秘密を握る者。③
とりあえず、カルアさんにもロディウルの話をして、どうするかは一旦保留となった。
そりゃ、ファルーアもいるし。
まだ災厄の黒龍、アドラノードのこともある。
巨大な鎖で大地に繋がれ、埋められて山脈の一部となっていたアドラノード。
その鎖のおかげで、俺達は命拾いしたのかもしれない。
「聞いた話じゃ、会議の開催は決まったみたいだね。ラナンクロストで他国集めてやるらしい。集まるのにひと月は掛かるだろうから、それまでに考えりゃいいさ」
カルアさんはさばさばとまとめて、立ち上がった。
「それじゃ、邪魔したね」
******
その夜。
ギルド兼宿に戻り、会議までの今後の予定をざっくり決めて、白薔薇は各自自由行動にした。
グランはグラスを2つと、よく熟れた果物で造られた酒を持って、城へやって来ていた。
騎士の通用口から入って、長い廊下を歩き、ファルーアのところへ。
……白薔薇の、豪傑のグラン。
騎士達は彼を知っていて、当然のように通してくれる。
ちょっと前じゃ、まず有り得なかっただろう扱いに、ちょっとむず痒い気がしなくもない。
扉の前まで来て、グランは伸ばした手を止めた。
中に誰かいる気配がする。
……アイザックは、夜はシュヴァリエの所に戻っていると言っていた。
つまり、先客がいることになる。
そっと覗うと、小柄な双剣使いが、ちょこんと座っていた。
******
「あのねファルーア、今日の夜は自由行動なんだよ。ファルーアが起きるまで、昼間は依頼を受けることになって」
眠る、美しい人形のような女性。
しなやかですらりと伸びた手足に、女性らしい柔らかな曲線。
長い睫毛と、きらきらと滑らかな金の髪。
「……早く、起きてね」
今日のことを報告して、ディティアはそっと微笑んだ。
大丈夫。
ファルーアは、きっと。
一生懸命、そう信じて、そう祈っている。
不安はもちろんあったけど、白薔薇の皆はファルーアを当たり前のように待っていて。
時折笑顔も見せる3人が、とても眩しくて誇らしかった。
「……ファルーア、私、白薔薇になれて良かったなぁ」
口にすると、眠っているファルーアが微笑んでくれたような気がする。
そこで、ディティアは入口に誰かがいるのを感じた。
大分話に夢中になっていたようだ。
アイザックさんかな?
でも、シュヴァリエのところに戻るって言ってたっけ。
「……?」
待てど暮らせど中々入ってこない気配に、ディティアはそっと、足音を忍ばせて扉に近寄った。
「……どうぞ?」
「うおっ!?」
「……あれ?グランさん」
そこにいたのは、扉の横に、どっかり座ったグランだった。
……
…………
「声かけてくださいよ、変なこと言ってた、かなぁ…」
頬を押さえながら呻くディティアに、グランが笑う。
「悪ぃな、先客がいるとは思わなかったから、入るの躊躇っちまった」
「うー。……グランさんもファルーアに今日の報告です?」
「お?…おお……まぁ、そんなところか」
「流石ですねリーダー!」
「おだてても何も……いや、そうか」
グランは言って、グラスを2つ差し出した。
ディティアは、初めてグランがお酒を持っていることに気付く。
「もしかして、ファルーアと?」
「ああ。ちと酒でも飲み交わそうと思ってな……代わりに付き合え」
「……ふふ、グランさん優しいですねぇ!ファルーアが飲めないのわかってるのに、グラスが2つ!」
ディティアはグラスを受け取ると、グランに笑った。
素敵。
ファルーアも、きっと喜んでいるだろうな!
「……なあ、疾風」
グランはディティアのグラスに酒を注ぎ、苦笑いしながら言葉を紡いだ。
「……、何でしょう、豪傑のグラン」
ディティアは、自分が疾風と呼ばれたので、意識を切り替える。
グランは、何かを話したいのだろう。
「俺達は、どうするべきだと思う」
「ユーグルのロディウルのことですか?」
「ああ」
「……そう、ですね」
ディティアが逡巡する間に、グランが杯を乾かした。
美しい琥珀色のお酒を、ディティアは黙って注ぎ足す。
「俺は、訪ねてもいいと思ってる。しかしなぁ、災厄はあらゆる所に封印された、なんて言ってたのを考えると、危険だろう」
「……もし何かあったらと思うと、恐いですね」
ディティアも、お酒をちびりと飲んだ。
グランが呑むには珍しく優しい甘さで、驚くほど柔らかな口当たりのお酒だった。
果物の香りが口いっぱいに広がって、ディティアは小さく美味しい、と呟いた。
……グランさん、ファルーアのためにこのお酒を選んだんだろうなぁ。
ファルーアは、辛口のツンとしたお酒より、濃厚で甘いお酒を好んでいるから。
「ああ。何かあってから、後悔しても遅い。今回だってファルーアがこんなだ」
「それは……」
否定しようとするディティアを、グランが首を振って制した。
「自分を責めてるわけじゃねえ。やらなきゃならなかったんだ。……けどなあ、次ももし、やらなきゃならない状況になったら……俺達はやるだろう?」
ディティアは、ガツンと叩かれたような、ビリッと雷が走ったような、そんな気持ちになる。
「…………」
だから、黙って、頷く。
うん、きっとやる。
やってしまう。
私達は……白薔薇は、きっと。
「だから躊躇ってる。……疾風、お前は、どう思う」
もう一度、グランは、ゆっくりと問い掛けた。
実はグランは、ファルーア相手に1人問い掛けるつもりでここに来た。
いつも、何かを相談するのはファルーアだ。
2つ名の時も、そうだった。
答えてくれないのは重々承知しているが、そうせずにいられなかったのである。
ハルトやボーザックは、大抵はグランの決めたことならと笑うが、ファルーアは気に入らないとピシャリと文句を言うのだ。
良いバランスだろう。
けれど、今回はここにディティアがいる。
疾風のディティアは、強い。
間違いなく、白薔薇で1番だ。
同時に、恐らくは閃光のシュヴァリエでさえ手こずる……もしくは負けるだろうと思っていた。
そして、普段は大人しそうにしているが、実際は人を動かすことの出来る人間だということも、グランは知っている。
彼女には、リーダーたる素質が間違いなく備わっている。
「……豪傑のグラン」
そのディティアが、強い光を湛えた眼で、しっかりとグランを見た。
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