最高のバッファーいりませんか。
第1話だけ、かなり長めの構成です。
お時間ございましたらお付き合いくださいませ!
2話以降、そんなに長くありません。
毎日更新中です。
よろしくお願いします。
冒険者は、養成学校の3年間を経て資格を取り、パーティーを組んで初めて冒険に出ることを許される。
満15歳から養成学校に通うことが出来、1番若くて18歳で旅に出ることが可能だ。
養成学校は各地に設立されていて、俺の生まれた街にももちろんある。
俺は15歳で養成学校に入学、気の合う仲間同士パーティーを組んで、18歳で冒険に出た。
冒険者になると、各地のギルドで依頼を受けることが出来るようになる。
魔物退治、素材の調達、遺跡や未踏の地の調査が主な依頼で、それをこなしながら世界中を旅するのだ。
それから6年。
パーティーメンバーの誰ひとり欠けること無く、順調な冒険者生活を送っていた俺は、久しぶりに皆で里帰りをしようとしていた。
故郷から2週間ほどの距離にある小さな町に辿り着いたのが昨日だ。
旅のついでにと、ギルドでいつものように依頼を物色していると、隣に誰かが立つ気配。
何の気なしに見ると、肩程までの濃茶の髪の女性がそこにいた。
ぼんやりした表情で、依頼の張り出された掲示板を見上げる彼女。
……見覚えが、あった。
「……ディティア?」
彼女の名前が、こぼれる。
すると、エメラルドグリーンの瞳を見開いて、彼女が振り返った。
「え…?」
「あ、あぁ、ごめん…俺は――」
養成学校の同級生は400人を超えていたが、彼女は有名だった。
双剣の使い手の彼女は、女性にしては珍しい部類の前線で戦うタイプ。
疾風のディティアという2つ名も冒険者として有名になるほどで、つまりは強かったのだ。
確か、女性ばかりの5人でパーティーを組んでいたと思う。
「俺は、わからないとは思うけど――」
「ううん、わかるよ…ハルト君。同級生だよね?」
思いも寄らぬ言葉に、俺が驚いてしまう。
まじまじ見てしまったが、ディティアは思い出の中の溌溂とした様とは全く違い、顔色も悪く哀しげな表情をしていた。
「驚いた、名前も覚えてくれてたのか。ちょっと嬉しいかも」
笑ってみせると、彼女は目を伏せて、そっか、と頷いた。
「……あ、えっと……パーティーメンバーは?」
自分のパーティーメンバーは先に宿だったが、彼女のメンバーもそうなのだろうか。
何の気なしに発したその質問は……地雷だった。
「あ……その、私……」
何かが、ぷつんと切れたのか、それとも決壊してしまったのか。
突然、ぽろぽろと零れだした涙。
俺はさーっと背中が冷えるのを感じた。
「うえっ、わ、わあ!?ど、どうした?大丈夫……!?」
エメラルドグリーンの瞳から、とめどなく溢れる雫。
焦って慰めようとしたものの、そんな簡単にはいかなかった。
******
「あの、ごめんハルト君」
少し落ち着いたのか、俺が買ってきた紅茶のカップを両手で包んだ彼女は、ほう、と息をついた。
「ううん。ごめん、無神経だったみたいだな」
泣きながら彼女が語ったのは、パーティーメンバーが自分以外全滅した事実だった。
大規模討伐依頼。
一定の力量を得た冒険者は、その証に認証カードを貰うことができる。
そして、その認証カードによって難易度の高い依頼も受けることが出来るようになり、その最も有名な依頼が大規模討伐依頼だ。
凶暴な魔物――例えばドラゴンのような巨躯の魔物や、何百と群れを成した魔物の討伐を、何十組のパーティーで協力して行うものである。
俺のパーティーメンバーも全員カード持ちだけど、その依頼を受けたことは6年間で1度だけ。
難易度の高い依頼だけあって、リスクが高いのだ。
しかし彼女は疾風のディティアという2つ名を持ち上げられ、どうしても参加してほしいと頭を下げられることが多く、数々の大規模討伐依頼に参加させられていたという。
彼女のパーティーメンバーの4人は後方支援職で、基本的には安全だったのだが…悲劇は起きた。
討伐対象であった知恵の回る魔物の群れは、後方支援部隊を奇襲したのである。
討伐自体は成功したものの、近年まれに見る大被害のその討伐依頼は、冒険者の間で今も話題になっていた。
