華は散るだけなので。②
******
「待ってろよ、聞こえるか?……ヒール!……ゆっくり、深く呼吸しろ」
アイザックは俺を治療し、すぐにファルーアのところへ案内させた。
とげとげしい杖から、優しい光が散ってファルーアを包む。
動かすのも不安だったので、グランの上に倒れたままだった。
当のグランもまだ気を失ったままである。
「深く、深くだ。……いいぞ、大丈夫だ。……聞いてるだろう?」
アイザックは、意識の無いファルーアに語り掛けながら、必死の形相で魔法をかけている。
……その表情から、相当深刻なのだとわかる。
「……逆鱗の。疾風の。お前達はボーザックとフェンを連れて来い。出来るだけそっとだ、いいな?」
「……ああ」
「わかりました」
アイザックに答えて、俺とディティアは大きな岩の向こう側へ移動した。
「くぅん」
「フェン!起きたのか」
駆け寄ると、銀狼はそっと鼻を擦り寄せてきた。
「……そっか、もう大丈夫なんだな」
応えると、フェンは口を開けて舌を出し、はっはっ、と息をする。
血に濡れた毛も乾きつつあって、傷口が塞がっていることを物語っていた。
「フェン!?何、これ、こんなに血が……!」
それを見たディティアが声を上げる。
俺は苦笑した。
「後で説明するよ。とりあえず、ディティアはフェンを頼む。……脚力アップ、脚力アップ、肉体強化、肉体強化」
バフが切れたら、俺達はもう動けない。
6重は未知の領域だったから、意識を保ってられないかもしれない。
だから、多めに重ねておく。
「フェン、痛かったら言ってね」
ディティアがそっとフェンを抱き上げる。
「わふ…」
既にかなり大きくなっていた銀狼は、今やディティアと大して変わらない。
毛のボリュームを考えると、むしろ大きく見えすらする。
「よ、と」
俺はぐったりしたままのボーザックを何とか背負う。
治癒活性バフは効いているはずだ。
呼吸が整っているボーザックのひび割れた鎧が背中に当たって痛む。
この鎧は、ボーザックが旅立ちの日に一目惚れした物だった。
当時、お金なんてちっとも無かった駆け出し冒険者の俺達は、後で新調しろと何度も説得したのに、折れなかったのだ。
……そういうところも、不屈っぽいよな。
苦笑して、呟く。
「また、格好良い鎧見付けような」
すると。
「アドラノードの骨で造るのも、有りかもねー」
「っておい!起きてたんなら言えよな!?」
突っ込むと、背中が震えた。
「ははっ、今背負われて起きたー!……あれ、あの黒いの、アドラノードだよね。……終わったの?」
ボーザックが、いてて、と呻きながら意気揚々と尋ねてくる。
その明るさに、正直ほっとした。
「うん。……ファルーアは治療中だ。アイザックが来てくれた」
「えっ、アイザック?俺、どれくらい寝てた?」
「さあ?1時間か2時間か……?」
「流石に、岩の直撃は耐えられなかったかー」
「悪かったよ、俺のバフ不足だよな」
「あははっ、ハルト、何か素直だー」
「うるさいよ……?」
ちょっと恥ずかしくなって眉をひそめる。
それでも、ボーザックは背中でからから笑っていた。
「フェンも、ティアも平気そうだね。…よかったぁ。グランは?」
「ファルーアの下敷きになって昏倒してる」
「うは、何それ!残念だなぁグラン!」
俺はその言葉に、思わず笑った。
そうだな、残念だなぁグランのやつ!
******
「……駄目だ、ここじゃこれ以上は無理だ」
アイザックが、ファルーアにかけていたヒールを一旦中断する。
ファルーアの下敷きになったままで眼が覚めたグランが、眉をひそめた。
「あぁ?……どういう意味だ、祝福」
「体力と魔力の消耗が激しすぎる。ヒールをかけ続けても急に元には戻らない。しかも、それだけじゃない。バフによる症状はヒールじゃ治せない上に、その間、栄養もとらなきゃならん。……ラナンクロスト王都まで移動する」
「えっ、いやいや。こっからかなりかかるよね?」
岩を背もたれにして座らされていたボーザックが目を見開くと、アイザックは首を振った。
「そうだが、他にどうしようもない。……シュヴァリエ達と合流して、まずは移動だ」
そんな。
ディティアが心配そうにファルーアのだらりと横たわる手を握った。
「おい、祝福」
「何だ、豪傑の」
「濁す必要は無ぇ。言え。ファルーアは、どうなんだ?」
「…………」
「言え」
「うちのじいさん……爆炎のガルフが、魔法の規模を見て危険だと言っていた。俺から見てもこれは……危篤と同じような状態に、見える」
……!!
俺達の誰もが、息を詰めた。
グランが、ゆっくりと、固く眼を閉じる。
アイザックは俯いたまま、付け足した。
「けど……伝言だ、白薔薇」
「伝言?」
「魔力を使い果たし昏睡した者が、数年後眼を醒ました事例があるよ、逆鱗の」
ぶはっ。
俺は、吹き出した。
「あ、あいつ……!」
グランも、ボーザックも、ディティアも。
ふふ、と、誰からともなく笑う。
俺も、笑った。
「ファルーア、根性あるもんなぁ」
俺達は頷き合って、まずは冒険者達と合流することにした。
しかし、そう時間が経たない内に、全員ごろりと転がることになる。
……バフが、すっかり切れていた。
あー……忘れてた-。
本日分の投稿です!
毎日更新を基本にしてます!
お陰様でブクマ人数が90人となりました。
皆様、本当にありがとうございます。
減ったりもするのでどきどきですが、
ここまでお付き合い下さる方に、
たくさんの感謝を。




