硬い盾が欲しいので。③
すみません、ちょっと早めに投稿です!
もう日も暮れたというのに、鍛冶士の職人気質といったら凄まじい。
大盾の鍛冶士、巨人のバル爺さんが呼び掛けると、来るわ来るわ街中から職人がやってきた。
総勢20人は超えている。
仕事中の鍛冶士でさえその仕事を切りよく終わらせて小一時間で集まるのだからとんでもない。
それだけ、今回の素材が気になって気になって仕方なかったんだろう。
ところが、さすが職人と言うべきか…素材を持ってきた俺達には目もくれず、並べられた素材を囲んでいく。
「これがっ、これが飛龍タイラント…」
「素晴らしい、龍眼の結晶など生涯で1度見られるかどうか」
そうして、口々に素材を見ては唸り、どう加工するのかを皆で話し出してしまった。
完全に、俺達は蚊帳の外だ。
「グラーン、俺達、ここにいる意味あるのかなーあ」
ボーザックが膝に頬杖をついて、職人達を眺めている。
俺も欠伸が止まらない。
グランも為す術が無いようだ。
「おおい、爺さん……」
呼び掛けには反応すら返ってこない。
ディティアとファルーアは、デザインについてどこまでが許されるのか見極めたいとか言って、職人の輪に身をねじ込んでいた。
よくやるなあ。
それから30分はしただろうか。
突然、バル爺さんが立ち上がった。
「よおし、それでいこう!」
うとうとしてた俺は、はっ、と顔をあげ、口元を拭う。
「何、何だ?決まった?」
「白薔薇、大剣の坊主、杖の姉ちゃん、お前らは採寸だ。双剣のお前と…んん?よく見りゃ疾風もいるじゃねぇか」
「えっ、あ、は、初めまして…?」
ディティアが驚いて文字通り飛び上がる。
バル爺さんには、心の中で「遅ッ」と突っ込んでおいた。
あと、グランが白薔薇と呼ばれてるのがじわじわくる。
「わしがお前さんを見たのは遠巻きに1度だけじゃったからなあ。疾風がいるなら危険もないじゃろ。2人で燃炭岩を採ってくるのじゃ」
「ああ?爺さん、燃炭岩切らしてるのか?…それなら俺達パーティーで行ってくるぞ」
グランが何時ものように髭をさする。
すると、バル爺さんがくわあっと目を見開いて反論した。
「ばかもん!お前は採寸だと言ったじゃろう!手に馴染み、身体の一部分になる武器じゃぞ!?甘く見るでないわ!」
「お、おお!?」
ただでさえグランより大きい爺さんだからか、怒鳴られると心臓がきゅっとなる。
グランもたじたじ。
周りにいる職人達も、若干縮こまって見えた。
他の鍛冶士は皆、普通の人間だから元々小さいだけかもしれないが。
「いいよグラン、俺とディティアで行くよ。…バル爺さん、俺達の革鎧のことも考えておいてくれるよな?」
「もちろんじゃ。……おっと、決して燃炭岩を切らしてる訳でない、純度の高い燃炭岩が欲しいんじゃよ」
「純度の高い?」
「そうじゃ。普段は使わないからわざわざ採掘もせん。鉱山はここから15分もあれば入口じゃから、そんなに手間もかけん」
バル爺さんは頭を撫でながら、とりあえず…と続けた。
どうでもいいけど、たぶん撫でるの癖なんだろうなあ。
「今日はもう休んで朝一番に採ってきてくれ。午後には打つぞ」
俺達はとりあえず頷いて、紹介してもらった宿へと向かった。
鍛冶士達も、ぞろぞろと帰っていく。
外はすっかり真っ暗だけど、やっぱり火の灯る色はあちこちから洩れ出ていて、何というか…闇に浮かぶ幻想的な光景。
夜になっても、カンカンという音は絶えず響いてくるんだと、宿の人が教えてくれた。
******
朝になって、俺とディティアは3人と別れて鉱山に向かった。
鉱山の入口からニブルカルブまでは線路が引いてあって、トロッコで燃炭岩を運ぶそうだ。
今日も鉱山で働く採掘士達がトロッコを往復させていて、鉱山へ戻るトロッコに乗せてもらうことができた。
トロッコは操縦する人が1人乗っていて、その後ろに大人3人が乗れば一杯になる大きさの木箱が4連になっている。
それがガロガロと不思議な音を立てながら、毎日何回も往復するそうだ。
「うわあ、私トロッコ初めて」
ディティアが楽しそうに手をたたく。
「俺も乗ったことないや。結構快適だな」
「うんうん。帰りも乗せてもらえるかなあ」
「どうだろうな…純度の高い燃炭岩がこの箱3杯分とか言われたっけ?」