確か、ほんの一月前の話だ。
俺もその話題は知っていたけど…それに参加していたなんて。
俺は沈黙の中、彼女の腫れた瞼にいたたまれなくなって、聞いた。
「依頼、受けようとしてたの?」
「え?…ああ、そう、だね。何かしてないと…壊れちゃいそうだったんだ…でも、もう」
「…そっか。あのさ、もしかして故郷に帰ろうとしてた?」
「……うん」
「そしたらさ、一緒に行こう。俺も……俺の仲間も、帰るところなんだ」
他のメンバーも、きっとわかってくれるはずだ。
俺の提案に、ディティアは2回、瞬きをした。
******
俺のパーティーメンバーは俺を入れて4人。
もちろん、ディティアの同行は満場一致で受け入れられた。
前衛の大盾グラン。
鍛え上げられた筋肉のいかつい体付きで、しかも187センチという切り揃えた髭の大男。
紅い髪と赤い眼が近寄りがたい。
白いつるりとした大きな盾を持ち、魔物をぶん殴る姿は相当恐いくらいだ。
前衛の大剣ボーザック。
背はそんなに無いがそれをカバーする大きな剣と俊敏さを売りにした、黒髪黒眼の男。
そうだな、170センチくらいだろう。
その背と同じくらいの剣が、凄まじい速さで繰り出されるんだ。
中衛のバッファーの俺、ハルト。
金に近い茶の髪と、蒼い眼。
程々に鍛えた身体で背は180センチとそこそこ。
バッファーっていうのは、仲間や自分に強化魔法をかけて、自分も戦ったりする…まあ正直とてつもなく地味で不人気な職である。
後衛のメイジ、ファルーア。
長い金髪と俺と似た青い眼の、さばさばした紅一点。
女性にしては高身長、ボーザックより高い。
俺達のパーティーでは唯一長距離からの攻撃が可能で、多彩な魔法を操ることが出来る。
全員同級生だけど、グランが6つ上、ファルーアは2つ上で、ボーザックと俺が同じ年齢だ。
ディティアも同じ年齢だとわかって、少し打ち解けたあたりで、故郷まであと1週間程度の距離になった。
何かとディティアが気になっている俺を、グランがこっそり茶化してきたりする平和な道程。
一緒に旅を始めて2週間が過ぎているが、天候も安定していて、魔物も襲ってこない。
けれど、ディティアはあまり笑うこともなく、ずっと元気が無いまま。
そんな中、広い森に差し掛かったあたりで、俺達は放棄された屋敷に行き当たり、あわよくば一夜の宿にするつもりで調べることにする。
「放棄されてしばらくしているみたいね」
ファルーアが外観を眺めながら言うと、剣を降ろしたボーザックが辺りを窺った。
しんとした森で、鳥の声すらしていない。
「あぁ。あんまり雰囲気が良くない。警戒しろ」
グランはごつい腕で切り揃えた髭をさすり、大盾を構えた。
「ハルト、バフ頼む」
「ああ」
手をかざし、ボーザックとグランに肉体強化のバフを。
ファルーアには接近された時のために反応速度アップのバフをかけ、ふとディティアを見る。
そっか、臨戦態勢になるのは初めてだっけ。
「私はバフはいいよ、ハルト君はいつも通りにしてて」
「いや、そうもいかないだろ。俺、一応バッファーだからさ……何もするなって言われると居場所がないよ?」
「あ……ええと、そっか、それじゃあ……速度アップとか、できるかな」
「おう、任せとけ」
「……うん」
シャアンッ
……そう澄んだ音を響かせ、彼女は自然な感じで双剣を抜いた。
ゆるりと降ろされた両手に光る剣を、俺はまじまじと見つめた。
磨かれた刃。
これが、疾風のディティアの双剣か。
「行くぞ」
グランの声に、俺達は屋敷に踏み入った。
ガァンッ
鈍い衝撃音と共に、魔物がはね飛ばされる。
グランの大盾が、そのいかつい身体からは想像出来ない速さでぶん回される。
ボーザックが大剣で一回り大きな魔物を切り伏せると、魔物にファルーアのとどめの氷魔法が襲いかかる。
屋敷には狼を大きくした魔物と、ゴブリンの上位種であるゴブリンホーンが居座っていた。
広いホールに出たところで、奴らが襲いかかってきたのだ。
ディティアはまるで風のように、ひらりと身を踊らせながら魔物を切り裂いていく。
はっきり言おう、魅入られてしまうほどだった。
