力を求めるもの。③
饐えた臭い。
静まり返った山肌は、命ある者が息を潜めているような、異様な雰囲気で。
生い茂った葉が日の光を遮断して薄暗く、獣道を先導してくれるフェンと後に続く俺達の足音だけが聞こえた。
30分程進んだだろうか……。
……やがて。
視界が開けていく。
そこには、確かに、人の生きる村…いや、街の規模かもしれない……が、あった。
しかし、見るも無惨に燃やされて、もうもうと煙を上げる風景は、今や生活の様子を感じることは出来ない。
街一帯が開墾されていたため、木々も伐採されていて、山火事になるのは免れたようだ。
けれど、彼方此方で上がる炎はいくらでも視界に入るのに、その熱は肌をじりじりと熱くするのに……おかしかった。
「……おかしいね」
シュヴァリエが剣をいつでも抜けるよう手を添えたまま呟く。
「人がいねぇな」
グランは既に大盾を片手にしていて、ゆっくりと辺りを見回した。
そうなのだ。
大量の足跡や人がいた痕跡はあるんだけど、肝心の人がひとりも見当たらない。
命ある者、無い者、どちらも、である。
「ハルト、五感アップ頂戴」
ボーザックが言うので、鼻がきつかったら言えよと伝えてバフを投げる。
「……気配とか、そういうのも無さそう……」
辺りを探りながら、ボーザックは唸った。
「どこかに逃げて、ラムアル達はそれを追い掛けているとかかな?」
ディティアも言いながら、燃えゆく建物に視線を向ける。
それにしたって、街一帯が燃えるほどだ。
よっぽど派手に燃やさないとここまでにはならない気がした。
「……おや」
そこで、シュヴァリエがすたすたと歩き出す。
アイザックとガルフがすぐに後を追う。
シュヴァリエは、ある石の塀の前で立ち止まった。
「ああ……あいつもいるのか」
アイザックが塀を眺めてこぼす。
「どういうことかしら?」
ファルーアが聞くとアイザックが身体を少しずらして、塀を見せてくれた。
「……?矢印?」
ディティアが首を傾げる。
「そうだ。これは迅雷のやつが自分の居場所を伝えるためによく使う」
「迅雷のナーガか」
確か、ラムアルの手紙に、ダルアークの実験担当ドーアと一緒に城で保護するって書いてあったな。
……つまりナーガは、ラムアル達と一緒に、ここに来たってことだ。
「矢印はあっても説明は無いとこを見ると切羽詰まってたのかもしれないね」
ボーザックが、矢印の先に視線を向ける。
「ふむ……とりあえず行こうか」
シュヴァリエはそう言うと、先陣を切って歩き出した。
******
矢印を辿ると、街を抜けた。
燃える街にはやっぱり人気は無く、結局何一つわからないままだ。
既に煙の臭いが染みついた装備は、嗅覚を麻痺させる。
ボーザックはそれでも、五感アップは消さないで大丈夫!と言って警戒を続けてくれた。
それでも、生物の息遣いのひとつも感じられなかったみたいだけど……。
「どうやら、目的地のようだよ」
シュヴァリエの言葉で、俺達は『そこ』を見る。
木の根が絡み合うようにして一段高くなった、その向こう。
岩と土の壁を幾重にも積み重ねた巨大な『穴』が、空へ向かって口を開けていた。
「なんだこりゃ……」
直径2メートルはありそうな口の奥は真っ暗闇で、何も見えなかった。
折り重なる木の根から縄ばしごが垂らされているから、それを使って降りるんだろう。
穴の横に、覗き込むような形で育った木には、下向きの矢印が刻まれている。
「ボーザック」
「……駄目だ、何にも感じない。深いのかも」
気配はどうかと思ったけど、やっぱり感じないらしい。
グランが、盾を背負い直した。
「ハルト、硬化のバフよこせ。俺から降りる」
「ああ」
万が一落ちても何とかなるよう、肉体硬化バフを三重にして、俺達は暗い穴へと踏み入った。
ぎ、ぎしっ、ぎっ……
縄ばしごが軋む。
全員を支えられるかわからないので、2人ずつ降りる。
やがて縄ばしごに触れた手から振動を感じなくなると、次の2人。
……ちなみにフェンは、当然ながらはしごを使わずに壁をじぐざくに蹴りながら降りていった。
すごい…ちょっと見直したぞ、フェン。
というか、もしかして脚力アップしたディティアも出来るんじゃないか?
思わず見ると、ディティアは何を思ったのか頷いた。
…通じてるのかはわからないけどな。
結構な時間をかけて、全員が下まで降りきると、横道があった。
その向こう、さらに奥がぼんやり光っている。
空気はうっすら湿っていて、自分達の装備に染みた煙の臭いに混ざり、土の臭いが感じられた。
当然ながら真っ暗闇で、頭上の穴は既に見えない。
自分達の息遣いがはっきりと聞こえる。
「あの光、魔力結晶じゃな」
ガルフが言うので、俺はファルーアに魔力感知バフをかけた。
ファルーアは途端に顔を背ける。
「……すごい流れね。眩しいくらいよ」
眼をしぱしぱさせるから、すぐにバフを消した。
「……待って、何か…ちょっとだけ人の気配があるような…」
ボーザックが言うので、五感アップを全員に広げる。
……奥の方。何かが、蠢く気配が確かにあった。
同時に、真っ暗でもお互いの姿を確認出来る視力を確保出来た。
「それにしては静かすぎるな」
グランが唸る。
シュヴァリエはとうとう剣を抜いて、ゆっくりと息を吐き出した。
「行こうか」
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