心の痛みは治りますか。③
「はぁっ」
斬り付けて、次のレイスを視界に捉える。
その間を、一般人達が駆け抜けていく。
くそ……!
焦る。
一般人達がばらばらに散らばり逃げ惑うせいで、レイスと戦っているのに不意に飛び出してきたりする。
「レイスから離れて!」
叫ぶが、混乱に陥った人々には届かない。
「いやあーーーー」
「わああーーーっ」
「くそっ」
襲われる人を見付け、駆け寄る。
その瞬間、俺は突き飛ばされて転がった。
「っ、く……」
何だ……?
土の味がする。
口元の泥を拭って跳ね起きると、口の端に泡を溜めた男が、血走った眼でこっちを見ていた。
「……ハルト!!」
襲われていた人を助けたボーザックがこっちへ来る。
そこに、男が短剣を突き出す。
「お、わっ!?」
ガギィッ
大剣で受け止めたボーザックが、踏鞴を踏む。
やっぱり隠し持っていたらしい。
「な、何こいつ……押し負ける……!!」
ただの短剣、それに押し負けるなんて、普通は考えられない。
これ、まさか……。
「魔力結晶のせいか……!?」
体勢を立て直し、肉体強化と反応速度アップをボーザックにかける。
オオオオオオ!!
彼方此方で、奇声が上がり始めた。
目の前の男も、突然獣のように叫び出す。
「なん、だよこれっ、おい、お前……」
血走った眼の男に問おうとする。
……けど。
「駄目だよハルト!……こいつ、何かおかしい!」
ボーザックが俺と男の間に割って入る。
正気を失っているようにしか、見えない。
さらに男は短剣を振り上げた。
……ガキッ
「っく、うう」
男の一撃に、ボーザックが飛龍タイラントの大剣で応戦。
押されることもないけど、押し返すことも中々出来ないみたいだ。
「こ、のぉーーーッ」
俺は双剣で割って入り、男の顎を下から柄で殴り上げた。
……しかし。
「ち、ちょ……!?」
ボーザックが弾いて離れる。
「は、ハルト!?ど、どういうこと!?」
俺も飛び離れて、目を見開く。
あんなに思い切り打ち付けたのに、男は普通に立っているのである!
「いやいやいや、有り得ないって!」
思わずボーザックに首を振ると、ボーザックも青くなった。
……痛みを感じてないのか?
でも……それにしても平然としすぎだろ!?
必死に頭を巡らせて、そこに辿り着くまでに時間は掛からなかった。
「……まさか、こいつ……?ボーザック、ちょっと耐えて!」
「わかった、任せといて!」
また斬り結ぶボーザックの横をすり抜けるようにして走り込み、俺は男の腹に蹴りを入れた。
勢いをつけたから、男は今度こそ転がって…。
「うあ…」
ボーザックが呻く。
男の背中に、深い傷がある。
それは到底、動けるような僅かなものじゃなかった。
…つまり。
俺は確信した。
「こいつ…ゾンビになってる……」
******
「グラン、グラーーン!!」
眼のイッてる女の一撃を盾で受け止めたグランは、顔をしかめて叫んだ。
「どうしたハルト!」
女とは思えない力で押してくる女に、グランは舌打ちをする。
何かがおかしい。
そう感じた矢先、ハルトの思わぬひと言が、耳に飛び込んできた。
「そいつら、ゾンビ化してる!!」
「あぁ!?」
思わず声が出た。
女を渾身の力で弾き飛ばし、駆け寄ってきたハルトと合流する。
「浄化!肉体強化!反応速度アップ!」
バフを上書きして、ハルトは息を乱しながら訴えてきた。
「レイスはあらかた片付いたみたいだ。でも、ゾンビ化した奴等が多い」
また斬り掛かってきた女を、ゾンビならばと今度こそ殴り飛ばす。
その背中に、致命傷があるのが見える。
「……胸糞悪ぃな」
思わず、悪態が零れた。
「こいつらを斬り歩いてる奴がいるってことだろ?いったいどうなってんだ……ハルト、他の奴は?」
「ボーザックは大丈夫。ディティアとファルーアはまだ…」
すると、少し向こうで炎の球が飛び上がった。
一般人はまだ全然逃げ切れていない。
辺りには泣き叫ぶ声が響いている。
「ファルーアは任せろ。お前はディティアを連れて皇帝に報せろ、いいな」
「わかった」
グランはハルトと拳を突き合わせ、ファルーアの元へと走った。
******
皇帝ヴァイセンは、今も舞台に上がっている。
それを広場の上から確認して、俺は辺りを見回した。
逃げる大人、家族とはぐれたのか泣いて座り込んでいる男の子。
酷い有様だった。
助けたいけれど、まだ敵が多すぎる。
ふらふらと歩くゾンビ達は、何処からか次々現れた。
助かったのは、ゾンビ化した奴等はものすごく頭が悪いって事。
近付きすぎなければ、目の前に人間がいることすら認識出来ないみたいだ。
……ただ、引き寄せられる様に魔力結晶の元へと行こうとするだけ。
「おーいハルト」
そこに、場違いな明るい声が響く。
わかってはいたんだけど、視線を走らせた。
「……ラムアル」
「やあやあ!無事で良かったよ。ひとり?」
オレンジ色の髪を手ぐしで整えながら、ラムアルが下の方から歩いてくる。
その途中に、うずくまって泣いている男の子。
彼女はすぐ傍にいたゾンビを無造作に斬り伏せて、笑った。
「坊や、そこにいても危ないから、自分で走りな?家くらいわかるよね?」
彼女は泣いてる男の子を左手で引っ張り上げて立たせた。
「う、うぇぇーーー」
さらに泣き出す男の子。
たぶん4~5歳くらいだろうか。
その瞬間。
ガッ!
「ほら、泣くな!お前はお父さんやお母さんが探しに来ようとして食べられちゃっても良いの?ん?」
いきなり頬を掴まれて、男の子は驚いたのか眼を見開く。
ラムアルはそこにすかさず笑いかけた。
「よおし泣くの止まった!さすが男だ。行け、恐い奴等からは出来るだけ離れんだよ。よし!」
ぽんと背中を叩かれ、男の子は走り出した。
俺は、少しだけ彼女を見直した。
「それで?ハルトはひとり?」
繰り返して問われて、俺は我に返って頷く。
「ボーザックとグラン、ファルーアはあっちだ。ディティアを見付けて皇帝に現状報告に向かうつもり」
「疾風!わあ、あたしも見たいなぁ。……そしたらハルト、ひとつ追加しといて、このゾンビ達、あたし達が様子を見てた旧市街の奴等だ。魔力結晶飲み過ぎて、埋め込んだのと同じ状態になっちゃってるみたい」
「……旧市街の?…なるほど、こんなにいたのか…」
それに、魔力結晶を飲み過ぎて、それが体内に埋め込まれたのと同じ状態になったってのは俺も考えてたところだ。
「ラムアル、俺からもひとつ。このゾンビ達を斬って回ってる奴……いや、たぶんひとりじゃないよな。奴等に心当たりある?」
ラムアルは眼をぱちぱちさせて、笑った。
「そんなの、どう考えても取引に来なかった奴等でしょ!下っ端を斬り捨てて、ついでに帝都を襲わせてる。……やられたって感じ。……ふふっ、でも見てハルト!ゾンビもやっつければあたし達の勝ちよ」
こんな状態でも笑っているのは、彼女が強いからなのか。
それとも、壊れているのか。
俺には、どうしてもわからなかった。
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