まずは情報です。④
肉汁あふれる柔らかそうなステーキ。
軽く焼き上げた表面にそっとナイフを入れれば、レアな桃色がのぞいた。
ソースは煮込まれた果実酒のソースで、肉汁と絡み合って絶妙な味を演出する。
飛龍タイラントのステーキを思い起こす程に、そのステーキは旨かった。
トールシャの玄関港ライバッハ。
フェンの鼻に頼った俺達は、魚介だけでなく最高級の肉も味わうことが出来る、素晴らしい場所だという情報を得たのだった。
******
……翌日。
俺達は朝食後、支部で双子と待ち合わせていた。
「悪いな、今日はよろしく頼む」
グランが頭を下げて、俺達もそれに倣う。
「とんでもない、こちらこそよろしくお願いします」
「お願いします」
ありがたいことに双子は緑と赤の服で色分けしてくれていて、赤い方の服がどうやらナチのようだ。
それから、ライバッハのトレージャーハンターは必ず訪れるという店に案内してもらう。
「あそこです、正面の建物」
「うわ、でっか」
赤服のナチが指差した方向、歩く人々のその向こうに、大きな建物があった。
ボーザックが驚いた顔をして、思わず声を洩らす。
「すごい、あれがお店なんですか?」
ディティアが聞くと、緑の服のヤチが頷いた。
「正確には、店の、集合体です」
「へえ!じゃああの中にたくさん店があるんだな」
俺は言いながら、左右に並ぶ露店もチェックする。
露店でも、色んな物を並べてるようだけど……。
「ここの露店でも、たまに掘り出し物はありますよ。大抵は10日くらいで店が入れ替わります」
視線に気が付いたナチが教えてくれる。
「入れ替わるってことは、ここは貸出スペースなのかしら?」
「そうです。この通り沿いの家が、自分の家の一部を期間毎に貸してるんですよ。そこに店を出すんです。なので、大抵はライバッハの商人ではなくて、他の国や地域の商人達ですね」
「他の国か……そういや、トールシャには国はいくつあるんだ?」
「……えぇと、小さいのを含めると100はあるんじゃないかな」
「ひゃっ……100!?」
「ははっ、そうですよ!……未開の地も多い大陸ですから、もっと増えるかもしれませんね」
ナチに話を振ったファルーアとグランが顔を見合わせて、言った。
「世界は広いわね……」
「世界は広いなぁ……」
……そうこうしてる内に、店は眼の前。
見上げる程の建物が、どんと構えていた。
巨大な門が開かれていて、その左右に警備をしているらしいムキムキの男が2人ずつ並んでいる。
巨大な門の上にある看板には『ハンタウル』と書かれていた。
「ウルって、確か、王様とかって意味だっけ?」
少し後ろにいたヤチに聞くと、彼は驚いた顔をした。
「え、あ、はい。……驚いた、そんなこと知ってるんですね」
「はは、まあなー。……あれ、そうするとロディウルって族長とかなのかな」
思わずぼやく。
……ロディウルは、ラナンクロストで依頼中に出会った、トールシャの人間だ。
俺達に、トレージャーハンターの『認証カード』にあたる革の栞をくれた人物であり、俺達の戦った災厄のことも詳しく知っていそうな奴である。
ゆくゆくは、ロディウルに会う必要があるわけだけど、そういえば聞いてなかったな。
「なあ、ヤチ。ユーグルのロディウルってわかる?」
「えっ?ユーグル、ですか」
「わあ、逆鱗さん物知りですね、ユーグルをご存知なんですか?」
そこに、ナチが割り込んできて……って。
「ちょ、何だよその逆鱗さんって!?辞めてもらえる?それ、別に気に入ってるわけじゃなくて……」
「あはは、それでは逆鱗さん、ご案内します!」
「待て、待てってば!聞いてるかな?おい、ナチ!!こら!!」
「わあ、ハルト君の逆鱗にがっつり触れに行く感じだねー」
「そ、そうですか」
ナチを追い掛ける俺の後ろから、ディティアとヤチの声が聞こえた。
******
さて。
結局のらりくらりと躱されて憤慨していたものの、ナチとヤチの案内は完璧だった。
「まずは、必要なのは食糧です。トールシャで主流なのは袋に入った保存食で、そのままでも食べられますし、水を入れればもっと美味しいです。皆さん調理道具は?」
「軽くて畳める鍋に皿、水筒は各々持ってる」
グランが言うと、ナチは満足そうに頷いた。
「さすがですね!たまにお鍋持ってない人もいるんですよ。僕等はトールシャでの活動には、鍋は絶対必要と思っています。煮ないと固くて食べられない魔物もいるんですよ!……ナイフはどうしてます?」
「全員がこれ持ってるよ、タイラントの鱗のナイフ」
今度はボーザックが小さなナイフを差し出す。
それは、飛龍タイラントの鱗を加工した物だった。
「……こ、これ、飛龍の、鱗なんですか……?」
「触ってみるか?ほら」
俺のをヤチに差し出すと、ヤチは珍しくきらきらした眼でうんうんと頷いて、そっとナイフを受け取った。
「すごい、切れそうだ」
「ああ、切れ味は良いかも。刃こぼれもしない気がするし」
ヤチは、周りにスペースがあるのを確認して、ナイフを振ってみせた。
「……ふっ」
「わあ、ヤチ、様になってるね。探索専門でもやっぱり鍛えるんだねー。安心した」
それを見ていたボーザックが言うと、ヤチは、はっとした顔をして俺にナイフを返し、首を竦めた。
「す、すみません、何か格好良かったので、ちょっとやってみたくて……」
「そうそう。形になってても、実際は戦える程ではないんですよねー僕達」
ナチが笑う。
「次は雨対策ですね。何かお持ちですか?」
「ポンチョなら……」
ディティアが答えると、ナチは頷いた。
「……トールシャでは雨の日に活発化する魔物も多いんです、なので戦える状態を保つものが必要ですよ」
「具体的にはどんな物があるのかしら」
ファルーアが髪をくるくるしながら言う。
「水を吸わない服ですね。その上から装備をしている人が多いです」
「ほー、そんな物があんのか!」
グランも興味津々。
俺達は、話してからすぐに服を一新することに決めた。
ちなみに、汗も吸わないから、アンダーウェアは吸水性と速乾性が高いものを選ぶらしい。
「まあ、頭は濡れますけど、ね」
ヤチが、ぽつんとこぼした。
……そんな感じで、準備はとんとん進んで。
すぐに出発出来ると判断したのか、双子は、明日の出発を打診してきたのだった。




