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第二話 『ノ』


 錬金用品店の……というよりは、錬金術師の朝は早い。

 朝霜を採取したり、凍った砂を採取したりする必要があるためだ。 

 錬金術師の必需品たる氷室は中に入れた物をそのままの状態で保存する事が出来るが、凍らせてくれるわけではない。 それ故に、錬金術師たちはわざわざ早い時間に起床して凍りついた砂を取りに行く必要があるわけだ。


 シルルも勿論その1人……と言うことは無く。

 

 朝の寒さが苦手なシルルは、ガーウィーという全長8mあるガチョウから取った羽毛布団に包まって、ぬくぬくと惰眠をむさぼっていた。

 

 錬金用品店『Pua Pues』。 休日は休店日である。









 カランカランというドアベルの音で、シルルは目を覚ました。 正確に言えば何時間も前から起きていたのだが、羽毛布団の温もりから脱出できずに半覚醒状態にあったのだ。

 しかし、シルルは羽毛布団の中で首をかしげる。


 今日は休日のはずなのに、と。


 ドアを開けて入ってきた何者かは足音を隠すわけでもなく、一直線にシルルの寝室に向かってきていた。 それでもなお、シルルは羽毛布団から出ない。 例えこれが侵入者であっても、この温もりとは離れたくなかったがためだ。 


 だが、何者かはあろうことかシルルの布団を引っぺがした。


「やっ! ふとんかえして!! さ、さむい……」


 何故か幼児退行したような口調で抗議するシルル。 ちなみに時刻は12時になっていて、外の気温はそれほど寒くなかったりする。


「だめでーす。 お母様(・・・)はお仕事が無いとすぐ食事を抜いて、だらけるんだから……。 ご飯を作ってあげますから、ちゃんと起きてください」


「起きるから返してよー!」


「返したら寝るでしょう? 私が帰るまで没収です!」


「あぁ……」


 シルルの家に侵入してきた何者か。

 白金色の長い髪を棚引かせ、エメラルドグリーンとダークグリーンのオッドアイを持った、長身で美しい女性。 

 女性は自らの影に羽毛布団を落とし、羽毛布団はずぶずぶと影の中へと沈んで行ってしまった。


 がっくりとうなだれるシルル。


「これでよし。 お昼ごはんは何がいいですか?」


「うぅ……ガーウィーの唐揚げ……」


「また油ものですか……。 わかりました。 10分少々待っていてくださいね」


「寒いわ……エララぁ……」


「外へ出れば、お日様がサンサンと輝いていますよ」


「外になんか出たら砂になって散ってしまうわ~」


「お母様なら大丈夫です」


 それだけ言って厨房の方へと向かった女性。

 彼女の名はエララ。 この王国で、それなりに重い役目を背負っている女性である。










「はふ……ん~、美味しい。 やっぱりガーウィーのお肉は美味しいわね」


「お母様もお料理練習してみたらどうですか? 錬金術だけに頼ってないで……」


「最近は代金の代わりにお弁当作って来てくれる子が来るからいいのよ。 えーっと……多分1209代か1210代の子」


「その代の人間であれば、既に年齢は300を超えていると思われますが……?」


「えっ」


 はしたなく突き刺した唐揚げごとフォークを落とすシルル。 

 すぐに拾い上げるが、ポンチョの裾に油の痕が付いてしまった。


「……そんなに?」


「はい。 若い方であれば、恐らく1217代目ではないかと」


「ほへぇ……」


 拾い上げた唐揚げを食べるシルル。 シルルが左手でポンチョを摩ると、そこには既に油の痕は無くなっていた。

 左手にフッと息を吹きかけるシルル。


「お母様、今日はその件で来たんです。 お食事中ですみませんが、砂人病の件について、」


「んー、あへはへんかいひゃはは、んぐ。 仕方ないのよ」


「……飲み込んでからで大丈夫です」


 マイペースなシルル。 しかし、エララも特に起こることは無い。

 呆れはしているようだが。


 急ぐことはせず、ゆっくりゆっくりガーウィーの唐揚げを味わうシルル。

 その姿を、エララはシルルが食べ終わるまで優しい瞳で見つめていた。








「ふぅ……ごちそうさま」


「お粗末様です。 それでですね、お母様」


「砂人病ねぇ。 対処法も対策法も無いわよ。 砂防薬だってひと月5つまでが限界だし……私達3人で5つずつやっても15。 どうしたって足りないわ」


「……やはり、一度滅ぶしか道はありませんか……」


「仕方ないんじゃない? 耐久限界って奴よ。 むしろ、1200……17代? も保っただけすごい方でしょ。 私としては今お店に来てる子……2人くらいはそれなりに大切に思っているけれど、それ以外はどうだっていいわ」


