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第三話 『口』

 錬金用品店『Pua Pues』は王国(アテュー)に居を構える店だ。 東国(トゥッソ)西国(テザム)南国(プヌス)北国(プジョン)の中央に位置するアテューは5国の中で最も気温・気候に変化が無い。 とはいえ、他4国に比べた場合の話であるので、夜間・早朝の寒さも日中の暑さも砂漠らしい気温と言えるだろう。

 さて、そんなアテューの夕刻。 エララが帰ってから数時間後のシルルの様子を見てみよう。


「……ぉいひぃ……」


 エララの忠告もどこへやら。

 シルルは羽毛布団へ包まり、ぬくぬくと眠りこけていた。


 錬金用品店『Pua Pues(パーパゥス)』。 休日午後も、勿論休店日である。














『お母様? エララ姉に私の事チクったらしいじゃないですかぁ、なんでですかぁお母様ぁエララ姉にチクったら面倒になるの見え見えじゃないですかぁせめてムムル兄にしてくれたらよかったのにぃエララ姉はだめですよぉエララ姉もう帰りましたけどチクるならチクるで魔通信(つうしん)入れてくださいよぉなんのための遠隔通信なんですかぁどうせお母様の方には負担ないんだからぁ疲れるのはノクク達だけなんですよぉわかってるんですかぁわかってるんでしょうねぇこの水晶玉もっと改良してくれませんかぁあと砂防薬もっと生産できませんかねぇ』

「……エララにチクったのはアンタの話が長いから。 ムムルとは話す機会が無かったから。 通信入れなかったのはアンタが面倒だから。 水晶玉の改良はやってあげてもいいけど代償が必要。 砂防薬も材料が必要、とはいえ増やせても上限は10」


 はぁ……と大きく溜息を()きながら受け応えるシルル。 彼女が魔通信を使いたがらないのは主に、現在通信中の相手である女性、ノククが原因である。


『えぇ~お母様ノククの事嫌いなんですかぁそうじゃないのはわかってますけどぉムムル兄とも会ってあげてくださいよぉあんなナリで寂しがりなんですよぉムムル兄はぁあんなナリにしたのはお母様ですけどねぇ怒らないで下さいよぉ通信切らないでってぇ水晶玉の改良は早めにお願いしますぅでも代償ってなんですかぁ何人分ですかぁ材料は言ってくれれば出しますよぉ10なら十分ですぅ』

「話が長いから疲れるだけで嫌いじゃないわ。 ムムルは忙しいみたいだから全然来ないのよ。 水晶玉の代償は人間じゃなくていいわ。 竜の心臓2個とディルディアルディアーの角、あとガーウィの羽毛。 竜種はなんでもいい。 砂防薬の材料は拳大の赤水晶ね」


 髪を弄りながら答えるシルル。 基本的に面倒くさがりである彼女は、話の長いノククの話を聞くだけで相当な疲労になるのだ。


『それ人間より大変なんですけどぉディルディアルディアーとかテザムにはいないですよぅそれこそナナシの管轄じゃないですかぁ竜だってそう簡単にはいないですぅその辺飛んでるんだったら撃ち落としますけどぉ蜥蜴じゃダメなんですかぁほらイソハニトカゲとか大きいですよぉガーウィならいっぱいいるんで用意できますけどぉ』

「……そうだったわね。 テザムはガーウィを……いえ、ラングリーズの体毛を生産してなかったかしら?」

『してますよぉラングリーズいっぱいやってますよぉもしかして羽毛布団が入用ですかぁっていうかもしかしてガーウィの羽毛欲しがったのは羽毛布団のためなんですかぁだったらこっちで仕立てて送りますけどどうですかぁ』

「……いいわよ、それで。 心臓も角もいらない。 けど、最高品質の物を用意しなさい」

『わぁ本当ですかぁ! ……そこの君ぃ、今すぐラングリーズの最高級羽毛布団発注ねぇ! 国費からでぇ!』


 ラングリーズは鳥の身体にマングースの頭という生物だ。 非常に良質で温かい羽毛が取れる一方、同族であろうとなんだろうと近づいた者には喧嘩を吹っ掛ける好戦的な生物である。 どうやってそんなものを生産しているのか。 それはテザムの最重要機密らしく、外部に漏れる事は無い。

 あまりに噂が漏れないので、実はそんな生物いないのではないかという都市伝説まで広まる程だ。


「じゃ、ちゃっちゃとやっちゃうから少し離れなさい」

『はぁい』


 (おもむろ)に立ち上がるシルル。 

 立ち上がった彼女は右手を水晶玉へと翳し、


Ufantaj(ワンフタージュ)


 と呟く。 

 直後、カシャンという軽い音と共に――水晶玉は消え去っていた。

 否。 水晶玉の在った場所に……大量の砂が落ちている。

 一瞬にして砂と化したのだ。


Neq(ネック) the() japaim(ジャパイン)


 更にシルルが呟く。

 すると、次の瞬間にはシルルの手の前に水晶玉が構成されていた。


『相変わらず意味わかんないですねぇけどぉおおおぉすごいですぅさっきより全然楽ですぅその錬金術おしえてくださいよぉ』

「嫌よ。 アンタは魔法があるでしょ?」

『ですけどぉそっちのが便利じゃないですかぁエララ姉もムムル兄もお母様も使えてずるいですよぉあと赤水晶は羽毛布団と一緒に郵送しますぅ』

「なら、その使者に渡せばいいかしら?」

『なんだったら私が向かいますよぉって痛い! なんですかぁってなんでここにいるんですかぁあああ!?』

『お母様? 私がお布団をお届けします。 最短で恐らく明後日になりますがどうでしょうか』

「平日の昼間はダメよ。 というか、エララがいるならエララに創ってもらえばいいじゃない。 赤水晶があればエララでも作れるでしょぉ? 帰ってくるときにエララが羽毛布団持って来ればいじゃない」

