心の痛みは治りますか。⑦
勢いのまま部屋を出ようとした、まさにその時。
「待て」
前に立ったのは、オドールだった。
腕組みをする小さな老人は、眼をぎらぎらさせてこっちを見ている。
「ギルド長、通してくれ。ちゃんと2人は連れて来たからもういいだろ?」
言い放つと、思いの外苛立ちが声に出た。
オドールは、ふんと鼻を鳴らす。
「お前は馬鹿か。逆鱗のハルト。冷静になれ」
「ば、馬鹿って……」
思わず、口篭もる。
どうしてかはわかんないけどさ、一気に、頭が冷えてさ。
俺は、ふうーっと息を吐いた。
グラン達を助けるのに、感情だけで動くのは得策じゃ無いって事くらいわかってるしな。
「……馬鹿って、何で?」
聞き返すと、オドールは頷いた。
「……話が本当なら、冒険者は何をするべきだと思う」
「何をって…」
皇帝がゾンビ化して、城にいて。
……そういえば兵士達はどこに行ったんだろう?
ジャスティに指示を出していたダルアークの行方もわからない。
まだ、ゾンビ化した奴等もいるかもしれない。
それなのに、街には多くの帝都民達が残ってる……。
「お前にラムアルとジャスティを託した仲間は、何を思う」
「…………」
唇を噛み締めた。
グランならどうするかくらい、すぐに想像出来たからさ。
「一般人を逃がす……帝都はもう、かなり危険だ」
「そうだ」
「……ハルト君」
ディティアが俺の名を呼んで、俺の腕を掴んだ。
眼を合わせると、彼女は真っ直ぐに見返してくる。
「……最善を尽くそう。私も、一緒にいるよ」
ゆっくりと、頷く。
「グラン達にはバフもかけた。もしかしたら、もう何処かに逃げたかも。五重にしたから、バフが切れたらしばらくは動けないから…まだここに来られないだけだ。だから、俺達がやらないと」
俺が言うと、ディティアも頷く。
敢えて、心配だとか、そういう不安は口にしないでおいた。
グラン、ボーザック、ファルーア。
お前達が無事だって、信じるからな…!
ラムアルとジャスティをオドールに任せ、俺は逃げるための準備を進めることにした。
オドールは、細くて今にも折れそうな程なのに、重たく響く声で、俺に言う。
「仲間の思いに応えるのも、良いパーティーの鉄則だ。合流したら、自慢するんだな」
「……うん。……すみませんでした」
オドールは俺の言葉に驚いた顔をして、微笑む。
「急にしおらしくしおって。……嫌な決断をさせて悪かったな。こっちは任せろ」
嫌な決断って聞いて、ぎゅっと、肺が縮むような、心臓が掴まれたような、苦しい気持ちになったけど…俺、グランに怒られたくないし。
会ったとき、心から自慢してやろうって、そう思う。
俺達は、部屋を出た。
「ここからなら、ラナンクロストとの国境までは街も無いみたいだし。一般人を連れて移動する手段と食料を確保しよう。馬車と馬を集めたらいいか」
地図を広げ、さっと確認する。
「ギルドにいない人達も集めて、人数も確認がいるね」
「そしたら、残ってくれた冒険者にも協力してもらおう」
俺達は広間へと急いだ。
******
「……皇帝が?」
ディティアに五感アップをかけてフェンと警戒にあたらせ、集めた冒険者に現状を伝える。
内容が内容なだけに、一般人には聞こえないように配慮した。
驚愕にまみれた表情で、帝都出身の男が呟く。
「ま、まだ城にいるのか?」
「わからない。俺の仲間も……まだ戻ってないから。それでも、一刻も早く、帝都を出るべきだと思う」
「そんなにか?」
ベテラン冒険者は眉間にしわを寄せる。
「うん、相当やばい。ダルアークとかいう集団がどうしてるかもわからない。少なくとも、ここは安全じゃないよ」
「まあ、ラナンクロストならマシだろうな。あれだろ?王国騎士団とかってのもいるだろ?」
別のベテラン冒険者のひとりの言葉に、苦笑する。
こんな時なのに、あの爽やかな空気を感じた気がしたんだ。
「王都まではかなりの日数あるから、あんまり期待は出来ないんじゃないかな。それでも、ここから離れた方がいいのは絶対だ。それに、逃げっぱなしにはならないよ。きっと、大規模討伐依頼が出る」
俺は思ったままを告げた。
……大規模討伐依頼。
あの武勲皇帝を倒すための、大きな依頼になるはずだ。
ひやりとした感覚に、手を握ったり開いたりしてみる。
大丈夫。
俺は前を向いた。
「集めるのは、食糧と水、馬、馬車だ。長旅になるけど、荷物を取りに戻す時間は無し。あとは王都に散らばった人を出来るだけ集めるべきだ」
「そしたら、主要の避難場所は俺達が回るよ。道端でも声かけて行く。俺達帝都民だし!」
ありがたい申し出をしてくれた帝都民パーティーに、俺は頷いた。
「どれくらいかかると思う?」
「半日はほしい。徒歩移動だともう少し……たぶん全員が門に行くまでに夜になる」
「わかった。……夜中はゾンビやレイスが活発になるから、冒険者掻き集めて護衛しよう。今日の依頼に関わった俺達以外にもいるだろ?」
俺が言うと、ベテラン冒険者達が頷いてくれる。
「そうだな。広間にもいたはずだ」
「馬車と馬は馬小屋と馬車屋をあたるか。俺達でやるよ」
断ったら後味が悪いって言っていたパーティーもそう言ってくれた。
俺はそっちにも頷いて、付け足す。
「俺達のフェンリルを同行させるよ。馬は彼女に任せれば絶対着いてきてくれる」
「フェンリル!さっきの、やっぱりそうなの?うわー、俺初めて見た」
驚いた男に、他の冒険者が少し笑う。
「あとは食糧か……泥棒みたいになるけど、店のを集めるしかないかな」
俺が言うと、後ろから声がかかった。
「それは平気。あたしが一緒に行くから」
驚いて、振り返る。
オレンジ色の髪。
腰に下げたレイピア。
「ラムアル!?」
彼女は、真っ赤に腫れた目元を何度もこすりながら、少し居心地悪そうにしていた。
他の冒険者達も、ラムアルのことは知っているみたいで、重い空気が流れる。
それを断ち切ったのは、他でもない、彼女だった。
「……ごめん、ハルト…。あたし、混乱してた。……考えた、ディティアやグランに言われたこと」
「……うん」
「犠牲は厭わないって、すごく軽く発言してた。ううん、本当にそう思ってた。でも初めて…こんな形で家族が死んで…とにかくごめん。だから、あたしが前に立たないと。そうでしょ?」
その言葉は、誰が聞いても胸が抉られるような悲痛なものだったけど。
俺は、彼女に手を伸ばした。
「ありがとう、ラムアル」
彼女はおずおずと、最後にはしっかりと、俺の手を握った。
「あのね、ハルト。あたし、ディティアに証明しようと思う」
「ん?」
「心の痛みは、いつか治るって。……嫌いって言われたの、ちょっと堪えたからさー」
ぎこちなく笑う彼女に、俺は苦笑してみせた。
「そうだな。いつか、きっと」
そして、願わくば。
双剣使いが痛みを感じなくなるために、手助けがしたい。
そう思った。
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