名前、くれませんか。①
明日から仕事始めです…。
更新を続けられるようにがんばります。
本日分の投稿です。
よろしくお願いします。
その日、彼女は…彼女達は走っていました。
真っ暗な森は足元に枯れ葉の絨毯。
夜露に濡れてそれは足を絡め取る罠になりました。
「来てる、カルーア」
先頭にいる彼女の後ろから、小さな少女が声を掛けます。
彼女達の濃い緑色のローブは、夜の森では闇に溶けてよく見えません。
「わかった、ミシャ」
短く答えて、彼女は足を止め、木の裏に隠れました。
夜の闇で、敵の持つランプが揺らめきます。
彼女達には、もうひとり、守るべき対象が傍に居ました。
息を切らせ、同じように木の裏に入った彼女は、泣きそうな顔でうずくまりました。
追っ手は3人。
皆高そうな騎士の服を着ています。
あれは王国騎士団の団服でした。
「どうするカルーア」
「殺すわけには…私達は敵じゃないのに」
彼女達は、王子の近衛兵でした。
王子の思い人、隣国の姫君を招いた夜会で、当の王子が毒薬で殺害されそうになり、国は何故か姫君を犯人にしたのです。
苦しそうに喘ぎながら、王子が近衛兵に告げました。
姫は、犯人ではない。
どうか、彼女を隣国へ逃がしてあげてほしい。
そして、王子の意識は無くなったのです。
近衛兵はすぐに姫を連れて逃げました。
捕まったら、殺されないにしても、姫は国に帰ることは出来なくなるでしょう。
隣国と関係を悪化させたい何者かの陰謀でした。
…ゆらめくランプが近付いてきます。
カルーアは大きな剣をとり、決めました。
王子の望みは、必ず叶えると。
王国騎士団に深手を追わされながらも、彼女は勝ちました。
意識を刈り取った騎士達が目覚める前に、逃げます。
隣国までの長い旅は、まだ始まったばかりでした。
幾度となく騎士達が襲ってきます。
相棒のミシャも、隣国の姫も、必死で生き抜きました。
誰も殺さないで済んだのは、彼女達が強かったから。
しかし、山を越えればそこは隣国という場所で、彼女達は、とうとう包囲されてしまいました。
「囮になる」
ミシャが言いました。
その間に姫を連れて山を越えること。
カルーアは絶望的な状況でも諦めず、その案を飲みました。
数日かけて山を越え、国境の川に来たときです。
囮になったミシャを引きずり、王国騎士団が現れました。
ミシャは、ひどい傷をおい、カルーアと姫の前にぼろ切れのように転がされたのです。
かなりの拷問を受けたことがわかりました。
「助けたかったら、姫とこちらへ」
カルーアは迷いました。
ずっと共に過ごしてきた仲間。
姫は諦めて投降しようと提案しました。
もう耐えられないと。
しかし、ミシャが言いました。
痛い、辛い、もうだめなのがわかる。
どうせなら、貴女の手で殺して。
彼女の瞳は、痛みに絶望し、希望も失っていました。
騎士は、投降すれば彼女は助かると言いました。
けど。
けれど。
どう見てもミシャは。
「姫、あの川を越えてください」
カルーアは声を絞り出しました。
姫が踵を返し走ります。
カルーアは大剣を振りかざし、騎士達とミシャの元へ走ります。
振り下ろす大剣は、痛みを感じさせない速度で、ミシャに眠りを与えました。
騎士達は狼狽えました。
ミシャの名誉を、彼女は守りきったのです。
その間に、姫は川を渡りきり、それ以上追うことが出来なくなりました。
その後、カルーアは姫と隣国の城へ帰り着きました。
姫は正式な抗議を国から発行し、それからさらに数ヶ月で、犯人が捕まりました。
王子は、それから暫くして息を引き取り、この件はお互いの国によって和解が成されたのです。
カルーアは姫より、完遂のカルーア、と2つ名を承りました。
姫は、亡きミシャにも純白のミシャと2つ名を与えました。
哀しくも勇敢な物語は、ここに幕を下ろしたのでした。
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カナタさんはそれを語り終えると微笑み、続けた。
「カルアは誰かの終わりに携わる自己犠牲が大嫌いです。諦めて受け入れることが赦せなかったんですよ」
俺はその時、気付いていた。
五感アップをかけたボーザックには、この物語が届いているってことに。
ちらりと後ろ姿を見ると、ボーザックは背負った大剣の柄を握っていた。
ディティアも気付いているのか、真っ直ぐにボーザックを見ていた。