炎の華なので。④
「…………あった……」
手元の本に眼を落とす。
何度も何度もその箇所を反芻して、間違いないことを確認する。
ファルーアはこぼれた自分の言葉にすら気付かずに、口元を引き締めた。
思っているような、希望ある文章ではなかったからだ。
「爆炎のガルフ。これを」
「おお、見つけたか!」
美しい白髭の、自分の師匠のような存在に、ファルーアは絶大な信頼を寄せていた。
旅した先々で情報を集めてみたが、やはり噂に違わぬ素晴らしいメイジだ。
地龍グレイドスを屠りし生きる伝説。
私は、この存在を超えたい。
いつしか目指すべき存在になっていた。
だからこそ、あの魔物は、私達で倒したい。
だからこそ、この内容を、覆さなくては。
「……ほっ、これが生贄の正体か。成る程の」
ガルフがにやりと笑うと、アイザックもやって来て、本を覗き込む。
「ええ。……自我を失ったから」
指で、その文章をゆっくりとなぞり、ファルーアは妖艶な声で読み上げた。
「……制御出来なくなった災厄の化身は、魔物と化し野に放たれてしまった。災厄は両陣営に絶望的な被害をもたらし、魔法都市国家は、災厄の魔物を同化させる強力な魔法を使用することを決め、生贄の選出を行う」
『同化』というくらいだから、生贄は災厄となる魔物そのものの破壊衝動などを、無理矢理矯正しなくてはならなかった。
たぶん災厄の化身とは災厄の魔物となった者達だ。
人をレイス化させるようなイメージを、ファルーアは思い浮かべた。
そうして生まれた災厄の魔物が、魔力不足で己を保てなくなり、結果、生贄を使って矯正されたのだ。
「……ドリアドが行ったのがこの同化かもしれないわ」
口にすると、ガルフが満足げに頷いてくれた。
ファルーアは頷き返して、さらに仮定を述べる。
「最初の同化で、大人しくなったか自ら眠りを選んだ黒龍は、魔法か何かで埋められ、4国がその秘密を負った。
それがあの山脈ね。けれど歴史の中に埋もれた。
……ドリアドは魔法都市国家の王族を名乗っていたわ。
彼にはその歴史が継がれていて、大量の魔力結晶で同化の魔法を使った可能性はある…。
ドリアドの同化が上手くいっているとすると、長いこと眠っていた黒龍は、魔力が溜まる毎に動いていて、魔法都市国家の再建をしようとしているってことになるはずね」
「じゃあ俺達がその同化の魔法を使って倒すわけにはいかなくなったってことだな」
アイザックが頭をがしがしやって唸る。
「そうじゃな、生贄も使えん、魔力結晶も、魔力自体も不足しておるからの」
爆炎のガルフはそう言って、笑った。
「ほっほ……こりゃあ、こいつの出番じゃの」
「え?」
彼は一冊の機密文書を指差した。
ファルーアが慌てて取り上げると、どうやら魔法に関する文章で……。
「これは……!」
彼女は、驚愕した。
数々の、聞いたことも見たこともない魔法の使い方が記されている。
「古代魔法の辞典……!?」
「ほっ、素晴らしい発想じゃ古代人は。ほれ、最後のページを」
「最後?」
ファルーアはアイザックと頭を付き合わせるようにして、ページを捲った。
そこには、黒い龍と、それを包む大きな華が描かれている。
「炎の華…」
「そう。彼の黒龍に挑むため、魔法都市の者が描いたもののようじゃ。……しかし、最後のひとつが足りてない」
ファルーアは魔法の使い方を読み、はっとした。
『これは、魔力だけでなく体力も奪う魔法……実用化が難しい。命を捨てても足りない可能性がある』
……魔力を使うのが魔法。
しかし、同時に体力も奪うとなれば、相当の負担を強いられる。
炎の華を持続させ、黒龍を屠るまでそれを保つ必要があるのだ。
「…………体力」
ファルーアは呟いて、思わず口元を緩ませた。
……そう、そういうこと。
「爆炎のガルフ」
「ほほっ、こりゃあ、白薔薇にとって素晴らしい功績じゃな」
呼ぶと、尊敬するメイジは笑って白髭を撫でた。
******
戻る頃には暗くなっていた。
星が帯状になった美しい夜空が広がる平原は、幻想的で心を奪う。
こんな夜空を、俺達冒険者は何度も何度も見てきたのに。
「綺麗」
星に触れたいのか、ディティアが手をかざす。
その細い手首に光るエメラルドグリーンの宝石が、ちらりと瞬いた。
待っていたファルーアに呼ばれ、作戦を聞く。
既にシュヴァリエには承認されていて、決行は明け方となった。
各国の陣にも伝達が走り、今頃は決戦の時を皆が知っただろう。
「ねぇハルト君」
「ん?どうした?」
夜空を見上げたまま、ディティアが呟くように名を呼んだ。
俺は答えて、彼女の隣に立つ。
「今までで、1番大きな敵なんだけど」
「そうだな」
「私は、負けないと思ってるよ」
俺は彼女を見下ろして、ふ、と笑った。
「負けないよ、俺達、伝説の白薔薇になるんだぞ」
ディティアの口元に、笑みが溢れたのが見える。
「最高のバッファーがいるものね」
俺は、伸ばされた彼女の手に、自分の手をこつんと当てた。
彼女のより大きくて少しだけゴツいエメラルドが、きらりと光る。
「豪快で恐れ知らずの大盾使いと、何者にも屈しない大剣使いと、これからものすごい名を貰うメイジと、神々しいフェンリルと…」
そこまで言って、彼女を見た。
「……」
ディティアが、口元に快活な笑みを浮かべたまま、ちらりとこっちを見る。
「最強で、小動物みたいで可愛くて、目が離せなくなる双剣使いも一緒だ」
ディティアは、照れ臭そうにえへへ、と笑った。
「……ハルト君にとっての私に恥じないようにする……ハルト君が、今の私にしてくれたから」
隣で微笑む小さな女の子に、俺はちょっとだけ誇らしくなる。
「そっか」
思わず、口元が緩んだ。
笑わなかった彼女は、もういない。
胸の傷も、痛みも、きっとまだ残ってる。
それでも、前を向く彼女は輝いていた。
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