その名、轟かせませんか。③
アイザックは、ごくり、と酒をひとくち。
そうだなぁ、とゆっくり話し出した。
******
「……おい、シュヴァリエ」
「ああ、君か」
呼び掛けた声に、氷のような声が応える。
あまり人には見せないが、次期騎士団長になるはずの若い男…まだ、少年だ…は、たまに『こう』なる。
「見てたが、もう少し加減してやれないのか?」
アイザックは、しかしその空気をものともしない。
それだけ、この少年との付き合いも長かった。
「僕はね、強くないなら大人しく生きろと言いたいだけだよ」
「わかっちゃいるが。ありゃ、良くて入院、悪くて立ち直れないかだぞ」
苦言を呈するのも、自分の役目のような気がしていた。
アイザックは窓際で夜空を見ているシュヴァリエに、そっとため息をついて隅にあった椅子にどかりと座る。
既に『閃光のシュヴァリエ』として名高いせいか、寄ってくる奴は自分が負けるはずが無いと思い込んだ馬鹿か、あわよくばおこぼれに預かろうとする馬鹿か、俺みたいに情にほだされる馬鹿だ。
困ったもんだな……。
まだ、冒険者養成学校の2年だと言うのに、シュヴァリエの振る舞いは騎士のそれ。
今日も、どうせ名ばかりだろうと突っかかってきた世間知らずのお坊っちゃんを、模擬戦でボコボコに……いや、実際は再起不能、完膚無きまでだったから、ボコボコなんて可愛いもんじゃないんだが……叩き伏せた。
『強くない者は死ぬ。冒険者を目指すなら、強い者のみ目指せばいい。君はまだ、強くはないね』
にこりと。
爽やかさすら感じる空気を、それでもこいつは纏い続けていた。
まあ、最近は突っかかってくる馬鹿すら殆どいなかったんだが。
「……ところでアイザック」
「ん、おお?何だ?」
物思いにふけっていたらしい。
顔を上げたアイザックに、シュヴァリエは少し落ち着いたのか爽やかさを纏って、言った。
「地方に、とても強い双剣使いがいるらしいが、知っているかい?」
「ああ、その話か。らしいな、1個下だろう?筋がいいって話で、養成学校内部でも楽しみだとかなんとかって」
「そう。……どのくらい強いだろう?」
「…そりゃ、見てみないとなんとも………見に行くにしてもお前目立つからなぁ。仕方ないなあ、見てきてやるよ」
「話が早くて助かるよ、アイザック」
俺は仕方ないとアピールするために、肩を竦めてみせる。
実際は問答無用なのだが、それでも従おうと思う何かをこいつは持っている。
こういうところも、良く言えば上に立つ器なんだろう。
******
「……模擬戦とか、見せてもらえないか?」
騎士団長の印の入った書状に、養成学校の教員(優秀な冒険者から選ばれるらしい)は心底困った顔をした。
「王国騎士団はやっぱりなってないね。こんな無理を通そうなんて」
「それは同意する。しかしなあ、ギルドが中立といえど、無下に出来ない地位の奴だろう?俺だって冒険者になっても騎士とは仲良くやるぞ」
我が物顔で言ってくるアイザックに、教員も深々とため息をついた。
「仕方ないのかな……。見るだけだよ?」
してやったりだ。
アイザックはにやりとして、早速、見物にいい場所を探しに動き出した。
双剣のことはわからないが、見れば強いかどうかくらいはわかる。
それくらいは、鍛えられてきた。
そうして。
模擬戦が始まってすぐ、彼女に目を付ける。
「ほー、ありゃ、相当……」
小柄な女の子。
濃い茶の髪は肩ほどで、くるりくるりと踊るように剣を振るう度に揺れる。
強い。
まだまだ荒削りで、熟練の冒険者からしたら赤子のようなものだろう。
けれど、彼女に備わった双剣の才能は、恐らくそんな奴等を簡単に追い越すはずだ。
自分より大きな体躯の前衛すらものともしない。
「ふうん、こりゃ、逸材だな」
アイザックはいい土産話が出来たと、喜んで帰った。
養成学校の教員は、そんなアイザックに胸を撫で下ろすのだった。
******
「それは……我がグロリアスに迎え入れることにしよう」
「おう……おおう?」
頷きかけて、聞き返した。
「言っただろう?卒業したら冒険者の精鋭パーティーを組む。全員2つ名持ちのね」
「いや……お前。お前は2つ名をとっくに貰ってるがよ…俺は……」
思わず言い掛けたが、アイザックは口を噤んだ。
そうか、俺がそのメンバーに数えられているのかはわからない。
「……あー、何だ。2つ名持ちになるのだって、大変だろう?」
シュヴァリエはそれを聞いて、ふふ、と笑った。
「大変だろうが、君はやってみせてくれるだろう?」
「……お……おう」
思わず、頷いてしまう。
こいつは、こういう人誑しなところがある。
大半……殆どは、空気を読まず、爽やかな空気を纏ったまま嫌味を吐き、自身は事も無げになんでもこなす。
そのせいか隠れがちだが、根はいい奴だった。
「それじゃあ、ヒーラーは君に任せたよ。それまで名を呼ぶことは無いから、頑張ってくれ」
「は?」
「後はメイジがほしいね。目を付けている御仁がいるのでね。アプローチを進めようか」
「いや、おい、シュヴァリエ……」
「閃光の、と付けてくれてもいいよ、名無し殿」
アイザックは凍り付いた。
「おい、俺達まだ養成学校の2年だぞ?あと1年半はあるぞ?名前呼ばないって、お前、それはさあ!」
シュヴァリエはそれににこにこと笑いながら、一切を拒否。
2つ名がつくまで、君、と呼ばれ続けたアイザックは、卒業と同時にヒーラーとしての師匠から祝福と名付けられる。
それは、卒業することへの祝福、アイザックの才能への祝福、そして。
グロリアスの一員として、シュヴァリエから呼ばれることへの祝福だった。
たかが名前。
されど、名前。
その名前を、轟かせることを。
祝福のアイザックは、誓った。
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