心の痛みは治りますか。⑥
「こんなはずじゃ、なかったんだ…こんなはずじゃあ」
ぶつぶつと呟きながら、ふらふら走る皇子。
意識を切り替えたのか、ラムアルがその横で聞いた。
「ジャスティ!何があったの」
……ジャスティというらしい皇子は、呻いた。
「違うんだ、ラムアル姉さん。俺は、ただ……」
「だから!説明して!」
痺れを切らせて声を荒らげながら、ラムアルが問いただす。
ディティアが、その後ろで悲痛な顔をしていた。
「……刺したんだ」
「……え?何?」
「皇帝を、俺が、後ろから」
空気が、凍った。
******
「無事だったか!他のメンバーはどうした!」
ギルドではすぐにオドールが駆け寄ってきてくれた。
ラムアルとジャスティに気付くと、彼はすぐに小さな個室に通してくれる。
……ギルドには、この惨事に備えて残ってくれた他の3パーティーもいてくれて、逃げてきた一般人が所狭しとごった返していた。
彼等は全員無事だ。
避難民は、一様に暗い空気を纏っているものの、大きな混乱は回避出来ているみたいだ。
…オドールは、小部屋にフェンを連れて来てくれた。
「……フェン」
「がう」
任せて、とでも言われた気がする。
フェンは後ろで今も唇を噛み締めているディティアに、そっと寄り添った。
「ディティア。これからのこと、考える。手伝ってくれるかな?」
「……うん。ごめんなさいハルト君。もう、大丈夫」
気丈にも、彼女はエメラルドグリーンの眼をしっかり俺に向けて、答えた。
俺は頷いて、オドールに向き直る。
「何があった?」
聞かれて、俺は魔力結晶によって引き起こされた一連の状況を告げる。
大体のゾンビは倒したと思うけど、まだ残ってる可能性もある。
警戒はすべきだとも。
そして。
1番告げなければならないことを、俺は口にした。
「皇帝が……ゾンビ化した」
「何だと?」
即座に聞き返すオドールに、もう一度ゆっくりと告げる。
そこにグラン達が残っていることも、ジャスティが事情を知っていそうなことも。
ジャスティはまだ状況を話してない。
壊れた人形みたいに、同じ事を……こんなはずじゃあなかった、違うんだ……と、繰り返すのだ。
ラムアルは真っ青で、既にジャスティに聞くことを放棄していた。
「おい、坊主」
「……俺は、違う、俺は……」
「……」
ちっ、と舌打ちすると、オドールが動いた。
「この、戯け者がァーーーーッ!!」
強烈なゲンコツが、ジャスティの脳天に落ちる。
「うぐはっ」
「しっかりせんか!!お前は、ここにいる帝都民達が見えないのか!?」
轟く怒声。
オドールを見上げたジャスティの眼に、驚愕の色。
「話せッ、何があった!!」
その、細い身体の何処にそんな力があるのか。
胸ぐらに掴みかかり、揺するオドール。
その気迫に、俺もちょっと仰け反った。
「ま、魔力結晶と魔物の闘技場の話を…ダルアークが、持ってきて…」
恐れをなしたのか、少し冷静になったのか。
ジャスティは、恐る恐る話し出す。
「ダルアーク?それはなんだ!?」
オドールが聞き返す。
「最近、住み着いて…ゾンビ化した、集団だ。あれの、上の奴等が…俺を、皇帝にしてくれるって…」
「今日取引に来なかった奴等のことね?」
ラムアルがこぼすと、ジャスティは頷いた。
「今日、広場で皇帝が、死ぬ予定だった。けど、ダルアークは来なくて……レイスとか、ゾンビが来て…それで、紙が…」
「紙?」
「謁見の間で、皇帝を刺すよう、指示が…」
「……あんた……それで、本当に刺したの?」
ラムアルが、眼を見開く。
「だって…!俺は、次男だから……どうやっても皇帝に、なれないだろう!?」
「あんた馬鹿なの!?」
ラムアルが椅子を蹴倒して立ち上がった。
俺はその時、ジャスティが次男だということを知る。
「でもっ……皇帝が、俺が刺したのを見た後、笑って……いいだろう、倒せるなら、皇帝に、なれっ……て」
ガタガタと震え出すジャスティ。
「ま、魔力結晶に、背中から…刺したところから、わざと、倒れ込んで……ううう」
……俺はその場を思った。
自分を刺してまで皇帝になろうとする次男が、皇帝にはどう映ったんだろう。
ゾンビ化した自分を倒せる子供を、皇帝にする。
それだけの強さを示せと言いたかったのか、それとも。
無謀な息子を、自らの手で舞台から降板させたかったのか。
「兄さんと、トラスティが、剣を抜いた、のに。一瞬で…」
そこまで言った後、ジャスティはガタンッと立ち上がり、部屋の隅で吐いた。
「がはっ、……は、はぁッ、あんな、あんな化け物!!勝てるわけない!!!」
「っ、ジャスティッあんた―――!!」
ラムアルが腕を振り上げる。
「ひあっ」
ジャスティが、汚れた手で頭を庇う。
「止めろ、ラムアル」
俺は、思わず口にした。
「何でハルト!?ガルディとトラスティもっ、ルルとリリもっ……皇帝も、死んだのに!!化け物って何?何が!?皇帝なんだよ!?」
ガルディってのが長男で、トラスティが三男なのだろうと予想出来た。
……気付いてないのだろうか。
それはディティアが、ラムアルに言いたかった感情だってことに。
グランが諭した。まさにその内容だってことに。
「ヴァイス帝国は終わりよ……皇帝は倒せない……」
紅い眼に、涙が溜まる。
そして、絞り出すような声で、俺に告げた。
「あそこに残ったのは、無謀よ……きっと、もう……」
……。
俺は、その瞬間。
怒りが燃え上がるのを感じた。
「……まだ終わりじゃない…勝手なこと言うな。グラン達が、ラムアルを逃がした。皇帝の娘と息子を、逃がしたンだ!お前は皇帝の娘じゃないのか?ふざけるなよ、勝手に始めたくせに責任とらないのが皇族か!?帝国を守るのに犠牲は厭わないって言ってなかったか!?」
ダンッ!!
テーブルを叩いて、気持ちをぶちまける俺。
ラムアルは顔を歪めて、とうとうポロポロと涙を溢した。
「そんなこと、言ったって……」
「ふざけるな。絶対に終わりになんてさせない」
断言して、俺は立ち上がる。
「ディティア、立てるか?」
「うん、ハルト君」
頼もしい双剣使いが、俺の隣に立つ。
足元には、神々しくもある銀色の毛並みを持つ、フェンリル。
ラムアルとジャスティは、確かにギルドに逃がした。
待ってるだけなんて、やっぱり無理だった。
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