鬨の声を上げますか。⑤
「ちょろちょろしないでよお兄さん」
「うるさい、こっちだって必死なんだよ!」
フォルターは呆れたように声を上げ、俺は怒鳴り返した。
持久力アップを速度アップに変えたせいで、疲れが滲む。
……長くは戦えない、隙を見て突破しないと……。
ちらりと窺う。
集団までの距離は、少し縮まっていた。
フォルターの気を逸らさないと。
「ふっ」
フォルターが短く息を吐いて、短剣を振るう。
「おわっ」
俺は背中を仰け反らせて避けた。
あ、危なっ……!
「っおい、フォルター!」
「え、ちょっと何?普通このタイミングで話し掛けてくる?」
「お互い様だろ!今の当たってたら、俺死んじゃうかもしれないけど、それは困らないのか!?」
「え?……あー、そっか。捕まえるんだった…。まあ、ほら。白薔薇、後4人いるじゃん」
「ふん、他の皆は俺より強いから、後悔するぞ」
「それは自分で言う台詞かなあ…」
「いいんだよっ、捕まるつもりもないしな!」
フォルターは馬上で呆れた顔をした。
「なんか……憎めないお兄さんだねぇ」
「お互い様だろ」
ふんと鼻を鳴らす。
話しながら、弧を描いてじりじりと集団へ寄った俺は、フォルターの出方を窺う。
フォルターもまた、俺の出方を窺っているようだ。
……ここまでか。
「……速度アップ」
「……ん?お兄さんお得意のバフ?」
フォルターが、首を傾げる。
これで、四重。
「速度アップ」
五重。
これが切れないように保たねばならない。
切れた瞬間、俺は糸が切れた人形みたいに動けなくなるはずだ。
「そう、俺はバッファーだから」
俺は後ろに跳ねると、一気に踵を返し、集団に向かって走りだした。
「うぇっ!?ちょ、はやっ……」
背中にフォルターの声が届いて、離れていく。
「五感アップ!五感アップ!五感アップ!!」
走り寄りながら、バフを広げ、集団に範囲で重ねていく。
「五感アップ!五感アップ!!」
メイジ部隊が焦ったように杖を掲げ……。
「おおおおおっ!!」
遅いっ!!
俺は彼等の懐に飛び入った。
ボボンッ!!
『うあぁっ!?』
後方で炸裂する魔法の音に、恐らくは何人かの聴力を奪うことが出来た。
運悪く魔法を直視していたなら、光で視力もしばらくは使えないかもしれない。
「五感アップ、五感アップッ!」
がっ、ごっ!!
バフをかけ、周りにいる奴等の耳元や顎を容赦なく殴りながら、真ん中を駆け抜ける。
悶絶する奴等を尻目に、俺はとうとう集団から抜け出した。
正面には街が小さく見える。
後は、走るだけ…!!
「はっ、は……!!」
持ってくれ、俺のスタミナ!!
俺は息を切らせながら、走った。
速度アップ五重にもなれば、相当速い。
あの、疾風並みの速さを常に保てることは、かなりのアドバンテージ。
それでも、馬の全力より速くなければ意味が無い。
だから、全力で走る。
「く、はぁっ、は…!」
思いの外、体力が限界に近かった。
「もー!街まで行かれるのは困るんだよね!…ごめんお兄さん!!」
馬の足音が離れたところから聞こえる。
フォルターが追ってきているのが声でわかる。
……っ!!
俺は、謝るフォルターに戦慄を覚えた。
何か仕掛けてくる……!
「っ、肉体硬化っ!肉体硬化、肉体硬化、肉体硬化ッ!」
咄嗟にバフを書き換え、肉体硬化を四重まで捲したてる。
「肉体こう……ッ」
瞬間……。
グオォッ!!
足元の地面がせり上がった。
「化!!」
五重。
かかるかかからないか、俺は腕を交差して身体を丸めた。
ゴッ……ガコォッ!!!
せり上がった場所から突き出してきた、円筒形の塊。
土をがっちがちに固めたそれは、俺に直撃した。
「ぐっ……あッ!」
ミシミシと身体中が軋む。
吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられて、俺は無様にゴロゴロと転がった。
「っ、は」
息が詰まる。
口の中に、鉄の味。
何とか起き上がろうと、両腕を支えにする。
……折れては、いなそうだ。
いくら肉体を硬化したって、痛いもんは痛い。
直撃を受けた腕が、みるみる内出血で変色する。
「はあ、はぁっ」
くそ、いてぇ。
何とか、片膝を立てた。
まだ、だめだ。
止まれない。
逃げないと。
「ふっ、っつあぁー!!」
叫んで、足を地面に叩きつけるようにして立ち上がる。
口元を拭うと、土まみれになった手に、鮮血が滲んだ。
「嘘でしょ、結構、死んじゃうくらいの魔法ぶっ放したんだけど……」
そこに、パカリ、パカリと蹄の音。
フォルターが、困惑した顔で見下ろしていた。
「くっそ、お前、メイジかよ」
思わず悪態をつく。
逃げ出すタイミングを、はかれ。
いや、今すぐ逃げろ。
頭の中はごちゃごちゃで、身体中が鈍く痛む。
「いや、お兄さんこそ……どんなバフ使ったら立ち上がれるのさ」
「は、ふーっ、ふ、はあっ、満身創痍だよッ……けど、まだ…!」
思いの外ふらつく足元を、踏ん張る。
走り出せ。
……走れっ!
「ちょ、そんな無理しないでよ…もう良くない?」
「良くない!」
「…お兄さん…仕方ないなぁ。痛いけど、我慢してよね」
「っ」
ゴッ!!
突き上げる、土の塊。
身を捻ったけど、塊は俺の横腹を容赦なく打ち付けた。
「ぐうっ」
再び、転がる。
折れてはいない。
たぶん、内臓も大丈夫だ。
けど、俺はせり上がる胃液を吐き出して、咽せた。
「がはっ、げほっ、…うう、ぐ」
それでも、立ち上がる。
マヒったのか、痛みが遠のいている。
「お、お願いだから……」
「そんな、こと、言われても…な」
よろよろと歩き出したところで、三撃目。
もう痛みも衝撃もよくわからない中、跳ね飛ばされた空。
ちかちかと瞬く光に、意識が奪われる。
……どかあっ!
続け様に、落下。
仰向けに叩きつけられて、青い空が見える。
「っ、ふ、は、はは」
思わず、笑った。
「え、な、何?頭おかしくなっちゃった??も、もういいでしょ。流石に、こういう嬲るみたいなやり方は、オレ、好きじゃないよ??」
笑い出す俺を、覗き込むフォルター。
彼は、とうとう馬から下りて近くにしゃがみ込んだ。
「いや、ははっ、あー、俺さあ、運悪ぃなあって、はははっ」
本当、笑える。
「え?どういう……」
『はははっ、それは違うな。君はどうやら最高に幸運だ!逆鱗の!』
「……は?」
顔を上げる、フォルター。
こだまする、無駄に明るく爽やかな声。
俺は、薄れる意識に抗って、ありったけの声を上げた。
「くそーっ!やっぱ嫌味な奴だな!!」
場違いな爽やかな空気が、鼻先を掠めていった。
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