しかし、ディティアの着地した先にボーザックが切った魔物が吹っ飛ばされ、そこにファルーアの魔法が向かってしまう。
「ディティア!!」
俺が叫ぶと、ディティアはまるでわかっていたかのようにくるりと側転、魔法は無事に魔物に炸裂し大事には至らなかった。
やがて全ての魔物を倒し終わり、俺はファルーアに駆け寄った。
「おいファルーア!さっきの魔法、危なかっただろ!?後衛なんだからもっと前衛に気を配れよ」
「……はあ?」
ファルーアは長い金髪をはらうと、俺をじろっと睨む。
「……あんたねぇ、ハルト。私が間違ったみたいに言うけど、そもそも……」
「ファルーアさん、すみませんでした」
「え」
後ろからの声に振り返ると、ディティアが頭を下げていた。
俺は驚いて言葉につまる。
ファルーアも、黙ってしまった。
「ハルト君。ファルーアさんは、ハルト君のパーティーの後衛よ。前衛に合わせてサポートするのが役目なの。私は……一緒にいさせてもらってるだけで、ファルーアさんが慣れた戦い方に踏み入って迷惑をかけたの。だから、ファルーアさんを怒るのは間違ってる」
「う」
「後衛がいてくれるから前衛が…がんばれるの。だから、前衛は後衛を守らないといけないの。それを……」
しまった、と。
俺は思った。
後衛を、亡くしたディティアの前で。
俺は、最も言わせてはいけない彼女に、それを。
「後衛に、気を配るのは、私だったの、ハルト君」
言わせてしまった。
言わせてしまったのだ。
言葉が見つからない。
背中を向ける彼女を、ディティアを引き留めようと、手を上げたけど…。
「―――」
何も、出来なかった。
部屋から出て行った彼女。
ファルーアは、ため息をついてから、俺の頭をぱこっと殴った。
「馬鹿ハルト。行きなさいよ、ディティアが可哀想」
「全くだ。ディティアが心配なのはわかるが、お前も落ち着け」
グランにも苦笑されて、俺は情けなくて頭を下げた。
「……ごめん、ファルーア、皆も」
「あんたのその馬鹿正直な素直さは気に入ってるわ。さっさと仲直りしてきなさい」
******
ディティアはバルコニーでぼんやりと空を見ていた。
気付けば既に夕暮れで、茜色の空はどこか幻想的で。
まるでそのまま彼女が溶けていきそうに見えて、俺は思わず手を伸ばして、その腕を引っ掴んだ。
「う、わあ!?」
全く無防備だった彼女は俺が引っ張るがままになって、目を白黒させた。
「ごめんディティア」
「えっ、ええっ!?」
「………だってさあ……ごめん」
何言ってるのかわからくなったけど、それでも謝ろうと必死だったんだ。
2週間経って漸く打ち解けてきたと思ったところだったのに。
彼女は俺に怒っているわけじゃなく、自分が仲間を守れなかったことに、ひとり絶望しているんだって感じて。
俺はたまらなくなって、思わずディティアの小さな背中ににそっと手を回す。
「……!?」
硬直する彼女。
「なんかさあ、ほっとけないんだもんお前。もう少し、俺達と歩み寄ってよ……」
「えっ、な、何っ、ハルト君っ!?」
「辛いのもさ、わかってやれなくてさ。だけど笑えるように手伝うからさ……」
「え、えぇと……」
「もっと俺達に頼ってくれないか?」
そのまま、ディティアが息をのむのを聞いた。
俺は背中に回していた腕を緩め、彼女の頭をわしわしと撫でる。
柔らかくてすべすべした髪。
彼女は俺よりずっと強い疾風。
でも…ただの女の子だ。
「……は、ハルト君……私は……」
「悲しい、と、思うし、辛いだろうとも思うから……せめて、ひとりにならないでさ。今は……きっと誰かといるべきだよ。よしよし……そんなに気張らなくていいし、ちょっとくらい、この頼りない胸は貸すからさ」
「――っ、もぉ、ずるいよ……」
所在なさげだった彼女の腕が、俺の背にしがみつく。
今はきっと、誰かに寄り掛かるべきなんだ。
******
落ち着いたら、彼女は熟れたりんごみたいになった。
目すら合わせてくれないから、思わず笑ってしまう。
「あははっ、なんだ、ディティアって可愛いんだな!」
「なっ、何言ってるの!?」
「いや、そんな真っ赤なってさ。よしよし」
