走ることに決めたので。②
「ハルト君は、荷車を運びに行ったよ」
「えっ、ひとりで?」
「えーと、うん…」
「そ、そうなんだ」
起き上がって、ラムアルは保存食を集め始めた。
よし。
深呼吸ひとつ。
「……ねえラムアル」
私は、一緒に集めながら話し掛けた。
干し肉のにおいがして、そういえばお昼まだだったなーと、ぼんやり思う。
戻ったら帝国民の人達にも食事を出してあげないとなーなんて、すごく落ち着いて考える事が出来た。
「な、な、何かなっ、疾風」
ラムアルは怯えてるみたい。
何となく小動物を想像して、苦笑。
ハルト君から見たら、私もこんななのかな?
私よりも背の高いラムアルは、視線をいろんな方向に向けている。
私は自分のポーチから、ナンデスカットの高栄養バーを取り出した。
「これ、食べよう」
「え?」
手渡すと、ラムアルは更に狼狽えた。
とりあえず引っ張って外に連れ出して、商店の軒先にあったベンチに座る。
「……これね、ノクティア王都御用達の、有名なお菓子屋さんが作ってくれた高栄養バーなんだ」
「うん……」
「食べられるような気持ちじゃ、ないと思う。でも、今は無理にでも食べてね。これからしばらくは、私達、走らなきゃいけないから」
「……そう、だね。おなかは全然空いてないけど……」
「あのね、私、大規模討伐依頼で、他のパーティーメンバーを全員失ったの」
「………」
ラムアルは、高栄養バーを色々な角度から見詰めていた視線を上げた。
ルビー色の眼が、私を映す。
その美しい宝石みたいな瞳は、ひどく困惑した色をしていた。
「だから、わかる。私にとって、家族だった仲間が……皆、亡くなったから」
ラムアルは、口をもごもごと動かしていた。
何か言い掛けて、言葉にならなかったのかもしれない。
一瞬だけ眼を伏せた後、彼女は決意を秘めた顔を上げる。
「疾風……あ、あたし……!」
「ラムアル。もういいよ、貴女は知ってたんだよね、大規模討伐依頼で私に起こったこと。……それでも、本当に謝らなきゃいけないのは私だから」
「え……」
「ごめんね……酷いこと言って。……こんなことになるなんて、思わなかった。ごめんねラムアル……私は、その辛さを共有出来るのに」
「疾風…」
「私はね、ハルト君に会って、白薔薇の皆に救ってもらったの。まだ、心はずーっと痛いけど」
「………あのさ」
「うん?」
「あのさ、疾風…!あたしさ!……ハルトにも、言ったんだ。……心の痛みは、ちゃんと治るって!」
びっくりした。
言い切られてしまった、治るって。
それが、すごく衝撃的だった。
「時間はかかると思うし、ずーっと気持ちは残るよ?でもさ!治るよ!……じゃないと、帝国はもう立ち直れないしさ。あたしね、嫌いって言われて……初めて動揺したんだよ。誰もあたしに嫌いって言う人、いなかったもん」
「えっ、そ、それは」
「今ならわかる、どれだけ酷いこと言ったか。こんな気持ち、知らなかったから。……でもさ、もうそうなっちゃったから。……あたし、帝国のために、皇帝と戦うって決めたの」
真っ直ぐな眼に、私は、きっと驚いた顔をした。
誰の助けも無いのに、こんな風に言えるなんて…想像出来なかったんだ。
「あたしを助けてくれる?……ディティア。あたしが、皇帝になって帝国を救う。それを……こんな気持ちを教えてくれた貴女に頼みたいんだ」
胸が熱くなって。
鼻がつーんってなって。
溢れてくるものを、堪えられなかった。
「ラムアル……」
これが、皇族なのかな。
前を向いて常に走って、民衆を導く存在。
頼られたことはたくさんあった。
でも、国民全員を背負うような責任は無かった。
「え、あの、ディティア…?」
「ごめんねラムアル…何だかね、私…貴女の強さを初めてちゃんと見たから…最初も否定しちゃったけど…」
「えええ?いいよいいよ、今更だよ!だって、あたしは皇族でディティアは一般人で…あれ?そうするとディティアに助けてって頼むのは違うような?」
「…ふ、ラムアルって本当に変だね。…大丈夫、私がちゃんと助けるから。…走りきるよ、私も」
…私は、走ることに決めた。
溢れてくる雫を拭って、しっかり頷いてみせる。
「ディティア…うん、ありがとう!」
ちゃんと、ラムアルと心が通じ合った気がした。
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