炎の華なので。⑩
……すう……。
フェンの呼吸が、緩くなる。
じっと、俺はその姿を見つめた。
「頑張れ、フェン。……頑張れ!」
すう…。
眼は閉じられていた。
けれど、左手から伝わるフェンの鼓動。
俺は、漸く息を吐き出した。
「……は」
大丈夫…。
フェンは、大丈夫だ。
……誰も、欠けてない。
誰も。
俺は立ち上がり、ファルーアのところへ戻ることにした。
あと少しだと、軋む身体に鞭打って歩く。
岩を越えると、双剣を構えるディティアが見えた。
ファルーアは、しっかりと災厄の黒龍アドラノードに狙いを定めている。
「ディティア……」
「ハルト君!」
さっきまでとは違い、彼女の声には力が宿っていて。
足元に横たわったままのグランも、胸が上下しているのがわかった。
「ボーザックも、フェンも……大丈夫」
何とか彼女のところまで来たけれど、俺はそこでひっくり返った。
「は、ハルト君!?」
「大丈夫……ちと、いや、相当痛いだけ……治癒活性っ……治癒、活性!」
自分にもやっとバフして、俺は肩で息をした。
今や、アドラノードはもがくばかりだ。
揺れはあまり大きくない。
尾の攻撃で、相当の魔力を使ったのかもしれなかった。
……そういえば、シュヴァリエ達はどうしただろう。
「……い、つつ」
身体を起こして、立ち上がる。
あいつら、どっちに逃げたんだ?
眼をこらすけど、尾が蹂躙した大地は土煙で霞んでいる。
その尾も、今や炎の花びらを消そうとのたうち回っていた。
「……」
心配してないって言ったら、嘘になる。
けど、俺は足元をしっかりと踏み締めた。
完遂しなければならないのは、何よりも、俺達。
癪だけど、あいつの言葉は覚えている。
そして。
ずおおおおぉぉぉ!!
音が、空気を震わせて、波となって俺達に到達した。
「……う、お」
そこで初めて、それがアドラノードの鳴き声だということに気付いた。
「断末魔か……?」
呟きながら、ファルーアの横に立つ。
「気張れファルーア」
グランの真似してにやりとして見せたら、真っ青な彼女に睨まれた。
……しかし。
「……!は、ハルト君!!」
ディティアの驚愕の声に、はっとする。
…………視られている。
はっきりと、感じた。
アドラノードが、燃え盛る華の中央で、こちらをおぞましいほどの殺気で。
ゆっくりと、その顎が開かれていく。
俺は、戦慄した。
「……ま、さか……」
それしか無いことくらいわかってる。
けど、信じられなかった。
…………ブレス。
グランを、ボーザックを、フェンを。
そして、ファルーアを。
ここから逃がすことは出来るか?
「ディティア!走れるか!?」
「走るしかないなら!」
彼女も、唇を噛み締めて前を見た。
「ファルーア抱えて走れ!バフかける!いいか、俺はグランを担いで、ボーザックとフェンを回収して反対に行く!」
いいな、と言うと、彼女は頷いた。
「ハルト君の判断に、従う。……必ず、後で。そうだよね?」
はっとする程透き通ったエメラルドグリーンの眼。
俺は、頷いた。
……本当は、五分五分。
でも、ファルーアだけなら、ディティアは遠くまで走れるはずだ。
……だから、俺は半分に賭けた。
疾風のディティアを、信じてるからさ。
その間も、顎は開かれていき、俺達を確かに狙っている。
ディティアに拳を突き出すと、彼女も拳を突き出して、俺達は笑った。
「……いくぞ、脚力アップ、脚力アップ、脚力アップ、肉体強化、速度アップ、速度アップ!!」
脚を強く。
人ひとり担げる力を。
そして、速く移動出来るように。
コオオオオオォォォォ!!
災厄の黒龍、アドラノードの喉の奥が、光を宿していく。
そして、ディティアがファルーアに、俺がグランに駆け寄った時。
「ふざけんじゃないわよ……」
『えっ?』
「散々、私の仲間を酷使してくれたわね……」
ファルーアだった。
彼女は突き立てた杖を引き抜き、くるくると大きく回した。
その眼が、力強い炎を宿している。
「ハルト!威力アップありったけ寄越しなさい!」
「えっ、ええっ、あっ、威力アップ、威力アップ!」
「もっと!!早く!!」
「威力アップ威力アップ威力アップっっ」
ファルーアは、杖をビッ!とアドラノードに向けた。
「消し炭にしてやるわ!!!燃えなさい――ッ!!!」
……こおお……ゴバアッッ!!!!
まさにブレスを吐き出そうとしていた黒龍が、華に呑み込まれたのは、まさにその瞬間だった。
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