、何とか脱出して……2週間して帰ってきた。たった2週間……でも、僕達にとっても両親にとっても、すごく長い時間だったんだよね。引退を決めたふたりに、僕達も決めたんだ。……仲間を裏切らない、仲間を信じる、そんな格好良いトレージャーハンターになるんだってさ」
俺はそれを聞きながら、感心していた。
この双子は、そんなハンターになるために、こうやって裏ハンターになったんだ。
「そうか。お手本にしてもいいぞ?」
グランがお酒に舌鼓を打ちながら言うと、ナチが鼻先で笑った。
「豪傑さんを手本にしたらちょっと大きすぎるよ。遺跡には狭い場所もたくさんあるからね」
そこに、ヤチが突っ込んだ。
「ナチは、逆鱗さんになると思うよ」
「……ヤチ?僕に喧嘩売ってるの?」
「いや、それ……1番喧嘩売られてるの俺だよな……?」
こうして、俺達の最初の『仕事』は、無事に終わりを告げる。
この先、何があっても俺達白薔薇はきっと仲間を裏切らない。
だから、道はどこまでも明るいはずだ。
俺は何となく嬉しくなって、上機嫌で手元の杯を空けるのだった。