「ひゃあぁ!?も、もう大丈夫だから!その、撫でるのとか、恥ずかしい…」
「うっわあ、ほんと可愛いな!小動物みたいだ」
「~っ!ハルト君!それ褒めてないからね!?」
もお、と膨れる彼女は、少しだけ、学生だった頃の溌溂とした表情に近くなった。
嬉しくて、俺は素直に彼女を可愛いと褒める。
皆の前でもそうしたら、後で、ボーザックに無神経だと怒られ、ファルーアには叩かれた。
……何でだろう……。
******
「おおー我が懐かしの故郷」
丘の上に見える街並み。
俺達の故郷は6年経った今でもそんなに変わっていなかった。
丘陵が広がるこの地帯では1番大きな街で、少し離れた川から運河を作って水を確保している。
「そういえば、帰ってからどうすんのー?」
ボーザックが思い立ったように言うと、ファルーアも首を傾げた。
「そおねぇ、とりあえず家には1度戻りたいし……10日くらいゆっくりするのはどうかしら」
「そうだな。よし、10日後の昼にギルドに集合で、各自自由行動」
グランが決めて、皆頷いた。
俺達のパーティーは最年長で盾を担うグランがリーダー的な存在だ。
だから当然のようにそうなったけど、そこでふとディティアはどうするんだろうと思った。
「ディティアは、この先どうする?…冒険者、続けるのか?」
「私は……そうだね。まだ、決めてないけど……他に出来ることもないから」
哀しそうな顔で、双剣の柄をなぞる彼女。
俺はそっか、とだけ頷いて、少し考えた。
それなら、またパーティーメンバーを集めることになる。
疾風のディティアであれば、名の知れたパーティーもこぞって仲間にしたがるだろう。
彼女なら、もっと有名になって、仲間を守り、守られながら数々の冒険をする。
……そっか、俺達とは、街に入ったら……。
「あれ」
変だな。
心臓の辺りがぎゅーっと締め付けられるような感覚。
俺……ディティアと離れるの、嫌かも。
「……」
思ってもなかった気持ちに、戸惑う。
「ハルト君?どうかした?」
「あ、ううん。何でもない。……それじゃあ着いたらとりあえずギルドに行く?」
「うん、そのつもり」
「俺もちょっと依頼の確認したいから、一緒に行こう」
「わかった」
ギルドまで。
そこまでが、俺とディティアの行動できる僅かな時間。
切なさだけが、心の中で渦巻いていた。
*****
「皆さん、ここまで本当にありがとうございました」
街の入口で、ディティアは俺達を前に頭を下げた。
殆ど戦闘も無く帰ってきたから、疾風のディティアを見た回数は少ない。
それでも、充分過ぎるほどの強さを見せてもらって、グランが唸ったほどだった。
「まあ、なんだ。元気でな」
そのグランが、髭をさすりながら言う。
ディティアは、少しだけ微笑んで見せた。
「今は無理だろうけど、普通に笑ってもいいってこと、覚えておいてね」
ファルーアがそう言って、彼女の両手を包む。
ディティアは口を引き結んで、涙をこらえようとしている。
「ふぁ、ファルーア……」
いつのまにかさん付けもしなくなっていた彼女を、よしよしと撫でるファルーア。
「また会うことあればさー、声、かけるよ」
ボーザックが恥ずかしそうに言うと、ディティアはうんっと頷いた。
そして。
「ハルト君、私を一緒に連れてきてくれてありがとう」
俺を見る、エメラルドグリーンの瞳。
ファルーアの名残で少しだけ潤んだ、宝石のような綺麗な眼。
俺は不覚にも込み上げるものがあって、さっと背中を向けた。
「ぎ、ギルドまでは一緒だろ!」
それを見た仲間から、笑い声があがる。
俺達は、歩き出した。
「ハルト君、学校の模擬戦って覚えてる?」
「え?ああ、10人ごとに組まされたやつ?」
唐突な話題だったから、俺は答えながら思い返す。
よく、覚えていた。
成績に直結するって話だったから、ちょっと本気を出したのだ。
俺達バッファーは、絶対数が少ない。
仲間や自分に強化魔法をかけて、自分も戦う中途半端な中衛。
通常、バフは2個目をかけると1個目に上書きしてしまうので、強化できることは限定的な上に、無くても戦えるのだからその微妙な立ち位置たるや情けない限りだ。
