強さとは何ですか。④
ラムアルは上機嫌で話した。
魔力結晶の粉末を与えた奴等が、また薬を欲しがること。
段々、そのスパンが短くなっていること。
初期の段階で、恐くなって辞める人もいる。
特に、冒険者や一般人達はラムアルの働きかけで早々に足を洗わせていた。
だから、怪しい奴らは気付かない。
自分達が堕ちていることに。
闘技場で働かせているのもそのためだった。
目の前にある魔力結晶の粉の誘惑に、奴らは勝てないのだ。
「でもさ、最初に魔力結晶の粉のことを持ち掛けてきたのはその集団なんだろ?なのに、自分達が堕ちるかな?」
聞いたら、ラムアルはちょっと考える素振りを見せる。
「話したくないことなのかしら」
ファルーアがずばり言うと、彼女は何回か瞬きしてから肩を竦めた。
「まあ、話したくないっちゃないんだよね。……まあいっか。持ち掛けてきたのは確かに集団の奴。でも、そいつらは話をした後ぱったり連絡が途絶えてんだ-。だからさ、今残ってるのは集団の中でも捨て駒……超下っ端なんだよ」
「え?……じゃあ、その話をした人達は…もしかして同じように様子を見ているとかかもしれないよね?」
ディティアが驚いた顔をする。
その頬がほんのり紅い。
これは…あんまり飲ませない方がいいかもな。
「ほら、ディティア、お茶」
「あ、ありがとうハルト君」
右手でそっと髪を押さえながら、ディティアは左手でお茶のグラスを傾けた。
それを待って、ラムアルがからからと氷を鳴らす。
「うん、多分ね。……パレードのことって皇帝から聞いてる?」
「民を助けろとだけな」
グランがため息交じりに零す。
すると、持っていたグラスの氷がからりと乾いた音を立てた。
彼のグラスは空に近い。
「マスター、グランにおかわり!あと、あたしと……ハルトにも!」
すかさず追加したラムアルが笑う。
えー、俺、まだ半分あるんだけどー。
顔をしかめると、ラムアルはばちりとウインクをかましてくる。
絶対これ、懲りないやつだ。
「ったくもう……まあいいけど」
ぐいっと杯を空けると、彼女はまた笑った。
「あははっ、なら安心だ。……実はさ、そいつらを釣ろうとしてんだ」
喉が、灼けるように熱くなる。
「とりあえず、国宝を売ってやることにしてるんだ」
「ごほっ、と、とりあえずじゃねぇだろ!?」
グランが新しい酒でまた咽せる。
「まあ聞いてよ。そこに、連絡付かない奴等を引き出そうとしてんの。で、顔を見せたら……」
ついっ。
……!
ラムアルの細い指先に映える、赤い色を塗ってある爪に、俺は初めて気が付く。
その指先が、彼女自身の首を左から右へ滑った時、その血のような色が目に焼き付いた。
同時に、肌がひやりと冷たくなって、言葉を失う。
「殺すわ」
太陽のような明るさで、彼女は言い切った。
たぶん、俺だけじゃなかったはずだ。
こいつは、皇帝ヴァイセンの娘なんだと再認識したのは。
******
結局、皇帝ヴァイセンの思惑通りに進めば、帝都は一時戦場になるだろうと予想出来た。
その戦場で、一般人を守れと、皇帝ヴァイセンはそう言ったのだ。
「もう日も無いし、オドールにも伝えておいてよ。当日はあたし達も戦うしさ!」
明け透けにそう言う彼女は、やはり無邪気なまま。
一般人達は命を落とすべきではないと言うその口で、巻き込まれて命を刈り取られた時は仕方ないと平然と言い切った。
「あたし達姉妹は強いからね!見ててよハルト-」
「……え?いや、それは」
敵にはしたくない。
けど、納得も出来なくて。
……情けないことに、考えもしないで思わず応えてしまった。
「……ハルト」
すぐに、ラムアルの瞳が険しくなる。
ここで退いたら負け。
そう思って、なんとか目線を合わせた。
皆が息を呑むのがわかる。
……すると。
その、瞬間。
「それが普通だよ、ハルト」
彼女は微笑んだのである。
俺は何を言われたのかわからなかった。
「あたし達は皇族。ハルトは一般人。背負うものも、その重さも違う。だからあたしは人の死を……まあ、つまりは、帝都民の犠牲を躊躇わない。それがあたしの強さなんだよね」
「強さ……?」
「そうよ。犠牲を恐れてたら、いざって時に国は守れない。戦争がいい例じゃない?……いや、そうね。こっちの方がしっくりくる?……『大規模討伐依頼』」
「……っ!!」
思わず、ディティアを振り返る。
俺の浅はかな返しが、その問いを引き出してしまった。
「そう思うよね?疾風のディティア」
疾風の眼に映ったのは、何だったのか。
暗く、冷たい色で、ディティアがラムアルを見ていた。
「犠牲が出たとしても食い止めないとならない事もある。そうでしょう?」
ディティアは、手元の杯をゆっくりと飲み下す。
こくり、こくり、と小さく喉が鳴る。
ことん。
空になったグラスが、テーブルに置かれる。
誰も……ラムアルも、言葉を紡がない。
それ程に、彼女は研ぎ澄まされた双剣を突き付けているような、鋭い空気を発していた。
「……ラムアルさん」
「………何?」
「私は一般人です。ただのちっぽけな冒険者。だから言います……犠牲を出さずに切り抜けること……それを常に追い掛けるのが、私の強さだよ」
真っ直ぐ見据えられた、エメラルドグリーンの瞳。
それが、力強く輝いていて。
俺は、思わず…魅入られる。
「貴女の強さは、私の求める強さじゃない。……皇族のお遊びで帝都民が死ぬなんてあってはならない」
触れたら、痛みも無く切れそうな程、研ぎ澄まされた刃。
疾風のディティアの強さに、俺は憧れた。
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