強さとは何ですか。②
元来、ヴァイス帝国にはコロセウムがあった程、賭事が好きな国らしい。
流石にコロセウムは廃止されたが、魔物同士を戦わせて賭事を行うことは、度々ある。
その典型が、貧民街に出来た、廃工場跡の闘技場だ。
大きな闘技場の場合、魔物を帝都内に入れる危険を把握するため申請が必要になる。
武勲皇帝ヴァイセンは、申請してきた団体に興味を持った。
魔力結晶の話を持ち掛けられたからだ。
調べたが詳細は掴むことが出来ず。
それならと利用することにした。
魔物に埋め込むことで、結晶が大きくなる。
闘技場は魔物を戦わせ、魔力結晶に血を吸わせることが目的でもあった。
そして、育った魔力結晶を粉末にし、投与する。
一種の中毒症状により、身体能力が上がるらしい。
力には自信があった。
どんなに薬を飲んだ相手とて、勝てる自信があった。
だからヴァイセンは、事の成り行きを特等席で眺めることにした。
そしてその中で、死した魔物がゾンビのように起き上がるのを見る。
「…研究を進めれば、死者を蘇らせることが出来るとそいつらには言われたが。……お前はどう考える?愚民よ」
不敵に笑うヴァイセンに、グランは腕組みをした。
「愚民じゃねぇが答えてやる。ゾンビ化することが蘇らせることなのか?だとしたらもう一度死んでもらうしかねぇな。…自分の妻だとしても」
俺だけでなく、ボーザックもディティアも、身体を緊張させた。
きわどい台詞を堂々と吐き捨てるグランに、肝が冷える。
ヴァイセンは、鼻で笑い飛ばした。
「そうだ。我が妻の死を愚弄するあやつらは、万死に値する」
……ん?あれ?
相当間抜けな顔をしたみたいだ。
ヴァイセンと眼が合った。
「そこの。意外そうな顔をしているな」
「はっ?……あ、いや……うぐっ」
ファルーア、痛い。
ももの裏を抓るのやめてくれ!
「……っ、帝都で、噂になってた。知ってるんだろ?」
痛みをこらえて言葉にすると、皇帝は腕組みをしたまま答えた。
妻を生き返らせようとしている。
その噂だってことは、伝わるはずだ。
「言いたい輩もいるだろう。言わせておけばよい」
…そう、なんだ。
俺は、何だか気が抜けて、ほ、と息をついた。
そうなんだ…皇帝ヴァイセンは、それをよしとしていないんだな…。
「聞きたいことは終わりか?」
「……あとひとつ。魔力結晶をどうするつもりだ」
「まだわからんな。今のところあれは毒だ。帝都に蔓延させるわけにはいかない。……しかし使い道が見つかれば我が帝国の糧として利用する」
武勲皇帝はまた椅子に座ると、億劫そうに手を出した。
「そろそろ寄越せ」
そして慌てて前に出たファルーアから、書状を片手で掴んで読み上げると、鼻を鳴らす。
表情はやはり獲物を狙う獣みたいだ。
「製造方法か……成る程な」
「役目は終わりだ。俺達は帰る」
「この書状の返事は聞かないのか?」
「それは依頼にねえからな。勝手に答えてくれ」
グランがひらひら手を振る。
その瞬間。
武勲皇帝が、大剣を振り上げた。
……何の前触れも無かった。
「っ、……!」
グランが、白薔薇の大盾を咄嗟に構える。
俺はバフを練り、ディティアとボーザックは臨戦態勢をとる。
ファルーアのかざす龍眼の結晶が、煌々と燃えあがったところで……。
「……うむ、いいだろう」
大剣は、振り下ろされることは無かった。
代わりに、皇帝ヴァイセンはにやりと笑う。
「お前達を使ってやろう、白薔薇」
「…………はあ?」
思わずこぼれたグランの台詞。
ばくばくと心臓が鼓動する。
指先が冷える。
「報酬は、この書状への譲歩。全ては受け入れられんが、多少歩み寄ってやってもよい」
「………」
意味がわからない。
「……試したのか」
グランが、押し殺すような声で呟く。
「違うな。反応しなかったらそのまま息の根を止めた。殺そうとしたんだ、愚民よ」
「…………っ」
グランは、額に汗を浮かべていた。
それだけ、あの一瞬の動作が凄まじかったんだ。
「パレードとやらを開く日、我が愚かな民達を守れ」
「……なん、だって?」
皇帝は、お構いなしに勝手に話を進めていく。
「その日、恐らくあの集団は動く。我が国宝の結晶を狙ってな」
「どういうことだ」
皇帝は、多くは語らなかった。
ただ、こう言った。
「我が国の宝は、巨大な魔力結晶。餌は充分にくれてやった。そろそろ、薬が足りなくなる頃合いだ」
******
宿より先にギルドに寄った。
フェンの顔も見ておきたかったし、何より状況の整理が必要だったし。
机に突っ伏したボーザックが、グランに悪態をつく。
「ちょっとさー、グラーン。俺、死んだと思ったんだけどー」
「……んだよ、生きてるだろ」
その横でぐったりと椅子にもたれていたファルーアが、じろりとグランを睨む。
「馬鹿なの?挑発する奴がどこにいるの?」
「そっ、それは……舐められるわけにいかねぇと思って」
その向こうで、真剣な表情で双剣を見ながら、ディティアが言う。
「まとめてかかっても、敵わなかったかもしれないですね」
「……いや、勝てるだろ……勝てるよな?」
そして困った顔をするグランに、俺も付け足した。
「グラン、変な王族には好かれるんだな……」
「……!」
これには、皆が笑った。
「ははっ、はー、俺達生きてるー」
「ええ……何だか知らないけど生きてるわ」
グランはふんと鼻を鳴らした。
「悪かったよ……!」
とりあえず、ラナンクロストの依頼はこれで終了だ。
報告は帰ってからでいいだろう。
だから、俺達は目前の問題に集中しようと決めた。
まだまだ、真相は闇の中だった。
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