走ることに決めたので。⑥
「とりあえず、どうしようか?私達が離れても、ラムアル達が本当に無事だと思えないけど…」
あんな非道な事を出来る集団が、約束を守るとは思えないとディティアは続ける。
「うん。そうだな。ディティアはどうするのがいいと思う?」
馬車の荷台は積んである乾し肉や保存食の匂いが混ざって独特なものになっていて、五感アップで敏感になった嗅覚を刺激する。
俺は鼻の下を擦った。
「1番いいのはラナンクロストまで行くことだと思う。遠いけど、王都まで行ければ…」
「俺も同じ意見。…ラムアルに話そう、ここのリーダーは彼女だ」
言いながら、思う。
一刻も早く、ラナンクロストへ…果ては王都まで辿りつき、援軍を要請するには、どうするべきか。
ラムアル達と帝国民を守りながら、同時に実行するためには、俺はどうしたらいいのか。
結論はすぐに出ていた。
……走るしか、ないよな。
ディティアが、俺の答えに頷く。
「わかった。……それと、いいことも1つあるよね。私達を欲してるってことは、グランさん達は無事ってことじゃないかな?」
「!……そ、そっか!誰か捕まえてたら、人質みたいに使うよな??」
「あれ、ハルト君気付いてなかった?」
「それは…う、うん」
言いながら、唸る。
…俺が気になったのは、もっと別のことだったんだよな…。
「ふふ。……希望を持とう。私達はまだ、完全に敵の手の内には収まってないって」
ディティアの励ましに、俺は面目ない、と答えた。
「本当なら、たぶん俺が励ます側になるべきだと思う。…皇帝を前にしてグラン達を置いて逃げる選択しておきながら、ディティアに頼りっぱなしだよな」
「えっ、そんなこと…」
ぱたぱたと両手を振る彼女を制して、続ける。
今、言わないと。
俺も、走るって決めた。
だから、その気持ちを、今。
ゆっくり話せる時間が、この先あまり無いって思ったから。
「ありがとうディティア。ディティアがいなかったら、俺、たぶん全部ほったらかして、グラン達のところに行ってた。……帝都の前で、皇帝の咆吼が聞こえただろ?あれは……グラン達が皇帝の傍にいないことの証だ」
「ハルト君…。うん」
「ひとりで行ったら、間違いなく死んでたと思うんだ。……グラン達のこと、本当は不安だよ。もう一週間経ったのに、馬を飛ばせば合流してる時間のはずなのに、いない。今も」
ディティアは、黙っていた。
俺は、それでもこっちをじっと見ているディティアを、正面から見据える。
「けど、信じる。グラン達もどこかで走ってるはず。もしかしたら逆方向に出てるのかもしれないし、そんなの全然見当違いで、帝都内に残ってるかもしれない。それでも、あいつらはちゃんと走ってる。信じてる」
「…うん」
「国境だって、正規ルート以外はがばがばだ。襲われて、街道を逸れたのかも」
「うん、そうだね」
「敵は、俺達白薔薇の情報を手に入れてる。俺達は、帝都民達を守らなくちゃ。……だから、聞いてくれ、ディティア」
彼女は、目を見開いた。
「俺、先に走る。ラナンクロストまで、バフを絶やさずに」
「それなら私も……!」
当たり前だけど、彼女は身を乗り出した。
俺は、首を振る。
「2人分のバフは、負担が増える。それに、戦力は少しでもここに残したいんだ。……見て。この手紙、俺達の受け渡し方法が書いてないだろ?」
「え……?……あ…」
「どこかで、どうにかして、見られてるってことじゃないのかな。だから、俺達ふたりが抜けたら、その後に何かあった時に打つ手が無くなる」
「っ、な、何かなんて!そんな言い方……!」
手を握り締め、ディティアが声を上げるのを、人差し指を口元に突き出してとめる。
彼女は、ぎゅっと唇をかみしめた。
「だから、そうならないための方法だよ。俺ひとりなら、何かあってもバフがあれば切り抜けられる。……最高のバッファー、なめんなよ?」
今にも泣き出しそうな彼女に、笑いかけてみせる。
俺には、バフがある。
俺は、バッファーだから。
「それに、ディティアは俺よりずーっと強い。……いつか追い付くけど、今は全然俺の方が弱いだろ?」
「は、ハルト君…」
人差し指を離して、今度は頭に手を伸ばす。
撫でると、ディティアは俯いた。
「馬は一頭、借りていくよ。あとは水ももらう。大丈夫、もう一週間歩き通しなんだ、国境までは馬ならあと10日くらいだろ?俺のバフがあればもっと短縮出来る」
馬にはかけられないけど、自分に持久力アップをかければ、休む時間は短縮出来るからな。
馬は疲れることになるけど、国境までは頑張ってもらわないと。
国境まで行けば、あとはラナンクロスト王都まで馬車が出てるはずだし、ギルドにも支援の要請を出せるだろう。
「だから、ディティア。ここは任せるよ」
彼女は、震える手で、頭を撫でる俺の手をとった。
「……ハルト君……ずるいよ、ハルト君は……」
俯いたままの彼女が、肩を震わせる。
「……ディティア」
「そんなこと、わかってる…わかってるけど、ひとりで行ってほしく、ないよ……」
俺は、ぎゅーっと胸が痛んで、反対の手で、そっと彼女を抱き寄せた。
「俺もひとりは嫌だよ、だから、早く合流しような」
「……ハルト君の、馬鹿」
苦笑すると、フェンと眼が合った。
知的な瞳が、じっと俺を……俺達を見ている。
「フェンに見られてるよ」
俺が言うと、腕の中、ディティアも笑った。
「ふ、ふふ……もう、本当にハルト君はハルト君なんだから!」
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