選択
「これは、これは。王女様…いや、今はもう女王陛下、ですな」
国王の座を狙い王族の暗殺を企ててきた有力官僚たちの、
その筆頭の官僚が、部屋に入ってきた私を見るなり言った。
豪華な椅子にどっかりと腰掛け、
他人を見下したような目には、鋭い光。
頭が切れる故の傲慢さ。
私は直感的にそう感じた。
私は男に床へと降ろしてもらうと、
迷いのない足取りで、その官僚の前へと歩み出た。
私に見下ろされるのを嫌ったのか、官僚はスッと立ち上がった。
「…我が名はロッダ」
冷たい声が私に降りかかる。
「さあ、その記憶を私によこせ。
私こそ、国王にふさわしい…!」
自信に満ち満ちた言葉。
私には、理解できない。
この人は、“生きる意味”が欲しくて国王になりたいのだろうか。
そのためなら、誰が犠牲になっても構わないのだろうか。
もっと言うと、この国全体が犠牲になっても…
あるいは、王座を得ることで、自分の存在価値を高めたいのだろうか。
王座を得れば“幸せ”になれると思っているのだろうか。
様々な疑問が私の頭の中を駆け巡る。
しかし。
しかし………
この人と話しても、分かりあえはしないだろう。
根本的に、この世界に畢竟自分は必要のないものである、
ということなどに思い至るはずもない人だからだ。
そうだとするならば。
ならば、私は、自分にできることをしよう。
できるだけ、皆の役に立つことを…
「あなたに記憶をあげることは、可能です」
私は静かに言った。
それを聞いたロッダが身を乗り出そうとするのを制して、私は続けた。
「ですが、あなたは、その記憶を誰かに渡すことは、できません」
部屋にいる人々に、衝撃が走った。
ロッダを取り巻く官僚たちの間で、ざわめきが広まる。
ロッダは片方の頬をピクリと動かした。
「なぜ、そう断言できる…?」
私は目を伏せた。
「記憶を渡す能力は、王家の血を引く者にしか受け継がれない…
私が貰い受けた記憶の中に、知識として、そのことが含まれていたのです」
ロッダはそれを聞いて笑い声をあげた。
「そんなこと、嘘に決まっている!
王家の者以外が王にならないようにするための嘘にな!」
確かにそうだ。だが…
「でも、もしそれが本当だとしたら?
私があなたに記憶を渡したら、それっきり、
誰にも受け継いでもらうことができなくなるのですよ?」
それは、この国の崩壊を招きかねないこと。
さあ、この人は、どっちをとるのか。
自分が王になることと、この国の未来………
ロッダは歯ぎしりをして、椅子に座り込んだ。
眉間にしわを寄せたその頭の中では、
私には理解できないような考えの葛藤がなされているのだろう。
周りの官僚たちからは、賛否両論、様々な意見が飛び出してくる。
私はその中で、声をふりしぼった。
「皆さんに、提案があります!」
あまたの視線が、一斉に私へと集まる。
「私は、国王になる気は、ありません。
王座は、ロッダに、譲ります」
人びとがざわめく。
そのざわめきに負けないよう、私はさらに声を張り上げる。
「しかし!
それには、条件があります!」
部屋は水を打ったように静まりかえった。
「何だ、その条件とは」
ロッダが不機嫌に問いかけてきた。
私は背筋をしゃんと伸ばした。
「まず、今後一切、国王側だった人を誰ひとり罰せず、傷つけないこと!」
「…よかろう」
ロッダはどうでもいいことだというように答えた。
「それから…
私と同じように、この国に生き残っている、王家の血を引く者を見つけること、です」
「…?」
「私は、あなたに王座は譲りますが、記憶は譲りません。
その代わり、あなたを補佐します。
…ですが、王家の血を引く者が見つかれば、即刻その者に記憶を渡して、この城を出ます」
あなたが欲しいのは、国王という地位。
私が守りたいのは… 私が負った責任は、この国の未来。
最良の選択かどうかなんて、私には分からない。
本当のことを言えば、私は、今すぐここから逃げ出したい。
責任なんて、まっぴらごめんだ。
この国の未来なんて、考えたくもない。
でも。
私にしか、できないことだから。
それで誰かの役に立てるのなら。
逃げないでちょっと頑張ろうと、思う。




