01 見習い魔女のヴェークヴァルテ
日曜日はキクニガナ
月曜日にはヒメハナワラビを摘んで
火曜日はクマツヅラを
水曜日のセイヨウヤマアイも忘れずに
木曜日にヤネバンダイソウを加えて
金曜日のシダでできあがり!
***
一週間の歌は、魔女の見習いが最初に教わる魔女薬学の基礎の基礎だ。
登場するのは、魔女にとって大きな意味をもつ六種の薬草。
これらの薬草は、ちゃんと指定された曜日に摘まないと、最高の効果を引き出すことができない。
だから摘みにゆく曜日を間違えてしまわないよう、魔女はこの歌を歌うのだ。
けれどこの歌にはもう一つ、大きな意味がある。
それはこの材料を全て混ぜ合わせると、魔女にとって大切な『魔女の軟膏』が出来上がるということだ。
魔女の軟膏は、魔女が空を飛ぶための薬。
人間は魔女がホウキを使って飛ぶなんて勘違いをしているけれど、空を飛ぶのに重要なのはこの軟膏の方だ。
一年に一度、四月三十日のヴァルプルギスの夜に、魔女はこの薬を体中に塗ってブロッケン山にある魔王の城へ飛んでゆく。乗り物はさまざまだ。古式ゆかしくホウキに跨る魔女もいれば、細長い火掻き棒だったり、或いはブタや雄山羊で飛ぶ魔女もいる。結局乗り物は何でもいいのだ。
そしてこの軟膏で無事ブロッケン山に辿り着くことが出来れば、それは一人前の魔女の証。
私、見習い魔女のヴェークヴァルテは、今年こそ一人前になろうと魔女の軟膏づくりに勤しんでいた。
「ええと、ここにすりおろしたキクニガナの根を入れて……」
間違えないように、慎重に慎重に工程を進める。
去年も一昨年も軟膏づくりにチャレンジしたけれど、私は空を飛ぶことができなかった。
私の住む魔女の里で、半人前の魔女は私一人だ。
魔女の里で生まれ育った私は、物心ついた時から四月三十日の夜はいつも置いてきぼりで寂しい思いをしてきた。
だから今年こそ! と、否が応にも気合が入る。
魔王の城で、魔女は悪魔たちと一晩中踊って過ごすのだという。
五月一日に里へ舞い戻る魔女たちは、いつもその夜のことをうっとりと聞かせてくれるのだ。
人を惑わすために美しい姿をしている悪魔たちは、魔女にとっては頼りになる親戚のようなもの。
なにより、生まれてこの方女しかいない里で育ったので、一度ぐらい男というのを見てみたい!
そういうわけで、今年はヴァルプルギスの夜のひと月も前から、軟膏づくりの練習をすることにした。
けれどそれでも、練習できるのは四回だけ。
一度摘んでしまえば、薬草は一週間保たないのだ。
だから毎週それぞれの薬草を摘んで、調合できるのは金曜の夜。その次の土曜日は魔女の安息日だから、全く働いてはいけない。
それに魔女の軟膏を作るのは、ヴァルプルギスの夜の前の最後の金曜と厳しく定められている。
だから軟膏をつくるための練習を、他の魔女に知られるわけにはいかないのだ。
「これで……完成のはず……」
出来上がった緑色の生薬を、私は恐る恐る見つめた。
きちんと粘り気は出ているし、色も綺麗な深緑色だ。
ごくりと唾を飲む。
見た目はよさそうだが、塗ってみないことには成功だか失敗だか分からない。
『いいかいヴェークヴァルテ。魔女の軟膏は、ヴァルプルギスの夜以外は絶対に使っちゃいけないよ』
私に魔女薬学を教えてくれた師匠のアデリナが、怖い顔でそう言っていたのを思い出す。
なぜと聞いたが、アデリナは理由を教えてはくれなかった。
ただ絶対にダメだとだけ、叱りつけるように言った。
しかし目の前に折角魔女の軟膏があるのに、それを試すことが出来ないなんて!
私の気持ちは揺れた。
もしこの軟膏が失敗ならば、ヴァルプルギスの夜までに何が悪かったのか研究しなければならない。
だっていよいよ当日になって、やっぱり失敗でしたとなったらまた一年待つしかないのだ。
失敗すれば今年も一人さびしく過ごすのかと思ったら、とても耐えられそうになかった。
私は意を決して、その軟膏を試すことに決めた。
(ちょっとだけなら、大丈夫だよね?)
ほんのひと匙、掌に掬い、まくり上げた腕に摩り込んでみる。
肌はあっという間に緑色に染まり、少しだけピリピリとした感触があった。
けれども足が浮いたり体が軽くなったりというようなことは全然ない。
(やっぱり、失敗だったの?)
悲しくて、俯いたその瞬間。
足元にあったはずの物置小屋の気の床が、なぜか土に変わった。
驚いて辺りを見回してみると、さきほどまで散らかった小屋の中にいたというのに、今は白い霧濃い場所に、一人ぽつんと立ち尽くしている。
「え? なにこれ……」
私は呆然としてしまった。
だってそこは、見たこともない場所だったから。
白い霧の中に、ところどころごつごつとした岩が見える。
私のいた魔女の里は、森の奥の緑豊かな場所だ。
けれど辺りには、木が一本も生えていない。
ただごつごつとした寂しい岩場で、私は途方に暮れた。
その時だ。
「そこでなにをしている!」
後ろから、ぴしゃりと鋭い言葉が飛んだ。
びっくりして、心臓が慌ただしく飛び跳ねる。
振り向くと、霧の中に恐ろしいほど美しい人が立っていた。
「なにをしていると聞いている!」
血の気の失せた白い肌。濡れた烏のようなブルネットの髪。そしてそこから生えた角は、雄山羊と同じく丸まっている。妖しく光る瞳はガーネット。口の中にちらりとのぞくのは、明らかに人とは違う牙だ。
その人物はぞくりとするほど美しかった、確かに美しかったけれど―――……背丈は私の腰にも届かないような、ほんの小さな子供だった。