有名になるので。⑤
引っ込んだその奥で、皆がお疲れ様と言ってきた。
「頑張ったねぇハルト」
ボーザックがにやにやするので、その肩をばしんと叩いてやる。
子供みたいに笑って、彼は付け足した。
「本当、格好良い名前なんだけどねぇ」
「うるさい」
そこに、庭園に向かって何か話していたシュヴァリエが戻ってくる。
「逆鱗の、良い名乗りだったよ」
「くそ、覚えてろよシュヴァリエ?……屈辱だよ!」
「ははっ、閃光の、と付けてくれてもいいよ、逆鱗の」
「だからー……もういいよ!」
周りにいた人達から、笑い声が零れる。
次はファルーアが爆炎のガルフと共に前に出るところだった。
「……さて、諸君。儂は爆炎のガルフ。知っている者はおるかのう?」
ガルフが手を上げる仕草をすると、庭園に並ぶ多くの人がくすくすと笑って手を上げた。
……観客、ノリが良いなぁ…。
どうでもいいことを思っていると、ガルフはほっほ、と何時ものように笑いながら、自慢の白髭を撫でた。
「……儂は、炎の2つ名を、この娘ッ子に付けることを約束した。彼の飛龍タイラントを討伐した上、今回の災厄の黒龍アドラノードを屠ったのは、他でもないこの娘ッ子じゃ」
ざわざわと庭園が揺れる。
……そりゃあ、まだ2つ名の無いファルーアだ。
俺達白薔薇は、ラナンクロスト王都でこそ、グロリアスの策略で多少名が知れているかもしれないけど。
個々の名前は、きっとまだそんなでもなかったと思う。
ファルーアがすごいってことは、誰よりも俺達が知っているんだけどさ。
「……ようやく、この時が来たな」
グランが、肩の荷が下りたような、ほっとした顔でファルーアの後ろ姿を見守る。
いつもの、水色のスリットが入った細身のローブに龍眼の結晶の杖という出で立ちで、彼女は堂々と立っていた。
ちなみに、通常は武器の携帯は不可。
今回は、タイラントの素材であることを理由に許可されて、お情けで俺とディティアも双剣を装備している。
「うん、俺達、すごいところまで来ちゃったね」
ボーザックも、きらきらした眼で前を見詰める。
「……有名になったかな」
思わずこぼしたら、ディティアが隣で微笑んだ。
「……うん、これはもう、グロリアス並じゃないかな!」
「はは、それならもっと有名にならないと」
笑いかけると、彼女は一瞬眼を見開いて、うんうんと頷いてくれた。
「……この娘ッ子は白薔薇にしか使えない強力な魔法を使った。命が危うくなる程の一撃は、共に戦う冒険者に巨大な炎の華を見せた」
爆炎のガルフが杖を掲げると、炎の華が頭上に咲く。
規模は小さかったけれど、確かにあの時の華を思い起こさせる。
庭園からは歓声が上がった。
「この、何倍もの大きさ、規模じゃった。……その華は、美しくも残酷で強い、まさに希望の光での。……儂が授ける2つ名は、それじゃ。……『光炎のファルーア』。その炎の光は、絶望の中でも光り輝くじゃろう」
その瞬間、ガルフの掲げた炎の華が、ぱっと光になって散った。
きらきらと散る光の余韻に、皆、ため息交じりに空を見上げている。
その光の中、ファルーアが一歩前に出て、龍眼の結晶の杖をさっと振り上げた。
ひゅんっ
「おお……」
思わず、声が出た。
ファルーアが、その光の粒達を再び小さな炎の華にして咲かせたのである。
「……絶望にあっても光る希望……最高の名前ね。…私は、光炎のファルーア。他のメンバーには少し出遅れたけれど、気分が良いわ」
ふふっと妖艶な笑みをこぼせば、庭園から野郎共の歓声があがる。
ファルーアは、ガルフに向き直った。
「爆炎のガルフ。貴方に恥じないメイジであることを約束するわ。これから、私達はもっと有名になる」
爆炎のガルフは、いつものように白髭を撫でながら微笑んだ。
「期待しておるよ、光炎のファルーア」
……ファルーアは他は語らずに炎の華を散らして、戻ってきた。
俺達白薔薇が黙って拳を差し出すと、それぞれにこつんとぶつけてくれる。
それだけで、俺達には十分だった。
気持ちは、伝わったはずだ。
…おめでとう、ファルーア。
「……よし、じゃあ最後だな…グラン」
「おう。フェン、こい」
「がう!」
グランはちゃんとわかってたみたいで、フェンを伴ってラナンクロスト王のところへ行った。
「シュヴァリエ」
「閃光の、と付けてくれてもいいよ逆鱗の」
「それはいいから。魔物への2つ名の実例は?」
「もちろん、これが初めてになるだろうね」
「なら安心した」
……現れたフェンの銀の毛並みに、観客達からはおお…と声があがった。
彼女の毛並みは日の光を散らして、より神々しい雰囲気をかもし出していたのである。
「こいつは俺達白薔薇のメンバー、フェンだ。あらゆる所で俺達の助けとなって、共に冒険して戦ってきた。…俺達は、こいつへの2つ名を希望する。……フェン」
「あおおおぉーーーん!」
雄叫びひとつ。
拍手が巻き起こる。
今や立派な銀狼へと育ったフェンは、ボーザックと同じくらいかもしれない。
そのもふもふの毛並みのお陰ですごく大きく見えて、ディティアくらいなら背中に乗れそうだ。
「フェン。選べ。誰からの2つ名にする?」
フェンは耳をピンと立てて、グランを鼻先で突き、次にファルーア、ボーザック、ディティア、そして俺を順に回った。
「……どうやら、白薔薇に付けてほしいようだな」
ラナンクロスト王が言うと、フェンはがう!と尻尾を振る。
俺達は顔を見合わせて、意見を言った。
「やっぱり銀は入れたらどうでしょう!」
「神々しい感じが出るといいわね」
「あとは……速い。ディティアみたいだ」
「ああ。ディティアについていけるのはフェンくらいだしな」
「ティアってことは、風?」
俺達はお互いはっとなって、同時に呟いた。
『銀風』
満場一致である。
話し合ってる間、マルベルがフェンの話をして場を繋いでいてくれたんだけど。
その名を告げたときのフェンは、再度あおおおぉーーーん!と雄叫びを上げて、観客の拍手に包まれたのだった。