バフを使えても、前衛として戦う奴等の方が圧倒的に多い。
敢えてバッファーを名乗るのは、つまり自分があまり強くないか、使えるバフの種類が多いか、だいたいはこの2種類だろう。
けれど、俺は……ちょっと特殊で。
バフを重ねてかけることが出来たので、バッファーを極めることにしたのである。
ただ、3個以上かけると、バフが切れたときの肉体への負担が酷かったので、普段は重ねがけが出来ることは一切表に出さないようにしていた。
ちなみに、冒険者養成学校に入る前に俺自身で実験したことなので間違いない。
パーティーメンバーにはさすがに話してあるが、重ねたのは強敵と出くわした数回だけである。
……そんな俺のバフを、その模擬戦ではこっそり自分だけ二重にかけたってわけだ。
「ハルト君、すごく強かったの。そこでバッファーっていう職に初めて興味を持って…それで名前を覚えたんだよ」
「え、強い?俺が?」
「うん。それからも機会があればバッファーの戦い方を見てたりしたんだけど、模擬戦のハルト君だけはずば抜けてた。それで――ある日、大規模討伐依頼でね、重ねがけ出来るバッファーに出会ったの。その人の2つ名は重複。それで思い当たったんだけど、ハルト君、もしかして重ねてバフをかけられるんじゃない?」
「……!驚いた…俺の模擬戦だけでそこまで?」
「あ、やっぱりそうなんだ。…どうして隠してるの?」
少しだけ困ったような顔をしたかもしれない。
彼女は慌てて、言いたくなかったらいいと言葉を重ねた。
「バッファーに2つ名持ちがいるのも知ってたけど、俺はそんな大それたもんじゃないし……何より、あんまりたくさん重ねると、後遺症が残ったりしちゃいそうだから」
答えると、彼女の目は見開かれた。
「……え?たくさん、重ねる?」
「うん。俺は3個までやってみたけど、2~3日動けなくなった」
「……!!」
何をそんな驚くんだろう。
まあ、ちょっと珍しい表情だからいいけど。
呑気に考えて見ていると、ディティアは俺の服の裾を掴んで、立ち止まった。
「ハルト君、重複の2つ名の人はね、2個までしかバフを重ねられない。私、それより多くかけられる人を知らないよ」
「…え」
「ハルト君、実はそれ、すごいことなんじゃあ…」
「そ、そうなの?」
「うん。ハルト君、きっと2つ名も重複よりもっと格好いいのがついて、引っ張りだこになるよ…」
そこまで言って、ディティアは息をのんだ。
「…あ、ごめんなさい…そうだ、そしたらきっと、私みたいに…」
2つ名があれば持てはやされて、難しい依頼への参加要請が多くなる。
その結果、彼女の仲間は亡くなった。
「…ごめん、そうなったら、もう少し…一緒にって、思って…」
絞り出すような声に、俺は彼女から意識をそらすことが出来なくなった。
彼女は、仲間をほしがっているのだ。
「……ディティア」
「せっかく会えたから!元気も分けてもらえて、私、嬉しかったから、ごめんね」
あはは、と笑って、彼女はまた歩き出した。
ギルドは、すぐそこ。
俺の気持ちは、中途半端な状態で前に進めないままだった。
******
結局、何も伝えることが出来ずに、ギルドを後にした。
疾風のディティアは、彼女を知る冒険者達の目にとまり、すぐにざわめきが辺りを包む。
俺はそこで、それじゃあ、とだけ。
ディティアは、最後に…優しい笑顔を浮かべ、頷いた。
******
実家の両親は元々冒険者だったため、俺がふらっと帰ったのを快く歓迎した。
冒険の話も聞きたそうだったけど、ちょっと休みたいと伝えて部屋に籠もる。
ディティアのことが、頭から離れない。
疾風の2つ名で、頼りにされてきたディティア。
頼られて受けた依頼で、仲間を亡くしたディティア。
同じように2つ名があれば、何かを共有出来るかもしれないと、彼女は思ったのだろうか。
それとも、ただ仲間でいられる理由を探していただけだろうか。
だとしたら、俺は、それを突き放したのかな。
彼女を仲間にするとしたら、まずは皆の承諾が必要で。
それから、彼女の2つ名によって頼られる依頼をどうするのかも考えないといけない。
けど、彼女の力は相当だから、俺達といてもどれだけ助けられるんだろう?
