その名、轟かせませんか。④
「まあ、お前と出会うまでは似たり寄ったりの輩ばっかりでな。名無しに噛み付かれたんだ、と笑いながら言われた日には肝が冷えたんだが」
アイザックはお酒を飲み干して、ふう、と息を付いた。
「2つ名があるから強いかって言えばそうじゃない。それでも、あいつの信じる指針はそれだ」
俺は苦笑して、同じように酒を飲み干す。
近くにあった酒を注いでやると、アイザックは笑った。
「なあ、逆鱗の。ところでお前、疾風とはどうなんだ?」
「ん?どうって?」
「うちの大将がずーっとご執心な双剣使いがひとりになった時、すぐに動き出したんだぞ。それを颯爽とかっさらっていったろう?」
「……?別に、かっさらったつもりはないけど。ディティアは、頼れる仲間が必要だった……間違ってもシュヴァリエじゃなく、な。そう思ったから、俺達は誘っただけだよ」
「いや、そうじゃなくて。……お前、疾風とは何も無いのか??」
「何もって……何?」
首を傾げると、ころころと楽しそうな笑い声がした。
振り返ると、ファルーアが後ろに立っている。
彼女は座っている俺の肩に右腕を置いてもたれると、グラスを傾けた。
「駄目よアイザック。ハルトは本当に鈍いんだから」
「そうだろうなあとは思ってたんだが……ここまでか?」
「そうなのよ。だからこういうの、聞いてみたかったのよねぇ。……ハルト、貴方、ティアが好きなの?」
「は?」
驚いて彼女を見上げる。
妖艶な笑みをたたえたまま、ファルーアが蒼い眼をこちらに向けていた。
何を当たり前のことを。
「好きかどうか?…好きだけど…当たり前だろ?嫌いだったらパーティー一緒とかしんどいし」
「…………」
アイザックは、絶望的に困惑した顔を見せる。
ファルーアは、やれやれとばかりに俺の頭をぐしゃぐしゃした。
「え、何だよアイザック……ファルーアも」
「ああ、いや。初めて、うちの大将に同情したなと」
「はあ?」
「もう……ハルト、私は貴方が心配よ」
「??」
そこで、わっと歓声が上がった。
ディティアの声だ。
「何だ?」
振り返ると、おお。
シュヴァリエとボーザックが、腕相撲をしている。
「あはは、閃光のシュヴァリエ。その程度?」
「ふふっ、不屈のボーザック。君こそ、この程度かい?」
「そんなわけないでしょ、まだまだぁ~!」
「奇遇だね」
ぎりぎりぎり。
「あははっ、2人とも頑張れ~」
ふわふわと笑っているディティアと、髭を愛でながらにやにやと眺めているグランとガルフ。
「閃光も強い方だが、ボーザックも中々やるな」
アイザックも、気分を切り替えたのか楽しそうに言った。
「おい、豪傑の。俺達もやろうぜ」
早速立ち上がって、グランのところへ向かう。
「あぁ?……面倒くせえよ」
「まあまあ、そう言うなって!それとも、俺に勝てないからか?」
「……ふん、言ったな?」
「あらあら、乗せられちゃって」
ファルーアが笑うから、俺も笑った。
「ほっほっ、逆鱗の。それでは儂とやるか?」
いきなり爆炎のガルフに言われて、俺は首を振った。
「負けるのが恐いからやらないよ……勝っても喜べなさそうだし」
ガルフは、白髭を撫でながら「なんじゃ、つまらんのー」と微笑んだ。
「ふんっ、ぬうぅぅ」
「くおっ、おおぉぉ」
血管を浮かせて真剣勝負している2人。
その、あまりの暑苦しさに、ボーザックとシュヴァリエはどちらともなく力を抜いた。
「何か……あれだね。俺達もこんなだとしたらちょっと」
「そうだね不屈の。僕達はこんな暑苦しくない」
酷い会話だが、勝負中の2人は聞こえていなかった。
言い得て妙ね、とファルーアがため息をつく。
「おい、ハルトぉ!バフよこせ!!」
「そりゃ、許さねえぞ豪傑のぉぉ!」
「はいはい、腕力アップ」
俺は呆れ半分、興味半分で2人ともにバフを広げた。
「くおおおお!?」
「んぐおぉぉ!!」
暑苦しい。本当に暑苦しい。
汗を浮かべ、歯を食いしばり、お互いの腕をねじ伏せてやろうとする姿。
ただひとり、酔ったディティアだけがきゃっきゃと喜んでいた。
そして。
みしっ……
不穏な音が響く。
しかしながら、やはり2人は聞こえていない。
「おお……こりゃいかんわい」
ガルフがグラスを持ち上げる。
ボーザックとシュヴァリエもグラス片手に機敏な動作で立ち上がった。
フェンが、ひらりと身を躍らせて、喜んでいるディティアをこっちに押し退ける。
みしみしっ……
「こんのおぉぉ!」
「なんのぉぉぉ!」
バリバリバリィッ!!
「うおっ!?」
「おわっ!?」
どがぁぁんっ!!
砕けたテーブルと、巻き込まれた2人。
床に這いつくばった厳つい男2人組に、ファルーアが冷たい声で言い放った。
「弁償、あんた達でしなさいよ?」
******
こうして、ダルアークの報告の前にしばしの休息を得ることが出来た。
この後、グロリアスは城で待機してもらう。
俺達はギルドで報酬を受け取って、そこで待機することになる。
とは言え、まだ時間はあるはずだ。
軽い依頼くらいなら、俺達でこなしてもいいだろう。
来るべき時のために、調子を上げておく必要がある。
武器をメンテナンスして、防具もチェックが必要だ。
……強く、強く。
この名前を世界中に轟かせてやろう。
俺はそう考えて、手を握った。
バフも、もっと広げられなきゃ意味が無い。
まだまだ、先は長そうだった。




