裏家業は大変です。①
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「……痛て……」
手が……正確には親指から中指までの3本が痛んで、声を上げた。
暗かった視界が、彩りを帯びていく。
広がったのは、巨大な根が絡み合って、洞窟みたいになった場所。
昼にも使った天然のテントのような休憩所だ。
ザアザアと聞こえる音に、恐らく雨が降っているんだろうと思い当たる。
「ご、ごめんね痛かった……?」
俺を覗き込むのは、エメラルドグリーンのぱっちりした眼。
濃茶の髪の、小動物みたいな女の子であった。
その手が俺の手に添えられていて、手当てしてくれていたのがわかる。
「……ディティア」
「うぇっ?……は、はい?……というか、ハルト君……その、おはよう……心配、したよ?」
呼んでみたら、彼女は何故か驚いた声を上げて、しどろもどろに応えてくれた。
「はは、何だよおはようって…………うわっ、あれ!?」
その瞬間。
俺は、黒い球状の魔物を思い出してがばりと飛び起きた。
そうだ、あいつと戦って、手も傷だらけになったんだ。
「ひゃあっ!?」
隣で、俺を覗き込むように座っていたディティアが仰け反る。
「あ、ああ、ごめん……えっと、どうなった?」
聞くと、向こう側で魔道書を読んでいたらしいファルーアが答えてくれた。
「どうもこうも……あんた自分で仕留めたんでしょう?……半泣きが見られなかったわ」
「え?」
半泣きって何ですかファルーアさん。
ろくな事じゃない気がして顔をしかめた俺に、体勢を立て直したディティアが苦笑した。
「えっと、ハルト君は大丈夫?痛いところはない?」
「ああ。痛いのは、ディティアが握ってくれた手ぐらいかな」
言うと、彼女は眼を見開いて、ばばっと首を振った。
「うあっ!?こ、これは、その!!包帯を巻こうとしていましてですね!」
真っ赤である。
「はは、ディティアは可愛いなあ!……それは見たらわかる、ありがとな」
「……あんたそれ、何なの?わざとなの……?」
「わざとって何だよ?」
呆れるファルーアに首を傾げるていると、ごほんと咳払いをして、ディティアが座り直した。
「と、とりあえず、皆を呼ぶね」
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ディティアが根っこで出来た天然のテントから駆け出して行くのを見送ってから、俺は手の上にバフを練った。
「治癒活性!!」
実際、じくじくと痛んで結構しんどかったから、早く治したかったのもある。
見ていたファルーアが、小さく笑う。
「そういうところは気遣えるのにね」
「……気を遣うっていうか……折角手当てしてくれてるのに野暮じゃないか?包帯は少しの間残しておこうかなー」
「好きにしなさいな。……ティア、本当に心配してたわよ。まあ、私達全員だけどね?」
「そっか。……ありがとな、ファルーアも」
「わかればいいわ」
俺はまだ巻き途中だった包帯をくるくると巻き付けて、端っこを内側に折り込み、固定した。
「うん、名誉の負傷」
笑ったら、ファルーアがぱたん、と本を閉じる。
「そうね。……本当、あんたは無茶するけどやってくれるわよね」
「あれ?褒めてくれてる?」
「ええ。双子の慌てようからして、かなりの強敵だったんじゃないかしら?」
「あー……そっか。ヤチが皆を連れてきてくれたんだな」
そこに、皆が帰ってきた。
「ハルトー、俺、これ2度目だ!結構、焦ったー」
「うん?どうしたボーザック」
「ハルトがガイアシャークと戦った時に落っこちてさあ!本当に心配したんだよ、今回が2度目だかんね!」
ばしんと肩を殴ってきて、小柄な大剣使いが笑う。
俺も笑い返してやった。
「武勲皇帝の時にどんだけ心配したと思ってるんだよ?まだまだ足りないぞー」
「う、それを言われると、あれなんだけどさぁ……」
ちょっと肩を落としたボーザックの後ろから、グランがやって来る。
「馬鹿言うなハルト!俺達はお前みてぇにあんな紛らわしい気絶の仕方したことはねぇぞ?」
「あー……それは、耳が痛いなー」
俺がひっくり返ったのは、たぶんトドメの一撃の後。
だから、皆が駆け付けてくれた時、恐らく俺は樹海の死者の近くに転がっていたんだろう。
「逆鱗さん……」
そこに、おずおずとヤチが声を掛けてきた。
「ヤチ!ありがとな、ちゃんと戻ってくれて!あと、その呼び方やめろ?」
にっこりすると、横にいたナチが鼻を鳴らす。
「本当に無茶。有り得ない。逆鱗さん、自分が戦った魔物がどれくらい強いのかわからないのによくも残るとか言うよね?死んでたらどうするの?」
「お、おぉ……な、なんかナチ、どうした?……逆鱗さんはやめてくれる?」
すっかり毒舌になったナチに答えて、とりあえず呼び名の修正をお願いしてみる。
「やめないよ?僕達が悪いけどさ」
「は?……え、えぇ……?」
「がうぅん」
聞いていたフェンが、呆れたように鳴くのだった。
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雨もすごくて、もう夕方になったのもあり、俺達は今日はここで休むことにした。
中央辺りでファルーアが起こした火で、今日も料理をする。
入口の傍には、フェンが陣取って警戒してくれていた。
「……それじゃあ、逆鱗さんが起きたから話をするよ」
ナチが、薪の傍に座って言う。
ヤチもその隣に座り、俺が預かっていたはずの紅い石を取り出した。
「それは……」
グランが顔を顰める。
ナチは言い掛けたグランを手で制して、ゆっくりと、話し始めた。




