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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅡ

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235/847

樹海は未知の領域です。⑥

……樹海の死者。


その魔物は、古代の魔法によって変質した人間だったとか、死んだ人間がレイスにならずに突然変異したとか、そんな風に言われている。


遠くから見たことはあって、そのおぞましい容姿に戦慄したのを今でもはっきり思い出せた。


樹海の死者に魅入られた者は還らず、身体中の血という血を吸われて朽ちるのが常。

トレージャーハンターにとって戦ってはいけない存在である。


しかし、あくまで樹海の死者は樹海の奥の奥、山脈の近くに棲息しているはずで。


こんな所に、居るわけがなかった。


けれど。

信じるしかないじゃないか。


ヤチが、こんな風になっているんだから。


******


「フェン、匂いを追えるな?」

「がうっ」

ヤチのざっくりした説明を聞いたグランは、自信たっぷりに鳴いて小走りに先を行くフェンに続いた。


勿論、残りのメンバーもだ。


「ま、待ってください!……駄目です、死にに行く気ですか!?」

驚いて声を上げたナチに、白薔薇のメンバーは揃いも揃って笑う。


「当たり前だ、ハルトが待ってる」

「まあ、死にに行くつもりはないけどねー」

「そうね。とりあえず半泣きのハルトが見たいわ」

「……ナチ君とヤチ君は、ここで待ってるか戻っていてね。フェンがいれば追い付けるから」


それを聞いたヤチが、肩で息をしながら顔を上げる。


「ぼ、僕はっ……い、行きます、一緒に!」

「ヤチ!?」

「ナチ、言ったんだ!……戻るって、僕は、言ったんだ……!」


呆然とするナチ。

強張っている両腕が、一瞬だけ、ヤチに伸ばされかける。



……僕達の仲間でも、樹海の死者にやられた者は数知れない。

まだ見付かってすらいない仲間も、本当にたくさんいる。

助けたいと、何度も願ったはずだった。

それなのに、自分の片割れ、自分の半身が、奮い立っているのを目の当たりにしても、言葉を紡げない。



ナチは、何かを言い掛けて、口を噤んだ。


薄暗い樹海は、恐らくもうすぐ雨になる。

そうなったら、ヤチが通った道に残る匂いも、流されてしまうだろう。


「双子!お前らは一緒にいろ、後で必ず合流してやる」

「そんな……!」

グランに言われて、ヤチが悲痛な声を上げた。

そして、必死の形相でナチを振り返る。

「ナチ、ナチは!ううん……僕達は、こんなハンターを目指してたんだろ!?」


そこにいるのは、今にも泣きそうな、鏡に映った自分そのもの。

こんなパーティーを羨ましいと思い、こんな風になれたらと願う、自分だ。


ナチは、その必死な顔に、思わず笑った。


「ふふ、あははっ……ヤチの顔、すごいぐしゃぐしゃだ」

「はあ!?今はそんなこと関係ないだろ!………………ナチ?」

噛み付こうとしたヤチは、目を見開いた。


ナチが、腰に挿していたナイフを両手に取ったのだ。


「ねえ白薔薇。樹海も知らないで、よくも言えたよね。僕達がいないのに帰れるほど、甘くないんだ。……ヤチ、とりあえず仕事は中断だ。全力で行くよ」

「ナチ!……うん、わかった、やろう!」

ヤチも、ナイフを手にする。


「遅れても置いていくから。雨が降る前に辿り着かないとならない。……銀風、先導は任せたからね」

「ぐる……」


美しい銀狼は、困ったように咽を鳴らしたものの、グランに頷かれてさっと走り出す。


「あはは、ナチ格好良いね~」

場違いな明るさで、不屈が笑った。



******



ザザザッ……


樹海は、庭みたいなものだった。

