炎の華なので。⑨
「う、おおおおおおっ!!」
「くう、う――っ!!」
グランと、ディティアの声だろうか。
ズオオォン!!
黒いうねりが、俺達の下を通過し、粉塵が激しく身体を打つ。
俺は顔の前で腕を交差し、身体を出来るだけ丸めて土煙に交ざった砂や岩をやり過ごそうとするのと同時に、叫んだ。
「肉体硬化ッ!肉体硬化、肉体硬化、肉体硬化ッ!!」
石や岩がぶつかれば、かなりのダメージになるのはわかりきっている。
ありったけ広げたバフで、皆を捉えたつもりだった。
けど。
「うぐ…ぁっ」
「ギャワンッ」
「ボーザック!?フェン!!」
声がして、何かが横を弾き飛ばされた。
激しい音もしているせいで、それ以上の声は聞こえない。
俺は頂点に到達し、落下が始まったのを感じる。
もみくちゃにされながら、必死に呼んだ。
「ボーザック!フェン!!」
そして、体勢を立て直せないまま、ぐるぐると落ちて……。
「がっ……は!!」
叩きつけられた。
尾に蹂躙された大地は、抉れて折り重なり、その後もごろごろと転げ落ちる。
「げほっ、はっ……ぐ……」
息が詰まる。
激痛があらゆる箇所で走って、起こそうとした身体が突っ伏す。
辺りはまだ視界が悪い。
「く、そ……五感アップ!五感アップ!!おい……おい!!皆!」
肉体硬化を2つかきかえると、ジャリッ、と口の中で砂が鳴る。
俺はそれを吐き出して、右腕で口を拭い、左手を支えにして立ち上がった。
ズキズキする痛みが、いったいどの箇所のものなのかわからないほどに身体中が軋む。
「グラン!……ディティア!!」
「……ハルト君………うぅっ…」
「!」
力無い声が、聞こえた。
俺は岩の向こうから聞こえた声に走る。
……実際は、激痛のせいでよろよろとしか進んでなかったけど。
土煙が流されていき、音も遠くなって。
ゆっくりと、視界が戻る。
「……!!ディティア!」
彼女は、膝をついて蹲っていた。
「ぐ、うう……はあ、は……」
脂汗が額を濡らしている。
何処か折れているのかもしれない。
「っ、治癒活性!治癒活性!治癒活性!」
すぐにバフを上書きしていく。
彼女は顔を歪めて、右腕を震わせながら、指差した。
「……え?」
その視線をたどり、思わず声をこぼす。
グランが横たわっていて、そのすぐ隣、ファルーアが龍眼の結晶を掲げたまま、地面に伏していた。
「お、おい!グラン!ファルーア!……ディティア、待ってろ」
「う、ん……」
すぐさま駆け寄ると、グランは完全に気を失っていた。
石が口からこぼれていて、俺はそれを引っこ抜き、治癒活性バフを上書きする。
ファルーアは、一瞬だけ俺と眼を合わせ、必死に頷いた。
涙はこぼれていない。
それでも、彼女の瞳は揺らめいている。
「大丈夫、ファルーア。……グランは、大丈夫だ!」
言うと、彼女はまた頷いて、龍眼の結晶を掲げながら、よろよろと立ち上がる。
……正直、気休めかもしれなかったけど。
それでも、他に言葉が無くて。
……ああ……。
そして俺は、見た。
炎の華が、もうすぐで閉じる。
ファルーアが、終わらせてくれるのだ。
…………守らないとならない。
「……持久力アップ、持久力アップ、持久力アップ、持久力アップ、持久力アップ、威力アップ!」
ファルーアのバフを上書きして、さらに足す。
真っ青な顔で、彼女は唇を噛み締めていた。
そこに、少し回復したのか、ディティアがよろよろとやって来る。
「ボーザックと、フェンを探さないと…ディティア、ファルーアとグランを…」
「うん……任せて、ハルト君。……お願い、お願いだから」
震える彼女の手を、ぎゅっと握る。
「大丈夫だ。任せろ!」
******
彼等は、すぐに見付かった。
フェンが、吼えてくれたのだ。
弱々しい声だけど、俺にははっきりと聞き取ることが出来て。
辿り着いた先、うつ伏せになったボーザックに寄り添うように、フェンが……倒れていた。
「フェン………フェン。聞こえた、ありがとう……治癒活性、治癒活性!」
傍に膝をつき、ボーザックにバフを投げた。
その隣に横たわる血に濡れた銀の毛並みは、お世辞にも美しいだなんて言えない。
それでも彼女は凛々しく、神々しい姿だった。
知的な蒼い眼が、俺を見ている。
呼吸が荒い中、フェンはふう-、と鼻を鳴らした。
ボーザックは、意識を手放していた。
その鎧に、ヒビが走っている。
やはり、岩がぶつかったのだと思った。
けれど、フェンには。
鎧も、バフも、無くて。
「はっ、はっ…はっ…」
呼吸は荒いまま。
俺はそっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
柔らかい、すべすべの毛並み。
「フェン……治癒活性、治癒活性……治癒活性!」
何度も、バフを投げた。
でも、彼女の身体にバフが付加されることはついぞ無く。
「くぅん……」
ぺろ、と。
必死に持ち上げた頭をこっちに向けて、フェンが頬を舐める。
「…………、フェン……」
視界が歪んでいた。
よく見えなかった。
それでも、俺はちゃんと彼女を見ようと、瞬きすらしないように必死で。
それを慰めてくれているんだと、気付いた。
「大丈夫だからな、助けてやるからな……俺、俺は、バッファーだから……!」
フェンに当てた左手を、そっと動かす。
柔らかい毛並みに、笑って見せた。
「やっともふられたな!……これからは、もっと……」
言いながら、右手の上、バフを練る。
ハルト。
お前、バッファーだろ?
…フェンひとり、助けることが出来ないなんて、そんなこと。
……許されるわけないだろ!?
……フェンは、魔物だ。
俺達は、人間。
魔物にはバフはかからない。
どうして?
きっと、何かある。
何かあるんだ。
……フル回転する俺の脳が、カナタさんの教科書を思い出した。
人は、外から身体の大半の魔力を取り込んでいると書いてある。
俺のバフも、外から取り込んで、表面に纏っているんじゃないか?
じゃあ、魔物は?
……魔力を、どこからどうやって……。
「…………っ」
フェンが、ゆっくりと、眼を閉じていく。
だらりと垂れた舌。
…はっとした。
「…………おい!フェン!!最後だ、気張れよ!!」
俺は腕を振り上げた。
フェンの、半分開いた口に、拳を突き込む。
魔物は、食べ物から、身体の大半の魔力を取り込んでいる……!
「治癒活性――ッ!!」
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