炎の華なので。⑦
その時。
たんっ。
「……ッ!!閃光……ッ!!」
アイザックは、眼を、疑った。
シュヴァリエが、アドラノードの胴体のあらゆる突起を使い、登っていくのが見えたのだ。
何だ、俺はもう死んで、夢でも……!?
アイザックは、迫る前脚に隠れたその姿を、未だ追っていた。
「シュヴァリエ―――ッ!!」
シュヴァリエは、狙った場所に辿り着いた。
未だ前脚は、地面に到達していない。
我ながら甘いものだと、少しおかしくなった。
「ハアアァーーーーッ!!」
ガガガガッ!!
まさに閃光。
凄まじい速度で、剣戟が唸る。
狙ったのは、前脚を降ろすためにアドラノードの少し低くなっていた顔の、その眼だった。
瞬時に閉ざされた瞼の膜は硬い。
しかし、何度も執拗に突かれ、その一部に穴が穿たれた。
「オオオッ!!」
ガツンッ!!
穴に、シュヴァリエの針を通すような一撃が突き刺さる。
しかし、眼球ですら硬いのか、突き通すことは叶わない。
ずおおおおぉぉぉっ!!
それでも、アドラノードが怯むのに十分だった。
災厄の黒龍は首を振り、思わずだろう、下ろしかけていた前脚をこちらに向けて、シュヴァリエを捕らえようとする。
「はっ……!」
飛び降りるには少々高い気がしたが、シュヴァリエは躊躇いなく飛ぶ。
アドラノードが突き崩した岩場に、一直線に落下。
骨折は免れないだろうか。
まあいい。
シュヴァリエは、こちらに向かって走りだした黒ローブの男を見る。
「シュヴァリエ―――ッ!!」
ガッ、ごろごろごろっ……
岩場に落下した瞬間、力をいなすために転がった。
シュヴァリエはすぐに体勢を立て直して……
「……ふっ」
思わず、笑った。
「大丈夫か!!」
アイザックが辿り着き、シュヴァリエを見て、目を見開く。
「……おお?」
すくり、と。
シュヴァリエが立ち上がった。
「どうやら……逆鱗のバフに守られたね」
肉体硬化。
痛みは多少あるが、どこの骨も折れていないようだ。
バッファーというのは、やはり面白い。
「は……はは、ああ……すまない」
安堵の息を吐き出したアイザックが、目頭を押さえる。
「体勢を立て直してください閃光のシュヴァリエ様」
そこに、長い黒髪を靡かせ、迅雷のナーガが着地した。
どうやら彼女は、アドラノードの背を伝ってここまでやって来たらしい。
ドドドッ!!
そこに、シュヴァリエ達の退避を援護するようなタイミングで魔法が弾ける。
「そうしよう。……祝福の。情けない顔をするな」
「う、うるせぇよシュヴァリエ」
「閃光の、と付けてくれてもいいよ、祝福のアイザック」
「……!」
アイザックは、久しぶりに友から聞いた自分の名に、思わず、もう一度目頭を押さえた。
******
「撃てェ――いッ!!」
爆炎のガルフの肺活量に、重複のカナタは思わず笑った。
「いやぁ、生きる伝説は凄まじいですねぇ。……はい、威力アップ、持久力アップ!」
二重まで重ねることの出来る重複バフ。
1度で100人をまとめて範囲に入れるその技量は、恐らくバッファーでも他に類を見ないものである。
「あたしの出番はいつ来るかねぇ…」
完遂のカルーアが、少し伸びた前髪を邪魔そうにはらい、丸い形の盾にも見える大剣を振るった。
正面にそびえる山のような黒龍が、米粒みたいな人間相手に首を振るのが見える。
「おーおー、閃光のシュヴァリエがやってるねぇ」
ドドドッ!
爆炎のガルフの号令で放たれた魔法が災厄の黒龍アドラノードの顔面で弾けると、カルアはぴくりと反応して後ろを振り返った。
「……カナタ、速度と肉体強化」
「はいはい。速度アップ、肉体強化」
走り出した最愛の妻の向こう側、いくつもの黒い影が迫ってくる。
「さあ、メイジ部隊の皆さんは後ろを気にせずやっちゃってくださいねー」
「おじさん、オレにもバフくれるー?」
そこに、ふわふわした感じのメイジが声をかけた。
剣は持っているが、感じる魔力はメイジのそれだ。
「ああ、確かフォルター君でしたね」
「うん!後ろのお姉さん、手伝ってくるよ」
それを聞いて、カナタはふふっと笑った。
「怒られないように気を付けてくださいね。威力アップ、威力アップ」
「えー、邪魔はしないんだけどなぁ」
フォルターは心外だと言いたげな顔をして、くるりと踵を返して走って行った。
カナタはそれを見送って、微笑んだ。
「いやぁ、邪魔というより、カルアの獲物を獲っちゃわないように、と思ったんですがー」
「おい!勝手に獲るんじゃないよ!」
「え、えぇーー」
案の定、フォルターは怒鳴られていた。
「そんなこと言ってもさあ、……えい!」
ごっ!!
「ああっ、それもあたしのだよ!」
「えー」
「仕方ないねぇ、合わせな!……右のやつ!」
「えっ、あっ、はい!」
ごがっ!
突き出した柱が魔物を打つと、カルアがはね飛ばされた魔物の上に飛び上がって斬り伏せた。
「次、左やって正面!」
「うぇっ!?は、はあっ!」
ど、どっ!
カルアはフォルターの打った魔物を次々と斬り伏せる。
その剣捌きは力強く、しなやかだった。
「すご……」
この人、誰なんだろう。
「ボサッとしてんじゃないよ!正面に3!」
「はい!」
フォルターは魔法を撃ち続けた。
額にうっすらと汗が滲む。
気持ちは昂ぶるばかり。
これが、冒険者なんだ。
憧れていた職になれたような気持ちになって、嬉しいような、誇らしいような感覚が湧き上がる。
「最後!仕留めな!!」
「は、はいっ!」
「良い筋してるじゃないか、坊や」
ありったけの魔法を撃ち込むフォルターに、カルアは微笑んだ。
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