 ズゴゴゴーと大きな音を立てながら果実水をストローで吸うシルル。 寝て起きて直ぐの唐揚げ故に、非常に喉が渇いていたようだ。

 飲み干してはエララが注ぎ、飲み干してはエララが注ぐ。


「『よく水を飲む事』が本当に一番いい予防策だってみんな信じないのだもの。 信じないで砂になって、私からしたら世話無いわね、くらいの感想しかないわよ」


「……私もムムルも言っているのですがね……。 簡単すぎる予防策だと、何故か信じようとしないのです」


「そのために私は砂防薬、なんてもっともらしい名前付けて売ってるんじゃない。 それっぽさと強迫感の追い込みがなきゃ、人間は目の前の物を簡単に信じたりしないわよ」


「……では、もう1つの件について」


「相変わらず切り替え早いわねぇ」


 ようやく喉が潤ったのか、椅子の背もたれに体を預けてだらーんとするシルル。

 結果エララを見上げる形となり、その胸部装甲に目をやってペッと唾を吐くふりをした。


「こちらも砂人病の件ですが……その前に、お母様はウアルジュという農村を知っていますか?」


「知らないはずがないじゃない。 アンタ達の生まれ故郷よ?」


「え……あぁ! ウアルジュは、ワールユの事ですか!」


「それで? そこがどうしたって?」


「あ……はい。 先日、ワールユの住民が全員砂人病に罹り、一夜にして姿を消したそうです。 ミミルが自ら確認に行ったそうですが、やはり人間の姿は無かったとのことでした」


「……そう。 ま、どうせ水を飲まない日が続いたんでしょ。 生まれた場所はあそこだけど、現在のウアルジュに特に思い入れなんて無いし……。 それがどうしたの?」


「い、いえ……一夜にして全員が消える、というのに違和感を覚えまして……」


「うーん、単純に耐久限界なだけじゃないかしら。 ぶっちゃけ、3代目以降の子達の事はよくわからないのよねー。 ナナシがそこらへん研究してなかったかしら?」


「それが……絶賛引きこもり中、という事で……。 北国(プジョン)から救援要請まで来ています。 行かれたりは……」


「嫌よ、北国(プジョン)なんて。 余計寒いじゃない」


「そうですよね……。 では、引っ張り出してくれて構わないと返しておきます」


 さて、と一息ついて立ち上がるエララ。

 時刻は15時。 そこまで長い時間居たわけではないが、恐らくそろそろシルルが眠りこけたいだろうとエララは判断したのだ。


「では、帰ります。 ……たまにはお城へ遊びに来てくれてもいいんですよ?」


「私は一介の錬金術師なのよ? それに、歩くのがめんどくさいわ。 あと羽毛布団返して」


「はぁ……。 ちゃんと夕飯も食べるように。 いいですね?」


「頑張るわ~」


 羽毛布団がエララの影から出現する。 それを見たシルルはぐわしと羽毛布団を掴み、引き抜いて包まった。 椅子の上で。

 そのままぬくぬくと温まるシルル。

 しかし、あ! と言って自ら羽毛布団を脱いだ。


「? なんですか?」


「これこれ。 これ持っていきなさい」


 そう言ってシルルがエララに手渡したのは、銀色の小包。

 シルバインという鰐の革で包まれているようだ。


「これは?」


「新しく作った精りょ、媚薬よ。 最近暇してるんでしょ?」


「なななななななな!? なんでお母様がそれを!」


「壁に耳あり障子にメアリーよ」


「誰ですか、それ……。 いえ……ノククですね!?」


「愚痴がうるさいって愚痴を私に吐いてくるのよ。 だから、これでパーッとヤっちゃいなさい。 ……あら、今子供を作ったら2代目になるのかしら?」


「久しぶりにノククのお尻を叩いてきます! ついでにナナシも引っ張り出す!」


「あー……。 頑張ってー」


 銀の小包(うけとるもの)はしっかりと受け取り、エララはドアベルを鳴らしながら出て行った。


 錬金用品店『Pua Pues』の休日の1ページである。


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