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 月が頭上高く昇るころ。

巨大な石造りの城の、巨大な門の前に。

音もなく降り立ったひとりの少年の腕の中には、縄で縛りあげられ、口を布で塞がれた少女。

涙の跡が頬に残る彼女は、まるで泣き疲れた赤子のようにすやすやと眠っていた。

 門を守る衛兵たちは、一度構えた槍をすぐに下ろすと、彼を城内へと招き入れた…



「まったくお前は」

床が大理石で覆われただだっ広い部屋に、怒声が轟いた。

「大切な御身でいらっしゃるのだから、縄くらいほどかぬか! しかも口も塞いだままにしおって!」

私は、男の怒鳴り声で目を覚ました。ふかふかのベッドに寝かされていた(寝ていた)ようだった。

 次第にはっきりしてきた視界には、二人の人影。片方は私を運んだ少年、もう片方は黒い短髪の大男だ。

「ですが隊長殿、動かれると落としそうでしたので」

少年はあっさりと答える。

「落とすだとぉ⁉」

さらに大きくなった怒鳴り声に、私は思わず飛び起きた。

それに気づいた大男が、素早く私に向かって膝をつき頭を垂れた。

「これは、失礼致しました! 王女様!」

私は誰かに尊ばれた経験が皆無だったので、思いっきり動揺してしまい、

「は、はいいぃ?」

と訳の分からない声を出してしまった。

(何? この人…甲冑なんてつけちゃって………って、…ん???

 王女? このひといま、王女っていった…?????)

私が目を白黒させていると、遠くの方でドアが開く音がした。

そちらを見ると、恰幅の良い男の人と、スレンダーな女の人が寄り添いながら入ってきたところだった。

さらに後ろから何人かの人々が付き従うように続く。

(仲のよさそうな中年夫婦だなぁ……)などと思っていると。

「こ、これは、陛下、妃殿下! …こらリン、さっさと跪かぬか!」

大男が慌ただしく少年に向かって叫んだ。少年はそれが聞こえなかったのかのように、ゆったりとした動きで膝をついた。

「ラウル、そう怒鳴るでない。衛兵隊長たる者、どっしりと構えよ」

陛下…と呼ばれた四十歳くらいの男の人が、微笑を湛えながら、威厳に満ちた声で語りかけた。

「ははッ 申し訳ありませぬ!」

「して… その少女が、王女なのだな?」

「はいッ 先刻このリンがお連れ致しました!」

そうか、よくやった、と言う国王の隣から、王妃がぱっと飛び出し、私へと走り寄ると、愛おしむように私をぎゅっと抱きしめた。ややあって体を離すと、長い睫毛に縁取られたきれいなハシバミ色の瞳で、私の目を覗き込んだ。

「陛下、ご覧下さいませ、この薄いスミレ色の瞳、間違いありませんわ!

 これでこの国も、安泰ですわね…」

そしてそう言うと、しおらしく涙ぐんだのだった…



 私は完全に置いてけぼりだった。

私以外の人々の会話の内容も理解できないし、今私の手を握り横に座る女性の涙も理解できない。

もともとこの世の中は理解できないことだらけではあったが、しかし、自分の境遇の変化を理解できないとなるともうかんがえることをやめたくなる。

(疲れた…)

そう思ったことは覚えている。

その次の瞬間、私は深い眠りに落ちていた。

遠のく意識の中、女の人の悲鳴を聞いたような気がし、た……


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