行く先は明るいです。①
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樹海に埋もれた遺跡を後にして、来た道とは少し違うルートで港町ライバッハへと帰ることになった。
どこを見ても巨木がずんずんと並ぶだけで、同じ所を通っても気付けないかもしれない。
まあ、迷子になってもナチとヤチ、あとフェンが見付けてくれるはずだから平気かな。
…それよりも……である。
……はぁ、また船かあ。
蒼いヌラヌラした海龍はとても強そうで、とても凛とした姿をしていたし、もしまた会えるなら嬉しい。
船員達もすごく気の良い人達ばかりで、楽しかった。
けど、船……しいては船酔い……それだけはいただけない。
歩くのに慣れてきた、ボコボコと根っこが飛び出した不安定な地面を見やる。
まあ、行かないって選択肢は無いんだけど……。
「おいボーザック、どうかしたか?」
「あっ、ごめんグラン。船のこと考えてた~」
「そうか……歩くって手もあるんじゃねぇか?それでもいいぞ」
ふわふわ余所見しているような雰囲気でも出ていたんだろう。
気に掛けてくれた頼もしい大盾使いの言葉に、地図を思い浮かべて、首を振る。
確か、ライバッハは殆ど樹海に囲まれていたはずだよね。
たぶんだけど……アイシャとの交流の拠点ってだけで、ある意味隔離された町なんじゃないかなあ。
「大丈夫……じゃないけど、ありがとうグラン。ティアもいるし、早い方がいいよ。そこは仕方ないっていうか」
言葉を紡ぎながら、するすると前を歩いていく銀狼を見やる。
「ねぇフェン、船の中をずーっと走ってたらマシとかないかな」
「……あうぅん」
フェンが、哀しそうな鳴き声で応えてくれた。
「いやお前、極端すぎんだろうよ……」
グランも呆れ声。
やっぱりそうかぁ。
これは、最高のバッファーに頑張ってもらうしかなさそうだ。
「ハルトー」
「うん?どうしたー?」
ヤチと一緒に後方にいるハルトが応えてくれる。
「船……頑張るからさあ、バフお願いねー」
「おー、任せとけ!」
ありがとうと笑って、覚悟を決めた。
仕方ない、ティアのためだし!
……それから、まだ見ぬ双剣使いに思いを馳せる。
爆風のガイルディアかぁ。
強いんだろうな。
ティアの言うとおり、手合わせしてもらおうかな。
俺もその頃には、もーっと強くなっておこう。
そしたら、ティアが驚くかもしれない。
うん、それも楽しいかも。
手を握り締めて、前を向く。
研ぎ澄まされた五感は、特に敵の気配を感じていない。
巨木がずんずんと立ち並ぶ不思議な光景に、やっぱり世界は広くて、これから行く先も明るいんだろうなとわくわくした。
樹海の中は、薄暗いけど。
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疾風の名をくれた、爆風のガイルディアさん。
その人を語るなら、やっぱり『爆』の物語。
爆の入った2つ名を持つのは、彼の地龍グレイドスを屠りし伝説の冒険者達だ。
ひとりは、爆炎のガルフ。
ファルーアの2つ名を付けた、立派な白髭のお爺ちゃんメイジ。
私達の故郷であるアイシャのラナンクロスト、その王国騎士団の次期騎士団長、閃光のシュヴァリエ率いるグロリアスのメンバーである。
ひとりは、爆風のガイルディア。
私に2つ名をくれた、素晴らしい双剣の使い手だ。
漠然と会いたいと思いながら、何処にいるのか全然わからなかったんだけど、思ったよりも早くトールシャでの手掛かりを見付けられた。
胸がどきどきする。
あとのふたりは、名前だけしか知らなかった。
爆突と、爆呪だったはずだ。
……彼の地龍グレイドスは、その昔、恐ろしいまでの巨軀から繰り出される強烈な攻撃によって、行く先々で街を蹂躙し、河を埋めてしまい、洪水を起こすなど、甚大な被害をもたらしていた。
それを、たった4人。
大規模討伐ではなく、小さなパーティーひとつで屠ったのが彼等だ。
『爆』の物語は冒険者養成学校の教科書にだって載っていて、本当に誰もが心躍るお話として描かれている。
……うん、ハルト君はちゃんと読んでなかったみたいだけど。
実は爆風のガイルディアさんの容姿はうろ覚えで、まだ私がリンドールにいた頃の、懐かしくて、ちょっと胸が締めつけられるような切なさと一緒に、宝物みたいな思い出になっていた。
白髪交じりの黒髪で、目尻に刻まれた皺が微笑むともっと深くなること……それから、渋くて深みのある声で……たぶん背はボーザックより少し高いくらい……だと思う。
本当にそれくらいしかわからない。
ちゃんとした顔を思い浮かべることは出来なかった。
後はもう、卓越した双剣捌きばっかり。
あれこれ考えて、思わず、ふふっと笑みがこぼれた。
ああ、早く会いたいなあ。
いつか会って、もう一度私の戦い方を見てもらいたい。
欲を言えば、折角だから疾風って呼んでもらうのもいいかもしれない。
私は、あの人にまだ足りない。
届いていない。
ずっとそう思っているし、実際そうだと思う。
足りていたら、届いていたら、災厄の黒龍アドラノードを倒すその瞬間、ファルーアにあんな無理をさせずに済んでいたはずだから。
白薔薇の皆が強くなっているように、私も、まだまだ強くならなくちゃ。
意気込んでみたら、中々気分が良かった。
思わず、腰でクロスさせた双剣の鞘を撫でる。
私の、大切な仲間がくれた、大切な双剣。
温かい気持ちが、寂しさと一緒に湧き上がってくる。
……それでも、何だかすごく前向きだ、私。
きっと、この先はとても眩しいくらいに明るくなるなぁって、贅沢なことを思った。
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