意志はここにあるので。②
どく、どく、どく。
心臓の音が大きく感じるのは、何のせいか。
〈仲間を失ったらどうするんだい?〉
シュヴァリエの、さらりとした問い掛けが、脳裏をよぎる。
俺は…。
俺は、転がった白い大盾を前に、言葉を紡げないでいた。
ここからは、他に何も見えない。
グランも、ボーザックも、ファルーアも。
大剣も、龍眼の結晶が光る杖も。
だから、余計に怖かった。
『オオオオウウウッ』
轟く雄叫びに、びくりと肩が震える。
「どうした疾風の!」
アイザックの声に、ディティアもはっとした表情。
「おい、魔物だ!」
「集まってくるぞ!」
同時に、誰かの叫び声。
俺は……。
唇を引き結ぶ。
「っくそ!」
パンッ!!
両方の頬を叩いた。
「ディティア!」
「はっ、はい!」
「戦おう」
「……!」
やっとこちらを向く彼女。
俺は、手首にあるブレスレットを見せるように、彼女に突き出した。
「士気を乱すなって、大嫌いな奴に言われたんだよ。……今は、戦おう」
「っ、……はいっ!」
ディティアも、ブレスレットをゆらして拳を突き出す。
怖いけど。
それでも。
気付けば、手が震えていた。
「……っ」
歯を食いしばる。
魔物達はゾンビと一緒に庭園に集まりつつあった。
「……闘技場にいた魔物かっ」
何処かで生き延びていたのか、あるいは武勲皇帝の魔力結晶に吸い寄せられたのか。
「ここは私達が行こう」
「任せた!」
カルヴィエが騎士団を指揮して、魔物を相手してくれる。
その提案を、アイザックが後押しした。
……皆、戦ってる。
「脚力アップ、脚力アップ」
反応速度アップを残し、バフを三重に。
「行こう、ディティア」
「うん」
俺はディティアに頷いて、地面を蹴った。
後ろに回り込むため、高く跳ぶ。
「おおぉっ」
「やあーっ!」
ガッ!
シュヴァリエとラムアルの一撃を受け止めた武勲皇帝は、そのままの勢いで薙ぎ払う。
踏み留まるシュヴァリエ、後方に踏鞴を踏むラムアル。
俺は頭上から、蹴りをかます。
武勲皇帝が俺に気付いて咆える。
『オオオッ』
ゴッ
左腕が、難なく蹴りを受け止めた。
俺はそのまま膝を曲げて、皇帝の向こうへと跳ぼうとする。
……が。
「ハルト君!駄目!」
「逆鱗の!こっちに跳べ!!」
「っ、とぉわっ!?」
ディティアとシュヴァリエの声に、咄嗟に跳ぶ方向を変えた。
武勲皇帝の右腕の大剣が、俺が跳ぶはずだった空を切り裂く。
「くっ…」
咄嗟に跳んだから、着地したのは皆とはだいぶ離れた場所。
武勲皇帝が腰を低くして……っやばい!
「…っそ!」
俺は横っ飛びに精一杯跳んだ。
こちらに、巨躯が信じられないスピードで突進してくる。
「撃てェーーイッ!」
ドドドドッ!!
「って、うわああっ!」
そこに、爆炎のガルフ率いる後衛達の一斉射撃。
爆風に煽られて、俺は吹っ飛んだ。
何とか体勢を立て直すと、そこはシュヴァリエの足元。
「良くやったぞ、逆鱗の。……あまり効いてなさそうじゃがのう」
後方で、爆炎のガルフが髭を撫でる。
意図せず、背中の魔力結晶が見えたようだ。
ゆらりと振り返る、武勲皇帝。
結晶には魔法は直撃しなかったらしい。
「……あまり、はらはらさせないでくれ逆鱗の」
膝を突いた俺を見下ろして、シュヴァリエが手を出す。
いつもなら、ここはファルーアが呆れた顔して見てるだろう。
「…………」
悪態をつく余裕は、無かった。
黙ってその手をとって、立ち上がる。
シュヴァリエが、眉をひそめた。
「もう一度行く」
「待ってハルト君。次は私が撹乱する。バフを」
「……あ、悪い……。ええと」
また皇帝と剣を結んでは離れて戦い始める冒険者達。
その先頭で、ラムアルが指揮をとっていた。
バフをとばし、全員上書きしていく。
特に前線にいる人達には、肉体硬化を二重にして、肉体強化を重ねて固める。
三重までは耐えてくれるはずだ。
「逆鱗の」
「……何?」
「僕が動きを止める。疾風と後ろに回り込むんだ」
「……は?」
シュヴァリエは珍しく、鼻を鳴らした。
「勇ましいのは結構だ。バフを考えて飛ばしているのも冷静だからだろう。……けれど、曲がりなりにもこの僕が付けた名前」
「……はあ?」
こいつ、何を……。
「逆鱗のハルト。死に急ぐ戦い方を無謀と言う。それは確かに士気を高める」
「お前、何言って……」
「見せてあげよう、戦い方をね。閃光の、この僕が」
え、ええ?
呆気にとられた俺に颯爽と背を向けて、シュヴァリエはシャンッと空気を斬った。
「逆鱗の。お前、シュヴァリエの忠告を守るのもいいけど、見てるこっちはハラハラするぞ」
そこに、いつの間にかアイザックがやってきて言う。
「アイザック…?」
「見えたぞ、白い花びら」
「!」
身を固くした俺を、その横にいたディティアを、アイザックがぐりぐりと撫でる。
「閃光を見ておけ、そんで、ここぞってとこで飛び出せよ?」
「…………おう」
俺は、唇を噛み締めた。
「ラムアル皇女!」
「もうっ、おっそいわよ!……皆!一斉攻撃したら下がるわ!」
ラムアルが指示を飛ばし、冒険者達が一斉に斬り掛かる。
武勲皇帝はまるで虫を払うかのように、軽々と大剣を振り抜いた。
ガガガガガッ
最前線の冒険者達は一様に防御姿勢をとって、次々に剣を受け止める。
その冒険者の後ろで、第二陣の冒険者がその背を支えるような体勢をする。
大剣の威力が鈍ったところで、逆サイドで攻撃を回避した冒険者達が一斉に斬り掛かる。
これを、2回行ったところで、ラムアルが皇帝にレイピアを振り抜いた。
『グオォ』
辛うじて躱されたところで、彼女は叫んだ。
「散開ッ!!」
見事な連携だった。
ばっと散った冒険者達の間を、光が駆け抜けていく。
――閃光。
艶消しの金の鎧が、光をまとったような錯覚をおぼえる。
「ハアァァッ!!」
ガガガッ
キンッ!
ガキィンッ
「……速い」
思わず、声がこぼれた。
疾風のディティアの速さは、自身が風のようになるものだけど。
シュヴァリエのは、違った。
光……閃光が、凄まじい速さで敵を斬り付ける。
攻撃が、速いのだ。
武勲皇帝は大剣で防ぐが、ロングソードが少しの隙間を正確に狙う。
『オオオオ……ッ!』
じり、と。
初めて、武勲皇帝が後退した。
「いけぇぇー!」
ラムアルが歓声を上げる。
「ハアアッ――!!」
閃光は弾け続け、皇帝に少しずつ傷が出来はじめた。
「行くよハルト君!」
「っ、おう!」
ディティアの声。
俺は詰めていた息を応じる声と同時に吐き出して、駆けだした。
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21時から24時を目安にしてます。
武勲皇帝討伐に向けて、物語が動きます。
皆様のおかげで4か月ほど経ちました。
読んでくださって本当にありがたいです。




