炎の華なので。①
ラナンクロストから第一陣でやって来たのはもちろんグロリアス率いる部隊だった。
「やあ逆鱗の。元気にしていたかい?」
撒き散らされる爽やかな空気に、俺はいつも通り顔をしかめる。
「まだ一月程度だろ……」
何だかんだこいつの顔を見慣れてきた感。
……うわぁ、やだなぁ。
「あれ?」
そこでボーザックがはたと気が付いた。
俺もそっちを見て、思わず眉を寄せる。
あっち側に、イルヴァリエがいたのである。
少し伸びた銀髪は、また短く切り揃えられていた。
「いつの間に戻ってたの?見なかったけど」
「挨拶をしようか迷ったのだが忙しそうだったのでな」
ボーザックに言って、イルヴァリエはドヤ顔で黒龍をふり仰ぐ。
「安心しろ、白薔薇。兄上が来たからには、あんな魔物など取るに足らない」
……いやいや。
俺達、こいつが出てきた時一緒に逃げてきたんだぞ……?
突っ込みたかったけどうるさそうなのでスルー。
やっぱりブラコンはブラコンのままだった。
そんな俺達を見ていた他の冒険者達からは、囁き声が漏れ聞こえてくる。
〈おい、あれ〉
〈グロリアスだ。……一緒にいるの、白薔薇だろ?〉
〈あれが飛龍タイラントを屠りし英雄か〉
〈知ってるか?白薔薇の大盾、4国の王様から2つ名貰ってるらしいぞ〉
〈聞いた!豪傑のグランだろ?〉
視線がちくちくするのは久しぶりだった。
しかも、英雄って。
それに、グランのことが聞こえるから、ちょっと口元が緩んだ。
「悪くねぇな」
満足げに鬚を擦る俺達のリーダーに、ファルーアも、ボーザックも、ディティアも嬉しそうだった。
******
テントを張って陣を敷くのは、黒龍からは離れた見晴らしの良い位置。
万が一…例えばブレスによる壊滅を防ぐために、数隊ごとにも距離を取っている。
何をしてくるかわからないし、備えておくに越したことはない。
機密文書の解読を、爆炎のガルフ、祝福のアイザック、そしてファルーアが中心となって進めているところで、彼等は突破口を見付けるために朝から晩まで書物と向きあっている。
後はノクティアとハイルデンの隊を待って、攻めることになるわけだ。
翌日にはハイルデンの隊がやって来た。
その3日後にはノクティアの部隊が。
多少のズレはあったけど、上手いこと到着を揃えたもんだなと感心する。
事故を防ぐためにも、何処かが遅れたり早く着きすぎたりしないように、との配慮をしたらしい。
そんでもって、ハイルデン組にはダルアークのフォルターが、ハイルデン方面に散っていた狩り部隊を引き連れて参戦。
ちゃんとハイルデン王マルベル勅命、かつ英雄白薔薇の身元保証有りとした証明書を発行してもらっていた。
「へっへー、お兄さん、見てよ!マルベル王から任されてんだよオレ」
言いながら、証明書をディティアに見せびらかしているフォルター。
けれど、黒龍を見やった後にはしっかりと頷いて、
「……まあ、ドリアドのやったことはケジメ付けないとね」
なんて、まだあどけない表情で、大人っぽいことを言った。
そして、ノクティア組にはなんと。
「やあハルト君!元気にしていましたか?」
「かっ、カナタさん!?」
重複のカナタ。
琥珀色の髪と眼に、やさしそうな顔立ちと、丸眼鏡。
俺の尊敬するバッファーが、その妻でありボーザックの名付け人であるカルアさんと一緒に参戦していた。
カルアさんは少し髪が伸び、肩くらいまでになっていた。
濃い真っ赤な髪と強気そうな眼。
相変わらず鍛え上げられた腹筋を惜しげも無く晒している。
「不屈のボーザック、ちゃんと鍛練してるかい?」
「カルアさん!うん、俺強くなったよー!」
ボーザックも嬉しそうだ。
「とりあえず、とんでもないことになりましたねぇ」
「全く、あんなでかぶつ起こして…あんたら、ホントついてないね」
そびえる山脈に被さる黒い巨軀に、2人はじっと視線を送る。
日はこれから高くなる。
この数日、災厄の黒龍アドラノードを観察していたけれど、これからが黒龍の活動時間だ。
恐らく、夜に溜めた魔力を使って、まずは身体を山脈から出そうとしているんだろう。
身体の3分の2程度が地上に出ているが、まだ後ろ脚と尾は埋まっている。
ほっとしたのは、背に翼が無いことだった。
あいつは、空を飛ばない地龍だ。
……出てくる前に叩くなら早くしないと、と。
焦ってないわけじゃない。
けれど機密文書を読み解く冒険者達が突破口を探っているところだった。
「そろそろ動くぞ」
グランが周りの奴等に声をかける。
冒険者達は揺れに備えて火を消し、様子を窺った。
恐らく、離れた陣の冒険者達もそうしているはず。
あちこちで、合図にしていた光の球が真っ直ぐ上にあがる。
………やがて。
低い地鳴りと共に、地面が揺れ始める。
黒龍の首が、ゆっくりと持ち上がる。
「…………?」
普段なら、そのまま前を向いて両前脚に力を入れるんだけど…。
今日は、ゆっくりと……その首がこちらに向けられる。
遠く離れた位置ではあるけれど、確実に、こっちを捉えているように感じた。
「……、……っ、ファルーア!!」
思わず、声を上げた。
背中を、ゾクリと寒気がはしる。
「どうしたの!」
テントから、解読にあたっていたファルーア、爆炎のガルフ、祝福のアイザックが飛び出してくる。
ずおぉぉおおぉ…!
開かれた顎。
その奥が、光を放ち始めた。
「っ、まさか、ブレス!?」
クオオォォォォオッ!!
高いような、低いような、絶妙な音が耳の奥へと伝わって、俺は。
「っ、速度アップ!速度アップっ、速度アップ!速度アップ!!」
周りの、ありったけの範囲に、速度アップを重ねた。
「散れェ―――――ッッ!!」
グランの絶叫。
俺は近くにいたディティアとファルーアを引っ掴んで、グランの後を付いて走り出す。
黒龍の口が真っ直ぐ向くのと、垂直方向に逃げなければならない。
ボーザックは、カナタさん、カルアさんと反対へ。
その足元にいたフェンも、一緒だ。
「走れっ、走れェ―――――!!」
クオオオオオォォォォォンッ
カッ…………!!
真っ赤な光の柱だった。
山脈の裾を這うように、真っ直ぐこちらへと向かってくる、凄まじい光。
地面を裂くように俺達の陣へ到達し、そのまま地面から上空へと空を切り裂くようにして。
光が抜けていった。
ッゴオオオオオォォガアァァアッ!!
遅れて、凄まじい音と、爆風。
捲れて巻き上がる土と岩、草は瞬時に消えさって、俺達は後ろから吹き飛ばされるように煽られ、地面を転がった。
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