目覚めの時ですか。⑥
「え?悪いわねグラン、今何て……?」
「お前、ひと月ちょっと眠ってたんだぞ」
繰り返すと、ファルーアは視線をグランに向けて、呆然と呟いた。
「ひと月……。ち、ちょっと待ちなさい、私、今、どんな状態……!?」
珍しく取り乱したような感じで身体を起こそうとするファルーア。
グランは苦笑しながらも、無理するなと窘めた。
しかしファルーアはクリスタルの台座の縁を掴み、一瞬だけ頭をもたげて、自分を凝視。
ばたりと倒れ込んだ。
「おい、だから無理するなって…」
「だって、臭いとか臭くないとか……!」
「……あぁ?」
ひと月と聞いて最初に気にするのはそれなのかと、じわじわおかしくなった。
グランはとうとうお腹を抱えて笑ってしまい、真っ赤になったファルーアに散々貶される。
…………
……
「いや、悪い悪い」
「もう黙りなさいよ、消し炭になりたいの?」
「ははっ……まあ、なんだ。良かったよ、お前がちゃんと起きて」
「…………心配かけたわね」
息を吐き出すように、ファルーアが呟いた。
たぶん、いや、間違いなく、アドラノードを倒したことを彼女は確信しているのだろう。
せめてそれを伝えてから昼飯にしようと考えたんだがお節介だったか。
ファルーアは心なしか、疲れの色が濃くなったように思う。
グランはそれを感じて苦笑すると、ぽん、と膝を叩いた。
「聞いてただろ?あいつらと飯食ってくる。少し休め。話はそれからだ」
「…ええ。食欲は、無いわね……」
「そうだろうな。……ファルーア、良くやってくれた。すまねぇな、全部お前とハルトのおかげだった」
立ち上がったグランは背中越しにそう言って、手をひらひらさせて部屋を出ようとした。
「馬鹿ね、これは私達白薔薇の功績よ」
後ろから、ファルーアの囁くようなひと言が聞こえた。
見なくてもわかる。
お互い、満足げな笑みを口元に浮かべていたはずだ。
******
「え……?」
俺は口に入れかけた肉を、そのまま止めて聞き返した。
ぽかんと口を開けて、間抜けな顔だったと思う。
他の皆も、爆炎のガルフでさえ眼をぱちぱちさせていたから、相当な衝撃だったんじゃないか?
「ファルーア、起きてたんですか……?」
ディティアが聞き返す。
「ああ。……昼飯ゆっくりして、その後また行くぞ」
グランは珍しくもうお酒を頼んでいて、上機嫌そうだ。
「何だよグラン~言ってくれればいいのに!」
ボーザックが口を尖らせる。
「悪ぃな、確信があったわけじゃ無かったし。あいつの頭持ち上げた時に、力が入ったような気がしてな」
…ここは、グロリアスもよく使うという貴族街のレストランらしい。
でかでかとしたシャンデリアが吊されて、真っ青なテーブルクロスに白い花が飾られた丸テーブルがいくつもある。
貴族街だけあって冒険者は殆どいない。
ドレス姿の貴婦人が優雅に食事するような場所だった。
「まあ、良かったじゃないか」
アイザックも一緒に喜んでくれて、手を上げて店員を呼ぶと人数分の酒を頼んでくれる。
……うん。
このレストランで、厳つい袖無し黒ローブの大男が堂々として居るってのは中々、勇気があると思う。
その酒はすぐに運ばれてきた。
金色に輝く液体からは、上等な甘い香り。
アイザックは全員がグラスを持ったのをぐるりと確認して、笑う。
「そんじゃあ、白薔薇の快気祝いに1杯!…乾杯!!」
『かんぱーい!!』
「僕もお邪魔させていただくよ」
瞬間、俺の後ろからすっとグラスが差し出され、コン、と鳴った。
「…………」
背中に感じる爽やかな空気に、思わず掲げたグラスをそのままに、アイザックを睨む。
「……悪いな逆鱗の。これは……不可抗力だ」
アイザックも苦笑。
そんなのお構いなしに、後ろの男は声を掛けてきた。
「素敵な偶然だね、逆鱗の」
「全く素敵じゃないからなシュヴァリエ…何しに来たんだよ」
次期騎士団長のお出ましとあってか、レストランの貴婦人達がこそこそと話しているのが見える。
こういう注目はあんまり嬉しくない…。
「閃光の、と付けてくれてもいいよ、逆鱗の。……ちょうど白薔薇のメイジに会いに行ってね。昼食だと聞いたからここに来たというわけだ」
「はっ?お前、ファルーアに……っておお……」
振り返った俺の視界に、シュヴァリエの後ろに控える迅雷のナーガの姿。
黒いオーラが見えて、俺はそっと眼を逸らした。
こっわ……。
「昼食後に要件を伝えるよ。……会議の件、と言ったらわかるかい?」
シュヴァリエは空いていた席にすんなり腰掛けて、店員に食事を頼んだ。
ナーガも、その横に影みたいに座って、同じ物を注文する。
「それで、ファルーアに会いに行ったのか?閃光のシュヴァリエ」
グランが話しかける。
シュヴァリエは「君達がいるかと思ってね、豪傑の」と笑った。
とりあえず、どうやら4国間での会議について何か進展があったみたいだ。
俺達は他愛ない会話で昼食を終えて、ファルーアのところに戻ったのだった。
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