目覚めの時ですか。⑤
ラナンクロスト王都、ギルド。
到着したのは、出発から2日後の昼だった。
数多の冒険者達と、その冒険者達の依頼受付と報告を熟すギルド員達が忙しなく行き交うその場所で、俺達白薔薇は刺さる視線に耐えている。
「…………」
担いだ、グロテスクな見た目の花。
そして、その花から漂う、鼻が曲がりそうな悪臭。
お前ら何持って来てんだよ……という視線だってことはわかるぞ。
これを持ち込んだ時、対応してくれたギルド員が物凄く顔を顰めていたほどだ。
そこに、表情ひとつ変えずに、ギルド長ムルジャがやってきた。
「お帰りなさいませ皆様」
「……ギルド長、この花、さっさと何とかしてくれないか」
グランが静かに言う。
うん、正確には、ずっとこの臭いの中にいたから感情自体すっかり無くなってしまった感じだ。
「ほっほ、ご苦労じゃったのう!」
そこに、愉快そうに笑う声。
振り返った冒険者達が、にわかにざわめいた。
「いやはや、相も変わらず芳しい花じゃな……!」
真っ白な髭を撫でながら、ローブ姿の爺さんが入ってくる。
「ガルフ……どうしたんだ、こんな所で」
声を掛けると、彼の地龍グレイドスを屠りし伝説のメイジは手にした竜眼の結晶の杖を振った。
「どうしたもこうしたも、その依頼は儂からのものじゃからな」
「えぇー」
ボーザックが、げんなりした顔で花を見る。
「何だよ、それならグロリアスで採りに行けばいいだろ…」
思わず言うと、ディティアがはっとした。
「も、もしかして爆炎のガルフさん、これ、ファルーアのために……?」
え、そうなのか?
ガルフはそれを聞くと、さてどうかの?と笑った。
否定しないところを見ると、本当にそのつもりだったんだろう。
「いやはや、まさか白薔薇が受けるとは思ってなかったがの。採りに行くには臭すぎる上に、道具屋は品切れときたもんじゃ」
「言ってくれれば最初から……いや、こんな臭ぇとは思わなかったから知らねぇほうが良かったか……?」
グランは肩を落とし、溜息をついた。
「とりあえず皆様、個室へ。他の冒険者の方々が、皆様の名声にくらくらしておりますからな」
ムルジャに綺麗なお辞儀をされて、俺達は首を振った。
「絶対この臭いのせいだってば…」
「あおぉん」
ボーザックとフェンが、悲しそうに声を上げるのだった。
******
そんなわけで、2日後。
作り方はよく分からないけど、たぶん煮詰めたり濾したりして魔力回復の妙薬が出来上がった。
俺達はファルーアの寝かされている部屋で、ガルフからそれを受け取った。
どういうわけか美しい青い液体の薬になっていて、匂いも……嘘だろ、何か果物みたいなめちゃくちゃ良い匂いなんだけど。
綺麗な細工が施された金の蓋の小瓶に入った薬は4つ。
1本の花から1個出来るようだ。
あれだけの悪臭に耐えながら採取してそれしか出来ないんじゃ、なかなか作れないだろうな~とか思っていると、一緒にいたアイザックが指示をくれた。
「とりあえず、少し上半身を起こして口にそっと流し込め。飲み込むくらいは反応するからな」
「わかった」
グランがファルーアの頭側に回り、肩を起こす。
「……ん?」
そこでグランが眉をひそめた。
「どうしたグラン?」
「ファルーア、軽くなっちゃってる?それともお風呂入ってないし、臭うとか……」
俺とボーザックが聞くと、グランは首を振った。
「いや、知らねぇよ!そんな言い方してると後でど突かれるぞ?」
「本当だよ!ハルト君もボーザックもデリカシーが無いんだから!」
ディティアに怒られたけど……ええ、俺関係無くないか?
「……とりあえずファルーアの名誉のために言っとくが、臭わないぞ、全然」
グランが更に重ねると、ディティアは膨れた。
「もー!グランさんむしろそういう話はしちゃ駄目なんです!!」
……そんなわけで、ファルーアの口元に小瓶を寄せ、液体を流し込む。
こくり、と咽が上下して、俺達はほっと息をついた。
「そもそもこの妙薬は、魔力を使いすぎたメイジの回復用だ。自分の魔力を使いすぎるなんてこと滅多に無いからな。あまり出回ってるもんじゃない」
アイザックが、椅子に座ったまま笑う。
「自分が死ぬか生きるか、そんな時か……自分の魔力を使い切ってでも成し遂げたいことがあったか……そういう時の薬だ」
「成し遂げたいこと、か……」
グランが反芻する。
俺達は数秒間、グランに支えられたまま眠るファルーアを眺めた。
グランはゆっくりとファルーアを横たえる。
「よし、帰るぞ。昼飯でも食うか」
そこでアイザックが立ち上がった。
「そしたら俺も昼飯に出る」
「儂も行こうかの」
「じゃあ皆で一緒に行きましょう!」
「……あいつは来ないよな?」
「あははっ、ハルト!それフラグだよね!?」
「うちの大将は忙しいからな~」
「お前の言葉には騙されないぞアイザック!本当に来ないよな!?」
「ほっほ、賑やかじゃのう」
言いながら、部屋を出て、行き先を決めると。
「ちょっと、先行っててくれ」
グランが言った。
「忘れ物か?」
「あー、まあ、そんなとこだ」
「…?…ま、わかったよリーダー」
何だかわからなかったけど、グラン、もしかしたらファルーアに何か話したいのかもしれない。
俺は他の皆を連れて、先に店に向かった。
賑やかな王都は、今日も平和だった。
******
「……」
眠るファルーアの隣に椅子を持っていき、座った。
「……で、目覚めはどうだ?」
言葉にすると、規則正しく上下していた胸が、動きを止める。
「…………はぁ、やっぱり気付いてたのね」
詰めた息を吐き出した久しぶりに聞く声は、少し掠れている。
それでも、グランは口元が緩むのを隠せなかった。
ようやく、この時が訪れたのだ。
喜ぶのを隠せるほど器用ではない。
「臭いとか臭くないとか、よくも話題に出来たわね、グラン?」
「って、いきなりそこかよ!?」
気怠そうに眼を開けて1番、ファルーアは鼻を鳴らす。
突っ込むと、彼女はそのままふふっと笑った。
「……ずっと夢を見ていたわ…アドラノードを倒す、その夢を。目が覚めたのは、貴方達の騒々しい声がしたからよ。……ただ、薬がどうとか言ってるからまだ眠っていたほうがいいのかしらってね」
「そうか。…報告したいことはいくらでもあるんだが…身体はどうだ?」
「そうね……何だか凄く怠いわね。ハルトのバフが切れたからかしら」
「お?……そうか、お前……」
「?、何よ、どうかしたの?」
グランは少し考えて、そのまま口にした。
「お前、ひと月ちょっと眠ってたんだぞ」
訪れる静寂。
チチチ……
窓の外で、鳥らしき声が長閑に響いた。
本日分の投稿です。
今日も暑かったですね……
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