心の痛みは治りますか。④
ラムアルはそれじゃあねーと言って、足取り軽く去って行った。
改めてぐるりと見渡す。
ディティアがいるとしたら、一般人を守ってるはずだよな。
見渡してすぐに、彼女は見付かった。
広場の中程に、人が集まっている箇所があって。
通路ではなく、椅子に沿うようにしてたからわかりやすかった。
それを守るよう、通路を歩くゾンビ達を相手に舞う、小さな影。
「ディティア!」
呼んで、俺は駆けだした。
「……ハルト君!」
「速度アップ、浄化、浄化!」
バフを練り上げて投げる。
彼女の一撃はグランみたいに重くはなくて、速度に乗せて切り裂くものだ。
だから、浄化を重ねて効果を上乗せした。
「ありがと!……皆は?」
「上で戦ってる。ここを片付けたら、ヴァイセンに現状報告しに行こう」
「わかった。……だいぶ倒したけど、あとどれくらいいるんだろう…」
彼女の言葉通り、通路はゾンビ達の亡骸でいっぱいだ。
残り1体になったゾンビを斬り伏せて、彼女は汗ひとつない顔をぬぐう。
錆びた鉄のような臭いがいっぱいで、俺は唇を噛み締めた。
「ゾンビ化してるって気付いたんだな」
「うん、腹部に傷がある個体がいて。ザラスさんみたいに、魔力に惹かれて集まってくるみたいだね。……ゾンビ化させるなんて酷すぎる」
倒れたゾンビ達は、まだ人の形をしてるから。
立ち込める臭いが、流れる紅いものの臭いだったから。
だから、やっぱり嫌なものだった。
「何なんですか、これは何の悪夢……!?」
急に叫ばれて、俺は我に返る。
一時の安寧に、感情を弾けさせて縋り付いてくる人の肩を、俺はしっかり掴んだ。
「落ち着いて。敵が攻めてきたんだ」
まとまって怯えていた一般人達に、ゾンビ達は頭が悪いから、近寄らなければ気付かれないことを教える。
敢えて敵って伝えたけど、それが何なのか、誰なのか、俺にもよくわからない。
それでも、目の前のゾンビ化した人が敵だってことは、充分過ぎるほど伝わったみたいだ。
彼等は震えながら、安全な場所がわからない以上、この広場に残ると言った。
「こ、皇帝もいる。きっと、ここが安全だ」
縋り付いてきた男性が言うから、俺達は励ますように頷く。
「うん、何かあったら声出して。俺達もいるから」
ディティアに頷いて、通路を下る。
他の7本の通路から舞台に上がったゾンビ達を、ヴァイセンは力でねじ伏せていた。
「皇帝!」
ディティアが舞台に上がる。
皇帝はゾンビに大剣を叩きつけて絶命させると、ゆっくり振り返った。
「お前達か。つまらん余興になった」
心底つまらなそうに言い切る皇帝。
足元には、堆い亡骸が転がっている。
「つまらないって……」
ディティアが、眼を見開く。
「ディティア。…とりあえず、魔力結晶を飲んでた奴等がゾンビ化してる。正確には、誰かがゾンビ化させて回ってる。ラムアルがゾンビは旧市街の奴等だって断言してた」
ディティアを制して、俺は言葉を一気に吐き出した。
ラムアルの名を出したせいか、皇帝の後ろで魔力結晶を守る3人の男達が、興味深そうにこっちを見ていた。
「俺達はこのまま帝都のゾンビを倒して回る」
「いいだろう。後で城に来い」
「………」
俺は小さく頷いて、呆然と立っているディティアの手を引いた。
******
「はああ!」
ザンッ
ボーザックが切り裂いた傷口に、ファルーアの魔法が炸裂した。
煙を上げて、ゾンビが倒れる。
「こんなもんか?」
グランは注意深く辺りを見回し、敵がいないことを確認してゆっくりと力を抜いた。
合流した俺達は、旧市街方面へ移動しながらゾンビを倒して、廃工場跡地までやって来た。
一般人達はもうここにはいないのか、まるで廃墟みたいにひっそりしてる。
「飼われてた魔物達はどこだろう」
ボーザックが廃工場を見上げて呟く。
確かに、レイス以外の魔物は見てない。
「おっ、また会ったねハルト!」
そこに、建物の上から声がかかった。
「ラムアル!」
彼女はひらひら手を振ると、ぴょんと飛んだ。
結構な高さにもかかわらず、猫のように柔らかい着地。
そして、その後ろから髪の短い女の子と、髪の長い……同じ顔の女の子が同じように着地した。
「紹介するよ、あたしの妹。次女と三女は双子なんだ。ルル、リリ」
「はい」
「はーい」
呼ばれた2人はすくっと立ち上がり、こちらに頭を下げる。
オレンジ色の髪は皇帝一家のシンボルマークなのかも、とふと思う。
派手な頭で短い髪がルル、長い方がリリ。
2人とも、俺よりは小さいけど結構背が高い方だろう。
ファルーアと同じくらいかな…。
そんなことを考えながら、俺はラムアルに向き直った。
「ゾンビ達を倒しに来たのか?」
聞くと、ラムアルは頷く。
「そそ!でももういなそうだから戻ろうかな。皇帝も城に戻ってるみたいだよ」
どうする?と聞かれて、グランを見る。
グランは髭を擦って、ため息をついた。
「とりあえず行くぞ。面倒な手続きも省けそうだ。被害も確認する」
そうして、俺達は城へと向かう。
ディティアだけが、険しい表情だった。
「ハルト、街の状況は見た?」
「まだ全然。そっちは?」
「ざっくりだねー」
歩きながらも、ラムアルはまだ細身の剣、レイピアを右手にしていた。
血に濡れた刀身を見て、俺は重い気持ちになって、それからあれ?と思う。
「全然気付かなかった、最初弓矢背負ってなかったか?」
「お、いいこと言うね。あたしレイピアと弓の両刀使いなんだよ」
にっと歯を見せて笑う彼女。
果たして、それを両刀使いと言うのかは不明だ。
「……そっか」
笑う気持ちにはなれなくてそれだけ答えると、ラムアルはディティアに絡み出した。
「ねえ疾風!たくさんゾンビ倒した??」
……おいおい。
強張ったままの表情で、ディティアがちらりとラムアルを見る。
ラムアルは楽しそうに、ディティアの傍に近寄った。
「あたし、ひと山築いちゃったんだよ」
……。
ディティアの眉がぐっと寄る。
いつもは優しい表情が、ひどく辛そうに歪む。
「ラムアル」
見てられない。
俺は、ラムアルを呼んだ。
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