海は広いです。④
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さすが大型商船。
乗っている商人の数はかなりのもの。
俺達のターゲットは彼等だ。
『奇蹟の船』、その情報を徹底的に聞き出すことにしたのである。
もしかしたら、海の巨大な生物についても何かわかるかもしれない。
俺達が商人相手に武器にするのは、商業の国と呼ばれるノクティアいちのお菓子屋、ナンデスカットの商品だ。
……そう。
俺達がモチーフになった、あの、めちゃくちゃ美味いやつ。
その名も、菓子白薔薇である。
「おじさん、これってどこの食べ物?」
ボーザックが人懐っこい笑顔を浮かべて、露店の店主に問いかけた。
この船では、空いてる場所で店を出すことが出来る仕組みで、自由な取引が出来ることも売りになっているらしい。
まあ、そのせいで揉め事も多いんだろうけど。
船首側の甲板に立ち並ぶ露店では、連日色々な物が並ぶ。
競りをすることもあって、冒険者も商人も日々これだ!って物を探しているようだ。
「これはトールシャの食べ物です。アイシャではまだあんまり並んでないですね。冒険者なら食糧に必須ですよ」
少しふくよかな60歳くらいの店主は愛想良く、にこにこ笑って答えてくれる。
店頭に並ぶのは長期保存が出来そうな乾肉や、なんだろう……丸い、果物を干したようなのもあった。
「あら……冒険者ってことは、アイシャの方なのかしら?」
ファルーアが頬に手を充て聞くと、店主は眼をぱちぱちする。
「はは、いえいえ。私はトールシャの人間です。この船に乗ってくるのは、殆ど冒険者ですから。トレージャーハンターはアイシャに行きませんし」
「そうなのか?……そういやトレージャーハンターって名乗る奴は見たことねぇな」
厳ついグランにも、店主の微笑みは崩れない。
「アイシャが悪いわけじゃないんでしょうけど……まあ、そういう話はトールシャで聞いてくださいな!さあ何かお探しで?」
その言葉に、俺達は顔を見合わせた。
「トールシャでは、アイシャは嫌われてるってことか」
グランが唸る。
そっか、やっぱり咎人なんて呼ばれたりしてるみたいだし、トールシャって大陸では俺達はあまり歓迎されないのかもしれない。
店主は、どう思ったのか、焦ったように手を振って、困惑した顔で言葉を付け足した。
「ああ!いや、違うんですよ、冒険者もトールシャにはたくさんいますしね!ただ、アイシャに渡るトレージャーハンターが少ないってだけで……!」
「そうだろうね~」
ボーザックがぐるりと見回して応えると、店主はバツが悪そうに頭を掻いた。
「……すみません、失礼な言い方でした」
「仕方ないだろ、事実なんだろうし。……俺達みたいな冒険者って、トールシャで差別されたりするのか?」
思わず聞くと、店主は首を振った。
「正直に言います。無い……とは言い切れませんが、殆ど感じないはずです。私も、アイシャには興味があってこうやって行ったり来たりしてるので。そういう人の方が多いと思っています」
「そうすると、店主さんは、何度もアイシャに渡ってるんですか?」
ディティアが聞くと、店主は漸くほっとしたような顔をした。
「ええ。この船はラナンクロストだけでなく、北のノクティアにも行きますしね」
これは……いきなり当たりか?
俺達の作戦では、世間話から船の話題を振って、話が聞ければそれで良し。
何か知ってそうで渋るなら、菓子白薔薇を武器にして聞き出すというもの。
期待を膨らませながら待つ俺達を横目に、ディティアが言葉を続ける。
「それじゃあ、この奇蹟の船に何度も乗ってらっしゃるんですね!……遅れたことがないとか、色々なことを聞きますけど……本当ですか?」
すると、店主は期待とはちょっと違う情報を返してきた。
「ええ、私が知る限りは1度も無いですよ!……今回は船長が変わったそうで、心配していたんですが」
「……ん、えっ?船長変わったの?」
ボーザックがぽかんとした表情で聞き返す。
「ええ。前の船長は、ご病気だそうで。この船がこれから帰るトールシャの港で療養されているそうです」
「へー、じゃあ今の船長は副船長か何かだったの?」
「いいえ?……詳しくは知りませんが船長から頼まれたとかって自己紹介していましたよ。副船長は別の方です」
「頼まれた……?」
俺達が顔を見合わせると、店主は初めて眉をひそめる。
「何か問題でも……?」
「いいえ、船って初めてなのだけれど、不思議で。普通は副船長が船長代理をするものじゃないのかしら?と思って。……ねぇ、その果物はいくらかしら」
「ああ、そうでしたか。まあ、今回のはイレギュラーですよ。貴女の考えは間違ってません。……折角なので1個1ジールですが2個で1ジールにしますよ!」
「じゃあ人数分……フェンは食べられるのかしら」
「がう」
嬉しそうなフェン。
店主も、大丈夫と太鼓判を押してくれた。
「まいどあり!……そういえば、その子は立派ですが、飛龍タイラントを倒した冒険者さんが、小さなフェンリルを連れているそうですよ。ノクティアで噂になってましたね」
ファルーアは淡いピンク色の果物を受け取って、くすりと笑った。
「……あら?私達を知っているのね。ノクティアで1番のお菓子が仕入れたかったら口利きしてあげるわ」
「えっ、小さいフェンリル……?えっ?」
「がふっ」
眼を丸くしてぱくぱくしている店主に手を振って、俺達はその店を後にしたのだった。