『えぇ~それだとエララ姉に仮が出来ちゃうじゃないですかぁエララ姉は早く帰ってムムル兄とイチャイチャしててくださいよぉわ、わぁ怒らないでくださいよぉ』

『お母様? ではそう言う事で。 私はノククにしっかりと躾をしますね』

「がんばってー」

『助けてお母様ぁ』


 通信が切れた。

 

「ふぅ……疲れたぁ……」


 錬金用品店『Pue Puas』は午後も休店日である。















 ミミル王が治める国、東国(トゥッソ)

 砂漠に生えたジャングルというアンバランスな国土を持つこの国の住民は主に樹木に家を吊り下げる、つまりツリーハウスと言った形で生活している。 砂漠に直に建っている建物は城壁に併設された検問所と王城だけであり、特に法律的な問題はないが暗黙の了解で皆ツリーハウスの形式を取る次第だ。

 ちなみに樹には()バンナという果物が生る。 黄土色で、幾つもの房を持つ栄養のある果物だ。


 さて、そんなトゥッソの検問にて少々の騒ぎが起きていた。


「坊主、名前言えるか? あ、水飲むか?」

「水……お願いします……」


 四人ほどの無精髭の兵士に囲まれた、大きな外套を纏った少年。

 見た目の年は10に届くか届かないか程度であり、勿論そんな子供が1人でいるというのは珍しい。

 もっといえば、この少年はトゥッソの東から来たというではないか。

 トゥッソの東にはただただ広々と砂漠が広がるばかりであり、決して人の住まう場所ではないというのが兵士たちの認識だった。


「んぐ……」

「すまねぇな、坊主。 お前みたいな子供はすぐにでもベッドに寝かせてやりてぇんだが……俺達も仕事なんだ。 水飲んだらでいい、名前、教えてくれねぇか?」

「んぐ……」


 少年はコクンと頷く。 だが、余程喉が渇いていたらしくゴキュゴキュと喉を奮わせて水を飲み干していく。

 兵士たちはぷはぁ、と少年が良い飲みっぷりで水筒の水をのみ干すまで、ざっと5分ほどかかったような錯覚に陥った。 それほど良い飲みっぷりであり、かつ大事そうに味わって飲んでいたからだ。


「よし、飲んだな。 坊主、名前と年齢、出身国言えるか?」

「……えと、名前はメメル。 年齢は数えで9だったと思う。 出身国……はよくわかんないけど、俺の棲んでた村はウアルジュってトコだったよ」

「……トコだった?」

「うん……。 何日か前かは覚えてないんだけど……朝起きて、人の気配がしなくて……厨房に行ったら、いっぱい砂があって……。 俺、びっくりして村長呼びに行って、でも村中砂だらけで、村長の家にも砂があって……」

「……そりゃ」


 4人の兵士達の脳裏に浮かんだのは同じ言葉。

 砂人病。 

 しかも、


「ウアルジュ……って、確かミミル様が……」

「あぁ、これは報告案件かもしれん」

「おい坊主、ってことはお前……1人で砂漠を越えてきたのか?」

「うん。 『泣くな、水が勿体無い。 歩け、時間が勿体無い。 足掻け、命が勿体無い』ってのが俺の村に古くから伝わる言葉なんだ。 だから俺、泣かずに歩いて来たんだ。 でっけぇ魔獣が出たけど、ちゃんと足掻いたんだぜ。 俺、偉いだろ?」


 力なく笑う少年、メメル。

 彼と同じくらいの娘を持つ兵士ポポルは胸が苦しくなった。


「なぁ、ミミル様に報告するまでの間……この坊主、ウチで預かってもいいか?」

「は? いや、そりゃ構わないが……」

「偉いぞ、坊主。 いや、メメル。 だがよ、子供は泣きたい時に泣いて良いんだ。 休みたいときに休んでいいんだ。 足掻く必要なんてねぇ。 大人が守ってやるから。 だからよ、メメル。 お前……ウチで暮らさねえか?」

「おっちゃんの家? でも……」

「おっちゃんじゃねえポポル……いや、パパと呼べ。 んで、あれだ。 ほら、抱き着いて来い。 んで泣け」


 腕を広げるポポル。 だが、メメルはきょとんとした表情だ。


「ポポルのおっちゃん……? けど、泣いたら水が勿体ねえって……」

「水なら俺が出してやる! トゥッソじゃ珍しい魔法使いなんだぞ、俺は!」

「ま。魔法って……?」

「魔法も知らねぇのか! 水よ(ウルト)!」


 ポポルが何かを呟くと、ポポルの掌に2つの水球が生まれた。

 それをジャグリングしはじめるポポル。


「す……すっげぇ、どうなってんだソレ!」

「ははは、どうだ? 興味出ただろ。 んじゃ続きは俺の家で……って事で、お前らすまんが今日は頼んでいいか?」

「今度砂バンナのコンポートな。 それで手打ちだ」

「俺はビアでー」

「俺もー」

「あいよ! んじゃ行こうぜ、メメル」

「おう! それもっと近くで見せてくれよ!」


 いつの間にか水球を1つに合わせたポポルは開いた左手でメメルと手を繋ぎ、歩き出す。

 向う先はA4-22区上階にあるポポルのツリーハウスである。


 他兵士3人は、その2人の後姿を温かく見守っていた。


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