僕達は、小さな頃からトレージャーハンターの両親に連れられてこうして樹海に入っていたからだ。


双子の片割れ、ナチと共に全力で駆け抜けるのは、出来ればそんな懐かしい気持ちで……が、良かった。


今は、少しでも早く、逆鱗のハルトの元に戻らねばならない。

どんなに恐くても、だ。


「……付いてきてますかッ」

「おお!何とかな!!」


振り返らずに声を掛けると、豪傑のグランの声がする。


「少し離れてきてるみたいだよ!スピードは緩めないからね!」

前を行くナチが、声の位置から判断して指摘する。


「とりあえず、俺とティアは大丈夫~」

「ファルーアとグランさんが少し離れてもフェンがいるから」


そこに、驚くほど間近で声が返ってきた。

不屈のボーザックと疾風のディティアだ。


成る程、この2人は確かに戦闘でも速かったな。


蔦をかいくぐり、樹の根を避け、時には跳び越えて、進んでいく僕達にぴったり付いてきているのは中々評価が高い。


……試すまでも、なかったのかもしれない。

なら、僕がしたことは……無闇に彼等を危険に晒しただけ。

そんなのは、僕達の目指すトレージャーハンターではなかった。


「ヤチ。……僕達さ……強く、なったと思う?」

前を行くナチが、呟く。

僕は、ナチに見えていなくても、伝わると信じてしっかりと頷いた。

「当たり前だ。……僕達は、トレージャーハンターだよ、ナチ」


******


皆が嫌な空気を感じ始めた。

樹海の生命達が、息を潜めている感じだ。


「ガウガウッ!!」

黒い塊がちらりと見えたと同時に、銀狼が吼える。


ディティアは、はっとして、思わず声を上げた。

「ハルト君ッ!!」


その瞬間。

信じられないスピードで双子を追い抜いて飛び出した彼女に、ナチが眼を見開いた。

「えっ、嘘……」

慌てて彼女の背を追う双子に、ボーザックが並ぶ。

「あれが樹海の死者!?」

「は、はい!」

ヤチが答える。

「おっけー!行くよ2人とも!」


向こう側で、黒い塊が転がっていて……。

その下から、投げ出された、二本の足が覗いていた。


「っ……はあぁ――――ッ!!!」


ドカアァッ!!


ディティアにしては珍しく、一撃目は強烈な飛び蹴り。

一緒にフェンが体当たりをする。


ゴロゴロッと転がった黒い塊に、ナチとヤチ、ボーザックが飛び掛かった。


「ハルト君ッ!!!」

「ハルト!!」


倒れたままのハルトに、ディティアが駆け寄る。

グランとファルーアも追い付いた。


「……これ……」

飛び掛かったボーザックが大剣を振り上げたまま、固まる。

双子も、眼を見開いた。



転がった触手の中、ミイラのような顔があって、そこには。

ハルトの双剣が、深く突き刺さっていたのである。



……樹海の死者は、既に息絶えていた。



******



ぽっかり空いた眼の部分は、底知れぬ闇をたたえている。

吸い込まれそう、だった。



意識が、視界が、揺れる。


吸い込まれる。



――やばい、持って行かれる!!



「精神安定!」



俺は、必死で声を上げた。


精神を歪められ、意識が持っていかれそうになった俺の身体が、全身全霊で危険を訴えた結果だ。

一気に練り上げたバフに、意識がはっきりした。


触手が俺を抱き込むようにして…………。


「……悪いな!!やられるわけにいかないんだ!」

俺は両腕を、そいつの顔目掛けて振り下ろす。


〈――――ッ!!!〉


「って、うおわあ!?」


しかし、絶叫と共に体当たりをかまされて、俺はひっくり返った。


本当に、樹海のことはわからない。

未知の領域すぎる……。

皆、大丈夫かな。


倒れる瞬間、色んな事を思った気がする。


……たぶん、後頭部を思い切りぶつけたんだ。

俺の意識は、そのまま刈り取られたのだった。



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