心の痛みは治りますか。①
ラムアルは、言葉を発せずにしばらく固まっていた。
やがて、疾風のディティアがふう、と小さく息をはき、空気が弛緩する。
酸素が足りなくなりそうな感覚を、ラムアルはそんなに経験した事が無い。
だから、深く空気を吸い込んで、目の前にいる小さな同性を凝視した。
……この人は、強い。
ぴりぴりと肌を焦がすようなプレッシャーだった。
喉元に剣先を当てられているような。
「……すごい」
思わず声が漏れる。
「え?」
間の抜けた声をあげた疾風のその小さな手を、ラムアルは思わず掴んだ。
「ええっ!?」
「すごい!疾風のディティア、全然わからなかった!」
「え、は、はい?」
「あんたそんなに強いのに、完璧に隠してた」
「ええ、えええ!?」
だいたい人の強さはわかるって思ってた。
隠していても、そういう臭いがするんだもの。
でもそうじゃなかった。
それがラムアルの心を刺激し、目の前の同性を格上げする。
「私達の強さは違っても、強いことには変わりないよね!一緒だ!」
「い、一緒……!?いや、あの、それはちょっと困る……」
結局のところ、ラムアルにとっては強さの考え方の違いなど、どうでもいいことだった。
******
最終的に、パレード当日の予定がざっくり知らされて、ラムアルとの食事は終わった。
「目出度い奴だったな……」
グランがぼやいている横で、ファルーアが頷いた。
「あの皇帝にしてこの子ありって感じね」
彼女の声の感じからすると、あまり飲まなかったみたいだな。
宿へと帰る道すがら、やけ酒?でテンションが上がりまくったディティアを介抱する。
ボーザックも今日は抑えてたらしく、全然眠くなさそうだ。
「ほら、ティア。こっちだよー」
「ふふふっ、わかってるよー」
「何か貴方達のそのやり取り、お花畑ね」
ボーザックはファルーアの冷静な突っ込みに眉をひそめる。
「ファルーア…そんなこと言ってないで手伝ってよ」
「あ、ハルト君見て~あのお酒美味しそう~」
「ディティア、今日はもう駄目だってば。帰るぞ」
相当混乱したらしいディティアは、何時にも増して酔ってる。
足取りもふわふわしてるし。
けれど、宿が目の前になった時、彼女はぽつんと零した。
「ねぇ、ラムアルと私、似てるのかなあ」
ぎょっとして、覗き込む。
「ディティア?」
彼女は、俺と眼が合うと、にへらーっと笑った。
「ふふ」
「おーいティア、早くおいでー」
「はーい」
……。
もしかして、無理してるのかな、あれ。
宿へと入っていく背中を見つめながら、俺は密かに呟いた。
「似てないよ。……全然」
******
パレード当日はすぐにやって来た。
オドールに話したのは昨日。
1日かけて、動ける冒険者を集めた。
「参加は自由、これはギルドの正式な依頼だ」
折れそうな見た目なのに、オドールには威厳がある。
彼はここで冒険者を篩に掛けた。
依頼は、パレード当日の見廻り、となっている。
基本的にはランダムでチームを組ませ、巡回させるって内容。
しかも、巡回経路は当日発表だ。
もしも敵が紛れ込んでいたら……という配慮らしい。
次に、残った冒険者にこう言う。
「皇帝ヴァイセンが暴走した場合、鎮圧に入れるか?」
さらにここで残った者に、翌日来るように伝えるという徹底ぶり。
そして、当日。
「本当の目的」を伝え、さらに篩に掛ける。
ここで、俺達白薔薇も合流した。
「……戦闘になるだって?」
残っていた冒険者の一人が、半信半疑で声をあげた。
「なるかもしれん、という話だ」
オドールはゆっくりと訂正する。
その冒険者は3人パーティーのリーダー格みたいだ。
仲間を振り返って、相談を始めた。
他にいるのは5組の冒険者達だ。
俺達を入れて、7組のパーティーが残っている。
「あくまで、俺達がするのは帝都民を守ることだ。そうするとその集団とやり合うことになる。……当然、対人だ」
グランがより突っ込んだことを話すと、ギルド内に重たい雰囲気が流れた。
「やめたいなら今よ、何か起きた場合に逃げるんじゃ遅いかもしれないわね」
ファルーアがさらりと冷たいことを言う。
でも、わかる。
中途半端な気持ちは、危険だ。
これがファルーアの優しさだってことに気付いたらいいんどけどなぁ。
「でも、皇帝ヴァイセンも戦うんだろう?」
帝都出身なのか、一人が言うと、何人かがそうだそうだと興奮した雰囲気を醸し出した。
「そしたら、負ける要素無いよな」
「武勲皇帝だしね」
ざわざわと空気が揺れる。
そこに。
「甘いことは考えるな。自分のいる場所に皇帝ヴァイセンがいないまま戦闘になったらどうする?」
オドールが釘を刺した。
確かにその通りで、また暗い雰囲気に。
「……あの、皆さん」
俺は……いや、皆は、声の方を振り返る。
驚いた……。
ディティアが、前に出た。
普段はグランが話すのを聞いているイメージだったし、意外だったけど。
考えてみたら彼女は元々、パーティーを率いるリーダー。
しかも、十二分に強いんだから。
これは、当たり前の行為だったのかもしれない。
「これは、戦闘になるかもしれない、っていう曖昧な依頼です。けど、戦闘になったら、貴方達が戦うのは魔物を狩るエキスパート達。彼等は珍しい魔物を狩っている集団です。聞いたことありませんか?法を犯しても実行する無法者達の話」
誰もが、口をつぐんだ。
ディティアはさらに一歩前に進んで、胸に右手を当てた。
「自分達だったら、それが出来ますか?珍しいだけじゃない、強い魔物を狩れますか?相手は躊躇いなく命を狙ってくるかもしれない。その時に、勝てる自信は?」
しん、と。
音が無くなった。
すう、と。
ディティアの呼吸さえ、聞こえるほどに。
「選んでください。これが最後です」
……。
…………。
残ったパーティーは、4組。
俺達を入れて、だった。
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