戦うときの陣形だって変えなければならないし。
堂々巡り。
「ハルト、お客さんだけどー」
母さんの声で、我に返る。
気が付けばあっという間に日が暮れて、部屋が暗くなっていた。
お客さん、と聞いて、彼女を思い浮かべてしまう辺り、かなりきてるなあ…。
居間に向かうと、そこには…グランが窮屈そうに座っていた。
「グラン…?」
「おお、邪魔してるぞ」
「何だ、どうかした?」
母さんがお茶だけ出して席を外してくれる。
グランは礼を言って、向き直った。
「疾風の噂、かなり広まってるな。ここに来るまでにもかなり耳にした」
「ああ…ギルドに着いた時からざわざわしてたからなぁ」
遠い昔になってしまったような、切ない感情が込み上げる。
ディティアの、最後の笑顔がはっきり浮かんだ。
「何か、言ってたか?」
「え?ディティアが?」
「他に誰がいる」
俺は…少しだけ考えてから、ギルドまでの道程で彼女と話したことを、ひとつひとつ、伝えた。
模擬戦のこと、バフのこと、名前のこと。
彼女が、一緒にっ、て言いかけたこと。
何も言えなかったこと。
「ハルト、お前へたれだな」
「な、なんだよ急に」
「お前、有名になる気はあるのか?」
「ええ?…バフのこと?…う、ん…どうかな」
「俺は有名になるぞ」
「えっ、そうなの?」
「ボーザックも、ファルーアもだ」
「は、え?」
グランはぽんぽんと言葉を投げて、最後に、1番強力なのを落とした。
「疾風をパーティーメンバーにしたい。その相談にきた」
「は、はあ!?」
「…意外か?」
「当たり前だろ!」
「お前が難しく考えすぎなんだよ」
「いや、だって簡単には…!」
「つまり、反対か?」
「それは無いけど!?」
グランはそこまで聞くと、たまらなくなったのか笑い出した。
くそ、なんだよこれ。
「ディティアの荷物になるのは嫌なんだよ!だから、仲間にするなら皆で、難易度の高い依頼とかどうするのかも相談しなきゃだし!強くならないと、だし…陣形だってさあ…」
捲し立てたところで、グランの笑いは止まらなかった。
むしろますますエスカレートしてさ。
「仲間にするなら、そもそももっと早く俺に言うべきじゃない?」
情けないことに、俺の最後の呟きは今日1番の笑いとなった。
******
ギルドのパーティー募集掲示板は、まさに疾風向けで埋まっていた。
数時間でこれだ、彼女の知名度が相当だってことを改めて実感する。
いくつかは聞いたことがあるパーティー名、何人かは2つ名持ち。
俺はグランの指示で彼女を探しながら、募集掲示板への記載もすることになった。
「でも俺達、パーティーメンバー募集したこと無いから…考えてみたらパーティー名とか無いぞ」
掲示板の前で途方に暮れる。
そもそも、名前があっても彼女が気付かないだろう。
俺はやけくそになって、用紙にでかでかとこう書いた。
『ディティアへ。
最高のバッファーと、仲間の笑顔、いりませんか?』
彼女を探すため、俺は用紙を貼った掲示板に一瞥をくれて踵を返した。
「飯屋に疾風がいた」
「武器屋で女性の双剣使いを見た」
「公園で疾風が瞑想してた」
目撃談なのかなんなのか、そこら中で疾風の話が聞き取れる。
俺は自身に聴力を上げる(実際は五感が増す)バフをかけて街を奔走していた。
行ってみても既にディティアはいないし、そもそも彼女の家なんて知らない。
養成学校にも行ってみたが、疾風の実家は教えられないと貼り紙がされていた。
…誰かが先に聞きに来たらしい。
がっくりと肩を落とす。
