生まれ変わるので。②
広場に入る。
正面に並ぶ黄ばんだ牙達が、ゆっくりと開いていくのが見えた。
「遂にこの時が……ふふ、君達には感謝するよ」
そのすぐ前で、ドリアドが首筋から流れる血を気にする素振りも無く、堂々とした立ち振る舞いをしていた。
「災厄の黒龍、アドラノード。覚えておきたまえ……我が身となる美しいこの龍を」
「何を……!」
シュヴァリエが、珍しく焦った表情で走る。
まさか。
あいつ、まさか……!
息が詰まる。
速度アップがかかっているディティアが、ドリアドに肉薄する。
「……っ!」
ドリアドの黒い服に、彼女の細い腕が伸びる。
しかし。
ドリアドはにやりと笑みをこぼし、後ろへと、跳んだ。
開いた、巨大な顎の中へと。
バグゥンッ!!
ぴっ、と。
血が舞ったのが見えた。
「なん……て、こった…」
アイザックが呟く。
俺は、それでも走った。
ディティアが、糸が切れたようにその場にへたり込むのが見えたんだ。
「……っ、ディティア!!」
俺はそこに走り寄り、眼を見開いたままの彼女を引き寄せた。
彼女の顔を斜めに横切る形で、真っ赤な血がついている。
「あ、あぁ……っ、あああ…………っ!!」
彼女の口から、悲鳴のような、悲痛な声が溢れる。
「大丈夫、大丈夫だから!」
何が大丈夫かなんて知らないけど、それしか言葉が出てこない。
けれど、彼女は変わらず声を溢れさせながら、眼を見開いていた。
「ティア!!……ハルト!」
「ああ」
ボーザックもすぐさま走り寄ってきて、一緒にディティアを引き起こす。
直後。
ゴゴゴゴ………
揺れが始まった。
地の底から響く音が、次第に大きくなっていく。
「逃げろ!!」
グランの声。
俺達はぱらぱらと砂がこぼれはじめた広場から逃げ出した。
ブォォォオ……!
黒龍のたてる息が、明らかに寝息ではないものに変化する。
剥き出しだった牙が、硬そうな黒い皮膚に収まるのが見えた。
起きた。
災厄が、眠りから目覚めた。
それだけは、恐ろしいまでの気配が物語っている。
「フェーーーーンッ!!来い!!早く……!!」
グランの声に、通路の奥から遠吠えが応える。
「行くぞ!急げッ!!」
途中の広場は、冒険者達に交ざっていたヒーラー達が治療を続けていたようだ。
虚ろな者はもう少なく、俺達はすぐ逃げるよう言って誘導を始めた。
街の……ダルアークの人間は、後からやって来たフォルターの説明ですぐに動いてくれる。
冒険者達も、ラムアルの指示に従って虚ろな者を背負い、逃げ始めた。
トロッコもうまく使い、どんどん避難を進める中。
ゴゴゴ……!
時折揺れがおこり、ぱらぱらと砂や小石が降ってくる。
「自分達が最後です!」
冒険者が報告して、走り去っていくのを確認した俺達も、殿に付いていく。
ディティアは自分の足で走っていたけど、表情が虚ろだった。
今は、とにかく逃げなければならない。
俺は、彼女の背に触れて、言った。
「ディティア、大丈夫。俺が…俺達がいるよ」
「…、……うん」
絞り出したような、ひと言。
俺は、彼女の隣をただただ走った。
途中、魔力結晶の貯蔵庫を通り越して、後は縄ばしごだけ。
このままここが崩落した場合、恐らく結晶は割れて爆発し、洞窟一帯を埋めるだろう。
「洞窟をっ、破棄するっ、手間が、省けたわね!」
ラムアルは息を切らせながら、そう言って先を見やる。
次々と縄ばしごを上るダルアークと冒険者達は、統率が取れていて、淀みない。
真っ暗な洞窟内には所々メイジやヒーラー達が光球を浮かべていて明るかった。
「フォルター、上れそうか?」
「うん、ここまで、走ってきたくらい、だしね。さすがに、少し疲れたけど」
俺はその答えに頷く。
グランは、シュヴァリエとラムアルと一緒に、避難場所について話していた。
「たぶん、この上で皆集まっているだろうから、すぐ誘導が必要だぞ」
「そうだね。街に戻すのは得策ではないだろう」
「黒龍の大きさがわからないけど、少なくとも東に逃げれば崩落はしないわ。あいつは東側に頭向けていたし」
ドリアドは街の人達を、何らかの理由でこの洞窟に誘導したんだろうと思う。
その時、街にも火を放った。
シャルアルはそれを追い、捕まったのだ。
詳しい話は聞いていないけど、あの目玉の魔物も上手くやり過ごしたんだろうと思う。
そうすると、街の人を集めたのは、何故だろうか。
殺すわけでもなく、我を忘れさせて…。
俺は、ひとつの仮定に行き当たる。
…餌に、したかったんじゃないだろうか。
自分を喰わせて目覚める黒龍の、最初の食事。
「爆炎のガルフ、皆も。少しいいかしら」
「どうした娘ッ子」
「……ドリアドは、魔力結晶を摂取していたのだと思う。もしくは、既に体内に埋め込んでいた。だから黒龍が起きた……そして、彼の生まれ変わるって言葉と、古代魔法」
「ふぅむ、なるほどのう……」
「あぁ?わかんねぇよ、説明しろ」
グランが言うと、ファルーアは頷いた。
「古代魔法にそんなのがあるのよ。確か何かの文献に残っていたわ。自分が、魔物になるなんていうね」
「え、魔物に…?」
ボーザックが聞き返す。
「もし、それが本当だとしたら…まさか、黒龍に?」
「ええ。国の再建を訴えている奴があんな簡単に命を投げ出すとも思えないわ」
ゴゴゴゴ…ゴゴッ
揺れは繰り返し、少しずつ、確実に強くなる。
今にも黒龍が抜け出そうとしているのだと思うと、気持ちが焦った。
「先に行きたまえ、白薔薇」
シュヴァリエに言われて見ると、冒険者達の殿が上り始めるところだった。
「ディティア、先に」
俺が促すと、彼女は頷いて、上り始める。
「ファルーアはもう平気か?」
「ええ」
「……よかった。ファルーア、先に行ってディティアを頼む」
言うと、彼女は少しだけ笑った。
「最悪な状況だけど…こういう時こそ貴方が行きなさいよ、ハルト」
「え?どういうこと?」
「いいから。ほら、先に行って」
俺は訳が分からなかったけど、ファルーアに急かされて、縄ばしごを上った。
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