俺は乗っているトロッコの縁をとんとん、と叩いた。
「うん!そうすると一箱余るから、もしかしたら乗れるように気を利かせてくれたのかもしれないね」
鉱山まではもう少しかかるらしいので、俺達は朝聞いた情報を確認することにした。
「鉱山の奥、普段は封鎖された坑道だったよな」
「うん。純度の高い燃炭岩は濃い紅って言ってたから、すぐわかるよね…?」
「そうだな、普通の燃炭岩はオレンジ色してたし。あとは魔物がいるって言ってたけど……あの話だけじゃ何の魔物かさっぱりだった。ディティアはわかったか?」
「うーん、私も確信はないかなぁ。真っ黒で飛ぶって言ってたから、コウモリみたいなのかなって」
「あーなるほどな。ジャイアントバットとかな…」
「うんうんー。あ、見えてきたよ!」
木々の間を縫うように走るトロッコ。
線路の先、枝葉の隙間から、人工の洞窟みたいなものが見え始める。
ガロガロガロガロ…。
俺達はトロッコに揺られながら、ニブルカルブ鉱山へと踏み入れたのだった。
******
「ハルト君…私は戦力外な気がします」
ディティアのはっきりした拒絶。
俺は双剣を構えて冷や汗をたらしながら、情けない声を上げざるを得なかった。
「か、勘弁してくれよー、俺だって嫌だよ…」
「だってどう見てもあの黒いの、虫のような何か…だと思うの」
採掘場のさらに奥、封鎖された坑道にそれは現れた。
採掘士の同行は無し。
一応線路は通っているのでトロッコを動かしながら来たところに、蠢く黒い塊を発見したのだが。
黒くて飛ぶという説明の魔物…は、俺達の想像をはるかに超えていた。
大きく膨らんだ腹。
発達したトゲのある脚…特に6本ある内の後ろ2本はいったん上に伸び、そこから折れて地面についている。
バッタのような脚だ。
頭からは長い触角。
…うえぇ、気持ち悪い…。
羽の無いコオロギとでも言おうか…サイズは1体が俺の半分強はある。
「あれさあ、飛ぶってさあ…」
カサカサッ
「…うあ」
こっちに気付いた、ように見える。
「うああああ!!?」
「きゃああぁぁっ!!」
バシーンッ!
こっちに向かって飛んだ、いや、跳んだそいつは、天井にぶち当たり目の前に落下してきた。
ひっくり返りガサガサしているおぞましさと言ったら、もう、やばい。
「いやあーーーっ、ハルト君!早く!早くやっちゃってぇえー!!!」
「ちょ、俺もちょっとこれはっ、うわあーーーー!!」
俺はもう恐怖とディティアに突き動かされて、双剣を振りかざした。
確か、バル爺さんが言っていた。
奴らは馬鹿だし強くは無いが、群れていることがあるから嫌なんだよ…と。
俺達は死に物狂いで燃炭岩をかき集め、半泣きで閉鎖区域を後にした。
******
「ぶっ、あはははっ、はー、あははっ」
「ボーザック!本当に、お前、感謝しろよな…」
ぐったりと椅子にもたれている俺とディティアに、戻ってきた3人は大笑いだった。
こっちは神経すり減らしたんだから、優しくしてほしいよ。
「しかし、バッファーの意味すら無かったみたいだなあ」
グランが笑う。
「ああ、何かこう、恐怖を薄くするバフとか学ぼうかなぁ…」
「魔法が使えたらよかったって、心から思ったよ、私」
どこか遠くを見ながらディティアが呟く。
笑いを堪えながら、ファルーアがその頭を撫でているが、そんなん慰めにもならないぞ…。
ここはニブルカルブの大剣の鍛冶士が構える鍛冶場。
ドラゴンの骨は、鉱石のように溶かして使う。
1度溶かすと一気に鍛え上げないとならないそうで、大盾、大剣、杖を同時に造るそうだ。
そこで、1番大きな鍛冶場であるここが選ばれたらしい。
ガラスの向こうでは既に鍛冶士達が準備を進めている。
グラン達も、採寸が終わりやることが無くなったので合流したと言うわけだ。
ちなみに、一世一代の大きな製造ってことで、俺達の他にもたくさんの鍛冶士がひしめいている。
知らない冒険者も交ざっている気がするな。
角と龍眼が運ばれてきて、彼等はザワザワと盛り上がりだした。
「楽しみだなあ、俺」
「ああ。硬い盾…早く試してぇなあ」
ボーザックとグランが、熱の籠もった瞳で見守っていた。
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