地面が揺れるのですか。⑥
「うひゃあぁあ」
情けない声をあげ、身体を丸めているナンデスト。
フェンが暴走していた馬をなだめて、ナンデストを馬車ごと連れてきてくれている。
しかし、地面は低く震えながら唸りを続けていて、ナンデストは荷台の上で身を縮こませていた。
ごごごご……
「これは、良くないね」
シャンッ
シュヴァリエが威嚇するように剣を振り抜くと、残っていたトカゲ達は次々に畑へと散ってしまった。
四つ脚に戻ったせいか、すぐに隠れて見えなくなる。
怯えているように見えたぞ…。
ぐらあっ……
次いで、大きな揺れが身体を襲う。
「ひゃ」
「……大丈夫か?」
ふらつくディティアの腕をとり、俺は反応速度アップを全員に飛ばす。
「あ、ありがとう…」
何とか踏ん張るが、揺れは収まらない。
周りの野菜達が、広げた葉をゆさゆさと揺らし始めた。
「な、何で地面がこんなに揺れるんですか!」
ナンデストの悲鳴に近い声がする。
そんなの俺達が聞きたい。
……そうこうしている内に、どこからかビシイッ、と音が響いた。
ぐらんぐらんと揺れながら、音の正体を探す。
「うわ……っ」
ボーザックが飛び退く。
その足元を、大地の裂け目が這うように横切っていく。
巨大な地割れだった。
ごご、ご、ご……ご……。
皆が膝を折り、注意深く身構える中。
長い長い揺れは、ゆっくりとおさまっていった。
……今までで1番大きかったように思う。
まだゆらゆらしているような錯覚があった。
「ハルト君、何か見える!」
……そんな中、声を上げたのはディティアだった。
彼女はラナンクロスト方面の空を指差す。
思わず、その指先へと視線を奔らせて、俺は眼を細めた。
「……?」
黒い靄のようなものが、空を覆っていて……こっちに向かってきているように見える。
……あれは……?
「五感アップ、五感アップ!!」
俺は、全員にバフを投げた。
強化された視力が、靄を捉えて、形を結んだ。
「何だありゃ!」
グランが驚いた様に声をあげる。
それは、大量の鳥、鳥、鳥。
ギャアギャアとわめき散らしながら、ラナンクロスト方面から帝都方面へと飛んでいる、茶色い翼。
俺達が見守る中、群れはバサバサと頭上を飛び去っていった。
「地震から逃げているのかしら…?」
ファルーアが、おさまった揺れに砂を払いながら立ち上がる。
「びっくりしたあ」
ボーザックは地割れをおそるおそるつま先で突いて、ふう、と息を吐いた。
「フェン、助かった」
「がう」
その横で、馬をなだめてくれていたフェンをグランが労う。
彼女は誇らしげに鳴いて、腰を下ろした。
見回すと、グロリアスの面々も、既に武器を収めて立ち上がっていた。
揺れはすっかりおさまったようだ。
やっと落ち着いた空気が流れたところで、漸く、荷台でへたっている菓子職人に声を掛けることにする。
とりあえず、何してるのかくらいは確認してやろう。
「よおナンデスト」
「はああ……死ぬかと思いましたよ…」
うん、今日も黒いシャツにはでっかくケーキの柄が入っている。
これ気に入ってんのかなあ…。
「元気だった-?久しぶりだね」
ボーザックが言うと、彼はゆっくりと荷台から降りて、足元を確かめた。
「……ええ、まさかここで会えるとは思いませんでしたけどね」
「今日はどうしたの?」
ディティアも、気を取り直したのかぴょんと跳ねて言う。
すると、ナンデストはぱあっと笑顔になった。
「ディティアさん!元気そうでよかったです!」
そのまま握手を求めたところに、するりとシュヴァリエの手が絡む。
「やあ、腕利きの菓子職人ナンデスト。君の名前は聞いている」
「!?、な、何ですかあんた……って、あれ!?あんた閃光のシュヴァリエ!?」
「その通りだよ、腕利きの菓子職人ナンデスト」
手を離し、爽やかな空気を放つやたらきらきらした男に、ナンデストは若干引いたように手を引っ込める。
「ほー、流石のナンデストも閃光はわかるのか」
グランが隣にやって来た。
俺も同じ事考えてたから、同意してみせる。
俺達白薔薇はともかくとしてもさ。
ディティアのことですら知らなかったくらいだし。
「ふへへ、冒険者については勉強しましたからね」
聞こえていたのか、ナンデストは得意気に笑って見せた。
「あら、ハルト。敵は本気よ」
ファルーアが言うので、俺は首を傾げる。
「は?……流石に冒険者の知識は負けないと思うよ」
それを聞いたボーザックが、残念そうな顔をした。
「何だよ?」
「ああ、うん……ハルトって、ハルトだなあって」
え、何だソレ。
「それで?何でここにいるのかしら?」
ファルーアが軌道修正をしてくれたところで、ナンデストはとんでもないことを言った。
「そりゃあ、白薔薇の皆さんに会うためにですよ」
……。
…………。
「は?」
「あぁ?」
「え?」
「私達に?」
「はあ……それで、用事は何?」
思い思いに答えた俺達に、ナンデストはいつも通りふへへ、と笑った。
「皆さんのおかげで、菓子白薔薇が大当たりしたので!その報告です!」
「…………えっ、それだけで??」
「ディティアさん……それだけだなんて酷いです」
肩を落とすナンデストに、ディティアが、あわあわと手を振った。
「あっ、ごめんなさい。……今は結構立て込んでいて……それで思わず?というか??」
ますます混乱する彼女に、ファルーアが苦笑する。
「とりあえず、ナンデスト。貴方、帝都まで走ってくれるかしら?」
「はい?」
「どうせ菓子白薔薇、持っているんでしょう?」
「あっ、はい!もちろんですとも!」
「ティア、皇帝に手紙を書いて。この地震の被害についても、ダルアークの報告に交ぜてもらうこと。それから、菓子白薔薇は食べてもらったわよね?ヴァイス帝国でも売ってもらいましょう」
何のことかと首を傾げるナンデスト。
ディティアは「なるほど!」と言うとまさに疾風のごとく、馬車の荷台に跳び込んでいった。
「……?ハルトさん、これはどういうことですかね」
「うーん、伝言よろしくってこと。ただし、皇帝に直接会えるから、腕の見せ所だぞナンデスト」
「こ、皇帝!?風の噂で武勲皇帝は崩御したと……」
「ああ。その娘が今の皇帝だ。うまく交渉しろよ!」
「そんな無茶な……」
そう言いながらも、ナンデストの眼がぎらぎらしている。
こいつ、商人だもんなあ。
「ナンデストさん!これ、お願いします」
ディティアが持ってきた書状を大切にしまって、ナンデストは頷いた。
「ディティアさんからの大役、必ずや果たしましょう」
「えっ……」
若干引いているディティアに、ファルーアが首を振る。
ナンデストは、早速自分の馬車に向かっていって、思い出したように振り返った。
「そうでした、ナンデスカットに突然来て踊り出した部族から白薔薇の皆さんに伝言です」
「伝言?」
グランに頷いて、ナンデストは続ける。
「山脈が怒っているから地面が揺れる。気を付けろ」
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仕事によっても遅かったり……。
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