もうだいぶいい時間だし、今日彼女を見付けるのは至難の業かもな…。
ギルドで待ち伏せる方が得策か…。
ため息をついて、ギルドに向かう。
ギルドはいつ冒険者が来てもいいように24時間開いているため、待ち伏せるなら併設された食堂の席を確保しないと。
しかし、そう上手くはいかず。
皆、考えることは一緒だったのである。
席なんて空いてるはずもなく、壁際にまでずらりと冒険者が並ぶ。
嘘だろ…。
すると、その壁際から声がかかった。
「ハルト」
「うお、ボーザック…お前も張り込み?」
「そう。グランから聞いた。見付からないの?」
「うん…」
「…これは、難しいかもしれないね」
「ごめん、俺が先に言っとけば良かった」
ごった返す冒険者、冒険者、冒険者。
ボーザックと壁際に突っ立って、その隙間を、真っ黒なローブを頭からすっぽり被ったメイジがよろよろと進んでいくのを眺める。
「どこにいるんだろうね」
ボーザックが呟く。
「……うん」
俺が目で追っていたメイジが、パーティー募集掲示板の前で立ち止まった。
可哀想に、疾風宛ての募集ばっかりで困り果てることになるだろう。
それとも、疾風への募集を貼りたいのかもしれないな。
自分の貼ったデカ文字の用紙が、ここからでもわかる。
きょろきょろと掲示板を眺めていたメイジは、ふと動きを止める。
「って、おいおい」
何故かメイジが俺の用紙を剥がし、まじまじと眺め始めた。
悪戯にでも、思われたのかもしれない。
物珍しい用紙ではあったけど、それ持ってかれるのもちょっと恥ずかしい。
俺は慌てて人混みをかき分けて、掲示板のメイジに向かった。
そして。
「ごめん、それ、俺の出した募集なんだ。それでも真面目な募集だから…」
「…っ」
びくりとして顔を上げたメイジと目が合う。
ぽろぽろと涙が溢れるその顔に、ぎょっとした。
俺は、無言でその手を掴み、ギルドを後にする。
…ボーザックを置いてきたが、それどころじゃなかった。
家まで連れ帰ってしまったメイジ。
そのローブの下にはいつもの軽装備を着込んでいた。
フードを外せば、濃茶の髪がさらりと肩にかかる。
居間で座らせると、母さんがまたお茶だけ出して席を外してくれた。
「あー、あのー、キミは、疾風のディティアさんですか?」
何か言わなきゃと思って言うと、瞳を濡らしっぱなしの彼女はぶんぶんと頷いた。
「驚いた…まさかメイジのふりしてるとは。…探したよ」
「わ、私も…その、驚いたぁ…」
泣きながらそんなことを言うので、俺は困った挙げ句その髪を撫でた。
「初日もこんなだった気がするなあ」
「違うよお、今日のは、嬉し泣きだもん」
「おー、やっぱ可愛いこと言うなあ」
「ハルト君の馬鹿」
馬鹿って…ファルーアが移ったんじゃないかな。
俺は彼女の髪を撫でたまま、少し笑ってしまった。
その手には、まだ例の用紙がぎゅっと握られている。
「あのさ、ディティア」
「…はい」
「最高のバッファー、いらない?」
「……!」
「今ならなんと、一緒に有名になる仲間があと3人付いてくるよ」
「う、うぅ―――っ」
彼女は突然立ち上がり、俺にぎゅっと抱き付いた。
「疾風の2つ名持ちの、双剣使い…貰ってくれませんかぁ…」
彼女の涙は止まらない。
俺はそんな彼女を抱き締めて笑った。
「よし、決まりだな!」
こうして、俺達の冒険は始まった。
彼女を迎え入れたことで、俺達のパーティーがどんどん有名になっていくのは、これからだ。
作品名が出てこない①話目です。
すみません…。