樹海は未知の領域です。②
グランがそいつを盾で殴り付けた瞬間。
「肉体強化!……反応速度アップ!」
俺はボーザックとディティアの五感アップを肉体強化にして、俺と双子の五感アップを反応速度アップにした。
……五感アップは、触覚も上がるから、痛みも増してしまうのだ。
そのため、索敵に使っていたとしても、戦闘中にかけっぱなしはお勧めできないのである。
「……ナチ、ヤチ!あいつ何だ!?」
グランに殴られた巨大な影。
俺は双子に問いかけた。
サイクロプスかと思ったけど、違う。
「ナハトルです!……怪力が取り柄で、肉体戦に特化しています!」
ナチが答えてくれる。
二足歩行で前脚は長め、身体は灰色の剛毛で覆われている魔物は、手の甲が岩のようになっていた。
皮膚が硬化したものなのか装備なのかは定かではないが、あれで獲物を殴るんだろう。
大きさはグランと同じくらいだ。
そして、その顔。
これも皮膚が硬化したのか装備なのかはよくわからないけど、矢羽根のような形の板みたいな物が顔全体を覆うお面のように張り付いている。
「……やあぁっ!」
グランが押し退けた所に、ボーザックが低い体勢から大剣を振り上げる。
「っ、と」
土が柔らかくて踏ん張れなかったのか、最後まで振り切ることが出来ない大剣使いの横、今度はディティアが舞った。
「……ふっ!!」
ガッ…………ボ、ボンッ!!
捉えたのは、ナハトルと呼ばれた魔物のお面部分だ。
ディティアの攻撃箇所に、ファルーアの魔法が炸裂する。
〈ウルルルル……〉
どし、と重そうな動作で、ナハトルが前脚を降ろした。
「くっそ、狭いな……もう一回いくぞ!」
グランが、足元を確かめながら言う。
「おっけーグラン!ティア、手応えどう!?」
「ダメージは入ったと思う!……ハルト君、私に脚力アップバフくれないかな?」
ボーザックに答えたディティアが、肩越しにちらとこっちを見た。
この狭い所で脚力アップを要求してくる彼女に、思わず苦笑する。
「……気を付けてくれよ?……脚力アップ、脚力アップ!」
「ふふ、任せてハルト君!」
速度アップを上書きしてあげると、彼女はとんとん、と足場を確かめた。
「……ファルーア!」
「……燃えなさい!」
すぐに、グランの声と、ファルーアの魔法。
弾けた炎を合図に、グランが大盾を構えて大きく踏み込む。
対するナハトルは、右の拳を振り上げた。
「おおおっ!!」
――ゴッ……!!
鈍い音で、両者がぶつかる。
力が拮抗したところに、
「次は外さないよ!」
ボーザックが、ナハトルの右側面、下から走り寄って剣を振り上げる。
……宣言通り、しっかりと足場を確保したらしい大剣使いの一撃が、ナハトルの右足を切り裂いた。
〈ウルルグアアアオオ!!!〉
蹌踉めく巨軀。
「ウォウッ!!」
銀風、フェンがナハトルのお面に体当たりをかまして、体勢が崩れた。
俺も援護すべく、ナハトルへと駆ける。
「来るぞハルト!」
「まかせと……けっ!!」
ナハトルが右腕で身体を支え、左腕で俺達を牽制しようとした所を、双剣で弾きあげた。
そして、開かれた胸に。
「はあぁッ!!」
ダッ――!!
気合一閃。
脚力アップで跳ね上がり、さらに巨木を足場にして……疾風が吹き抜けた。
「……終わりよ、燃え尽きなさい!」
ボンッ!!
その胸元、深く開いた傷から、炎が噴き上がる。
魔物は、ゆっくりと倒れ、沈黙。
「…………、終わったか」
動かないことを確認して、グランが落としていた腰を上げ、力を抜く。
「ふう…………!久しぶりだったから、ちょっと鈍ったかな?」
ボーザックは清々しい程の笑顔である。
「ナチ君、ヤチ君、大丈夫?」
ディティアが振り返ると、後ろにいたナチとヤチは、はっとした。
「え?あ、は、はい!……驚いた、想像以上でした」
ナチの言葉に、思わず笑う。
「ははっ、中々連携良いだろ俺達?」
「……うん、驚きました」
ヤチも頷く。
素材とか、特殊な部分は期待出来ないとのことで、俺達は結局何も取らずにそこを後にする。
俺は再び、皆のバフを五感アップに切り替えた。
*****
ナハトルを囲み、この狭い場所であれだけの連携で立ち回る白薔薇。
……これは、ちょっと甘く見ていたな。
バッファーとやらの情報は勿論持っている。
けど、あれは想定外だ。
五感アップにも驚いたけど……アイシャにはあんなのがごろごろしてるのかな。
そもそも、疾風のディティアの立ち回りがおかしい。
樹を足場にするって、反則でしょ……。
ナチは食い入るように魅入っていたヤチを肘で突き、頷いた。
ヤチも、眉を寄せて、しっかり頷き返す。
……この仕事は、ちょっと骨が折れるかもしれない。
「ナチ君、ヤチ君、大丈夫?」
その言葉に、ナチは意識を引き戻した。
******
ぽっ、ぽつっ……
昼過ぎから雨が降り出した。
苔生した緑の匂いが濃くなって、雨音が心地良い。
もう少し進めば、雨宿りも出来て食事が出来る場所があるらしいので、俺達は歩みを止めなかった。
とはいえ……段々雨音が大きくなってきたから、五感アップは消すことにした。
「ひゃっ」
頭の上に落ちてきた雫に、ディティアが首を竦める。
「はは、大丈夫かディティア」
結構大きな雫が落ちてくるみたいだな。
手を伸ばして髪の雫を払ってあげたら、驚いた顔をされた。
「う、あ、ありがとう……」
「えっ、何、何か駄目だったかな」
「そんなことはないけど……うひゃあ!」
わたわたと手を振ったディティアの鼻先に、また雫。
「冷たい~」
「ははっ」
不満そうなディティアに、思わず笑ってしまう。
鼻先の水滴を指先でちょんと拭うと、彼女はまた驚いた顔をして呻いた。
「う~」
「……おーおー、楽しそうだなお前らは」
グランに言われて、俺は頷いて返した。
「おう、こんなでっかい雫、滅多に無いよな!」
「いや、そこじゃないからハルト……」
「はっ?」
ボーザックに言われて眉をひそめた俺の頭に、でっかい雫。
「冷てっ」
ディティアが何故か口をへの字にしながら、手を伸ばして俺の頭に残った水を払おうとしたので、ちょっと屈んであげる。
「~っっ!べ、別に届きますー!っていうか、ハルト君、本当にハルト君だよね!!」
「これは完敗ね、ティア……」
憐れそうなファルーア。
「え、ええ?」
俺は、首を傾げるのだった。




